第1話 02:目覚まし時計ウサギ
* * *
夢が覚めるまでやることもないので――と言うのも変な感じだが。
私はアリス連行の一隊から少し離れながら、彼らの後を追いつつ街を眺めていた。
今が罪人の連行などという催しごとの最中だからか、やや不気味な雰囲気が漂っていた。
きっと、何事もない時に見ればそうでもないのだろう。
町並みは、どことなく見たことがあるような気もするけど、それがどこでだったかは思い出せない。
まったく知らないんじゃないけど、記憶にはない、そんな感じ。
もしかしたら心の奥底に焼きついているのかもしれない。
昔読んだ絵本か何かの光景だろうか?
考えながら歩いていく。
そんな折、
「ああ、どうしよう……どうしようどうしようどうしよう……!」
呪詛のような声が聞こえた。
振り返った建物の影に人の姿を見つける。
まだ子供みたいにあどけない顔立ちの、多分年上の男性。
気弱そうな表情に不似合いな、兵士と同じ服を着ていた。
だけど彼は、どんどん進んでいく兵士の群れには加わらず、こそこそ物陰に隠れながら後を付けている。
「どうしよう。アリス……アリスが掴まっちゃうなんて……」
焦り、嘆き、途方に暮れるような小さな叫び。
今にも泣きそうな声。
はっきり言って情けなさ爆発だった。
「……あの、すいませんが」
きっとアリスと兵士の両方に関係しているのだろう、と判断して声をかける。
「えっ、は、はい!」
彼はこっちがびっくりするくらい驚いて、慌てふためいて振り返った。
首から下がる懐中時計がぽんと翻る。
「すっ、すいません寝坊しました!」
「……は?」
「いやっ、あのっ、隊の召集っ……!」
そこで初めて私の姿に気付いたように目をぱちぱちさせた。
アリスを連行していた兵士とは、どうも雰囲気が違う。
この人なら事情を聞きやすそうだ。
「あの。もしかしてあなたはアリスと浅からぬ仲の方で?」
「アサカラヌ? ……ええと、どなたですか?」
キョトン顔で問われた。
体格から見て多分年上なんだろうけど、どうにも頼りない感じ。
「あー、すいません。私はヒナと言います。あなたは?」
私はこの状況を夢だと割り切っているから怖気も何もない。
それよりかわいそうなほど怖気づいている彼が、警戒心たっぷりに答えた。
「僕は、ハイト。ハイト・ホワイトラビット。
えと、一応宮廷仕えの兵士なんですけど……」
はぁあ、と重たく溜め息。
「まさか……今朝の召集が、アリスを……アリスを捕まえることだったなんて……」
しかも寝坊して遅れちゃうし、とブツブツひとりごとを続ける。
いやに愚痴っぽい。眉毛は完璧な『ハの字』だ。
確かに大慌てだったのか、白い髪がぐしゃぐしゃに乱れていた。
完膚なきまでに寝癖だった。
ふと、今何時だろうと気になって町を見渡した。
広場のような空間の、花壇の横に柱時計を見つける。
……時計は見つけた。でも、時間を知るのは難しそうだ。
文字盤は鏡文字、針の回りは左向き、何を計っているのやら針が七本ついていた。
「あの人たちの仲間?」
気を取り直してレッツコミュニケーション。
「うん……。ほんとは、僕も隊列に加わらなくちゃいけないんだけど……」
「行かないの?」
問いに、ハイトは小さく頷いた。
「どうして?」
「アリス……罪人として連行された彼女――僕の恋人なんだ」
思わず絶句。
「掴まるなんて、何かの間違いだよ……っ。アリスは悪い子じゃないもの……!」
「それは、辛いね」
「助けてあげなくちゃ……あぁ、でもっ、でもっ」
頭を抱えて苦悩するハイト。
あのミステリアスオーラを纏ったアリスがこんなのと付き合っているとは意外だ。
「ねえ、ハイトは知ってる? アリスが犯した罪が何か」
「ああ……うん……〈世界で最も重い罪〉って言ったら、一つしかないよ。
でも、まさかアリスが、そんなことするはずないんだ」
顔面蒼白で口をあうあう開閉させるだけでなかなか肝心のことを言ってくれない。
まるで口にするのも恐ろしいというような様子だ。
一体、それほどまでの罪って何なんだろう?
殺人とか、大量虐殺?
ありえる……と思って一人頷く私の耳が、信じ難い言葉を聞き取った。
「アリスが、夢を見るなんて……っ!」
……。
夢。
すると何か。この夢の中では、夢を見るのが重罪なわけね。
ここでウッカリ、
『夢がジューザイ? なんで!? 夢くらい普通に見るし!』
――なんて言って立場を悪くすることもない。
たとえこれが夢だとしても、だからこそ不愉快な思いなんてしたくないし。
私は「なるほどそれは恐ろしい!」って表情を取り繕ってハイトを見た。
彼は自分の発言にすら怯えるようにびくびくしている。
「あっ、列が……」
アリスを連れた隊列はさらに城へ近づいていた。
「追いかけなきゃっ……」
「あ、待って!」
私はハイトの後に着いていく。
彼は建物の影に隠れながら、隊に見つからないようにアリスを追って行った。
「どこに連れて行かれるの?」
「城へ。裁判にかけられる。裁判はすぐには行われないから、恐らく数日は牢獄……
牢獄!? 酷いよ、アリスは女の子なのに!」
自分の言葉に驚いて、悲鳴を上げるように彼は言った。
「僕を代わりに捕まえればいいのにっ!」
弱気かと思えば結構骨があるじゃないか。
私は一行から視線を上げ、彼らが向かう先を見据えた。
丘の上にそびえる白い建物。
他のものとは比べられないくらい巨大だ。形はちゃんと、城っぽい。
このふざけた町並みと比べれば割とまともな色彩をもつ建造物だった。
確かに地下牢とかありそう。
「ああっ……城へ入っていく……」
隊はとうとう大きな門をくぐる。
開いた門の向こうに見えたのは溢れる緑、植物の群れだった。
「えーと、ヒナさん?」
「ヒナでいいよ、ハイト」
「あ、はい……。ええと、ヒナ。
僕は彼女の無実を女王に説明しに行くから、君とはここでバイバイだね。
一般人は城へは入れない。
女王様は優しい人だから、話せばきっと誤解だってわかってもらえるはず……」
私への言葉というより、自分が安心したいような言い方だった。
「それじゃあっ」
言い残すと、駆け足でハイトは門へ向かう。
声をかける間もなく門の奥へと姿を消し――、
あっという間に、放り出されて戻ってきた。
「痛っ……えっ、あの、……隊長?」
尻餅をついて地面に投げ出されたハイトを大きな鳥、ドードーが厳しい眼差しでを見下ろす。
「貴様に入城許可は下りていない」
「え? あの……遅刻してしまって、すいませんでした……」
「そんな些細な理由からではない。兎の里のハイト」
放り出されたままの体勢から半身を起し、上司を見上げるハイトの顔には困惑が広がっていた。
対して鳥の表情は厳ついまま。
「兎の里の、白兎のハイト。
お前は解雇だ。もう宮廷の兵士ではない。
その隊服も早く脱ぐんだな」
「えっ、そ、そんな!? 何故ですか!
ち、遅刻なら直します、努力しますからっ……」
「……確かに、貴様の遅刻回数は目に余るものがあったが」
目をすがめて呆れているやらケーベツしているやら、溜め息をもらす。
ハイトが首から提げている時計は、どうやら遅刻対策らしい。
成果はなかったようだけど。
やれやれとかぶりを振るドードー隊長。
かと思うと目も口もカパッと開いていやに響く低音で告げた。
「ホワイトラビット! 罪人アリスに荷担した罪で本来なら貴様も同罪ッ!
――だが女王様の慈悲深いお心が貴様を許した。
よって貴様は解雇処分だけだ。ありがたく思うんだな」
言葉もないハイトの前で重い扉が容赦なく閉ざされる。
上司を引き止めるように伸ばされかけた腕が、虚しく空を掴んだ。
そのままパタリと地面に落ちる。
……脱力している。
あ、震えだした。
あれが絶望した人間の姿なのね。
ちょっと感心しちゃう。
「あの……ハイト? 大丈夫?」
「……僕は、大丈夫だよ……」
とてもそうとは思えない暗澹たる声だった。
「でも、アリスが……」
小刻みに震える肩。
まさか泣いちゃいないだろうな。
なんだか見ていて可哀想になってきちゃった。
だってこれ、私の夢なんだもんね、なんか申し訳ないわ……。
という感じで、
「ハイト。気を取り直して。私も、できるだけ手伝うから……アリスを助けよう!」
言っちゃった。
どうせ夢、されど夢、醒めるまで思いっきり楽しみたい。
割と自分勝手な理由からの申し出だから、闇の中で一筋の光を見つけたような彼の眼差しがちょっと痛い。
アリス、助けられなかったらどうしよう。
でも、まあいいか。それまでに目も覚めるだろう。
「ありがとう、ヒナ……!」
純真そのものの瞳がちょっと潤んでいる。
この人、ウサギというよりも、チワワっぽい。
「それで、これからどうするの? お城には入れないんでしょ?」
手伝うと言ったそばから意見を求める。
でもハイトは疑問に思わなかったみたいだ。
「とりあえず、アリスの家に行って計画を考えよう!」
……なんでアリスの家?
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