罪人アリスの夢の国

詠野万知子

第1話「私は夢を見た。」

第1話 01:アリスの罪

 これは夢だ。……と思う。多分。


 だって、今居る場所があんまりにも非現実なものだから。


 空がまっピンクだった。

 マシュマロみたいな質感の雲が浮かんでいる。

 どこからともなく甘い匂いが漂う。

 ガラス製っぽい大きな樹があちこちに生えていて、地面はゴムのような感触。

 ……感触、だって。そんなものまで鮮明に判る。


 こんな夢、はじめてだ。


 パステルカラーの町並みを行き交うのは動物園かと思うほど多種多様の動物たち。


 ただし、二足歩行で服を着ている。


 服だよ? 毛皮の上から。


 見ているこっちが暑くなる。


「……」


 私はふと自分の格好を顧みた。


 おそらく、人間の姿をしている。

 学校のセーラー服にセーターを着て、通学鞄は肩に下がっている。


「学校に通えとでも言うのか? この状況で」


 パステルの町には学校らしき建物も、学生らしき人物も見つけられない。

 っていうか、ヒトがあまり居ない。


「さてどうしたものか」


 町では魚類まで二足歩行で歩いている、珍しすぎる光景が広がっている。


 でも夢でしょ。

 夢ならもっと、楽しいことがあってもいいじゃん? 


 どっちかと言うと現実主義者のつもりの私に似合わずメルヘンな夢。


 早く醒めないかな、なんて思っている所に楽器の音が聴こえてきた。


 行進する足音、人々のどよめき。何かを叫ぶ、声。

 興味をひかれて足を向け、私はそれを見た。

 

 町中を行く、罪人の連行を。



 トランペットが鳴り響いた。

 

 足並みそろえて行進が止まる。


(ザッて音したよ。ザッて。)


 兵士っぽい服装の人や動物たちが合図に合わせて民衆へ向直る。


 合図をかけているのは……鳥だ。


 大きな鳥が無理やり服を着て立っている。

 大きくて丸っこいくちばし、ぎょろんとした目、短い翼――

 ドードーって鳥だ、多分。絶滅したやつ。

 窮屈そうに開けた胸襟から、もふもふの羽毛が覗いている。

 彼はクパーっとくちばしを開くと、ぎょろ目の顔に似合った低音ボイスで高らかに告げた。


「かの者、アリスは! この世界で最も重い罪を犯した! 凶悪な罪人であるッ!」


 ププパー、と盛り上げるようなトランペットの音。

 それを吹いているのも、見れば鳥だった。くちばしでよく吹けるなぁ。


「本日、鏡の森のアリスは、この国において最大の禁忌である罪を認めた!

 よって、彼女はしかるべき裁判の後、刑を定める。

 皆の者、聞けぃっ! かの者、アリスは――」


 ドードーはつらつらと何事かを堅苦しい調子で述べ、繰り返していた。

 私はそれを聞き流しつつ、納得する。


 なるほどアリスね。

 だからドードーなわけだ。

 町並みもこんなにメルヘンだし。


 兵士に厚く囲まれ、肝心の〈罪人アリス〉の姿は見えない。

 再びトランペットがやかましく鳴らされ、兵士が向きを変えた。

 随分集まってきてどよめいている民衆の間を割いて、先頭が歩き出す。

 兵士の密度が俄かに薄れ、そして、彼女の姿が視界に飛び込んだ。


 アリス。


 華奢な体つきの少女。

 ため息が出る程、肌に透明感がある。

 流れる……まるで光りの粒子をふりまくような、綺麗な白金の長い髪。

 落ち着いた色合いの、細かい花柄の入ったドレスは品が良くて、その髪にとても似合っていた。

 ドレスの上には白いエプロンがかかっている。

 前にそろえた細い手首に木製の無骨な枷がはまり、さらに鎖が隣の兵士の手へ伸びていた。

 少し不器用な歩き方をしながらも姿勢は良い。

 一歩ごとに耳につく金属音が鳴る。

 足にも枷がはまっているようだ。


「あっ……」


 端整な横顔が不意にこちらを向く。

 予想に違わず、ううんそれ以上に綺麗な顔が、淡く微笑む。

 

 ……私に? 


 優しげに細められた瞳はどこまでも澄んだ淡青色――アリスブルー。

 兵士に余所見を咎められ視線はすぐに逸らされてしまった。

 改めて見ると、罪人として連行されている真っ最中だというのに彼女の表情に恐れは微塵も感じられない。

 むしろ兵士や民衆を嘲るような、その上で許しているような超然とした余裕の表情をしていた。


「……あ」


 そういえば、肝心なことを聞き逃した。


 アリスが犯した最も重い罪って、一体何だろう?

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