孔子廟

 寶覺禅寺を後にして、また懲りずに地図を見ながらどんどん歩き出す。途中道が分かりづらくて道路の標識を探していたら、パパ吉がさっとiPhoneを出して、「こっちだよ」と教えてくれた。

 今ならiPhoneをナビにするのは当たり前だと思うのだが、この当時の私はまだガラケーユーザーだったし、目から鱗だった。

 べ……便利すぎる……。


 私はいつも地図を見ながら迷い、現地の方に道を訊きながら旅をしてきた。わざと道に迷って現地の人に道を訊き、それをきっかけにお話しをしたりするのも好きなのだが、でも歩き疲れているときのナビは本当に便利だと実感。

 ……もう、旅の形態は、昔とは違うのだね……。



 ということで、ナビに従って歩いていたら、すぐに孔子廟についた。

 って、中はガラ~ンとしていて、お詣りしている人が誰もいない……。


 高雄の孔子廟でもそうだったけれど、何故孔子廟には人がいないのか……。他の廟のようにお香が焚いてあるわけでも、お供えを置く台があるわけでもなく……。孔子廟って、他の廟とは違う物なの……?


 廟の中には、他の廟のような像は一切無く、お位牌がたくさん並んでいる。真ん中にはもちろん孔子のお位牌があり、左右の壁際には孔子の家族や高弟(偉いお弟子さん)のお位牌が祀ってあった。



 私と娘のぢぞ吉が廟の中をしげしげと見ている間、拝殿に上がる階段脇のスロープで、息子のたぬ吉が大喜びで滑り降りたりよじ登ったりしていた。

 日本でも、階段脇にスロープがあると、いつも滑り台代わりに遊び出すんだよね……。

 まぁ、幼稚園児に廟を眺めて楽しめというのも無理な話だし、息子はメチャクチャ楽しそうだし、誰も参拝客がいないから、まぁ、良いだろうと遊ばせておいた。


 スロープを滑り降りる息子を尻目にあちこち建物を見ていると、参拝客を発見。私とぢぞ吉が油断して「うわ、いたね、参拝客!」「初めて見たね!」などと喋くっていると、その参拝客は日本人で、私らの会話はばっちり聞かれていた💦

 彼は大阪の大学生で、春休みに遊びに来たのだという。

「台中でまだ日本人に会ってないんですよね。初日本人です」

「他の廟やお寺は参拝客が多いのに、なんで孔子廟には日本人の俺達しかいないんでしょうかね」

 と、お互いに苦笑してお別れした。


「ママ、この建物の向こうにも、孔子廟と同じ黄色い瓦が見えるよ?」

「地図によると、烈忠祠みたいなんだよね」

「烈忠祠って何!?」

「戦争や革命で命を落とした人たちを祀るお寺みたいな感じだよ」

「行ってみようよ!」 

 ぢぞ吉はやたら元気だ。たぬ吉はスロープに取り憑かれたかのように上り下りしているので、パパ吉は「俺はここでたぬ吉と一緒にいるよ」と言われ。またも女子組は男子組と別行動することにする。

 孔子廟の山門を出ると、すぐ脇が烈忠祠だった。

 烈忠祠の門の前には先ほどの大学生が先に到着していた。が、私たちに気づくと、「ここ、中には入れません」と困った顔をした。


 確かに門はがっつり閉まっていて、遠くの方に建物が見えるだけだ。一応脇に烈忠祠の参拝上のお願いが書いてあり、地図なども書いてあるのだが、中には誰も……ん?


「誰かいるよ!」

「本当だ!誰か参観してる!!」

「どっかから入れるんだよ!」

「よし!反対側かもしれないから、探しに行こう!!」


 ぢぞ吉と2人で盛り上がっていると、大学生は「え~?反対側まで行くんですか~?」とちょっと呆れ顔だ……。いやいや、だってせっかくここまで来たんだし、入れないかもしれないところに入れると思ったら、少し昂奮しないか?


 ぢぞ吉に「あっちまで歩くの、疲れない?」と訊くと、「目的地があるときは疲れないよ!」と、力強い返事!さすがママの娘だ!!よし!烈忠祠の入口を捜すぞ!!


 まず、孔子廟の庭に、烈忠祠に抜ける門があったので、そこが開くかどうか試してみたが開かず。

 次に孔子廟の方に「烈忠祠にはどうやったら行かれますか?」と聞いたら「今日はやっていない」という返事が。

 でも孔子廟の端っこの方まで来てみると、孔子廟と烈忠祠の間の塀が開いてるよ?ってことは、あそこに行かれれば烈忠祠に入れるんじゃない?と画策してみたのだが、そのエリアに行かれそうな脇道は途中で塀で区切られていて、中には入れず。


「そういえば、さっき門の所に置いてあった参観指南には『遺族の方のご参拝は、前もって連絡下さい』って書いてあったね……。きっと、さっき参拝してた人は遺族だったんだよ……」と、諦めることにしました。ふぅ。


 ……後で調べてみたら、烈忠祠は日曜日しか参拝できないんですって。じゃああの時参拝してる人は何だったんだろう……。やっぱり遺族の方だったのかなぁ……。


 烈忠祠に行くのを諦めて、その後孔子廟のお庭を改めてゆっくり見学した。


 烈忠祠の庭には、孔子の誕生日のお祭りに燎帛と祝文を燃やす台である「燎亭」と、孔子の誕生日に髪の毛と血を埋めたというこちらは「座所」、そして孔子廟の門の前の道の両端に「牌坊」という門がある。中華街でも見かけるが、町中にいきなり屋根のついた門があるでしょう、あれですあれです。あれが「牌坊」です。


 ガイドブックや孔子廟の説明書きには、『この3つがあるのは、台湾の孔子廟ではここだけです』と、毎回毎回書いてある。


 実は台中の孔子廟は、台湾の伝統的建築様式(福建式)ではなく、国民党独裁時代に国民党が大陸(=現・中華人民共和国のこと)の宋代の建築様式で作った為、台湾地元っ子にはあまり人気がないのだそうだ。

 でも、その分台中の孔子廟は、台湾で1番大きくて1番立派だ。




 ここで台湾の歴史をちょっとおさらいしておこう。蓮池潭の春秋閣と五里亭のページでも少し触れたのだが、ここではもう少し詳しく見てみたい。


 台湾の最初の記述は三国志(正史)に既に見られるので、A.D.200年代にはもう中華圏内に組み込まれているようだ。日本で言うなら、卑弥呼の時代だ。


 時代がグッと下がり、1644年に明が順に敗れて王朝が交代すると、明の皇族・遺臣達が明王朝の復活を目指して活動を興す。が、順は速攻で清に滅ぼされ、清王朝が中華を支配すると、明の遺臣達の反乱は直ちに制圧された。その遺臣の中から、鄭成功(父親が福建の商人、母親が平戸の日本人)が、「明を復活させるんだ!今日から明はここ!」と、台湾に明を興した。この時代に「復明」を目指した、主に福建省の人達が続々と台湾に入ってきたので、台湾人=福建人、という流れができる。

 この頃から台湾に住んでいる人達を「本省人(元々台湾に住んでる人)」と呼ぶ。


 この当時、台湾はオランダに統治されていたので、抗蘭運動に心血を注いでついにオランダを追い出し、鄭成功は今では「国姓爺」「開発始祖」として、台湾人の不屈の魂の象徴として祀られてる。


 この後、清朝統治時代、日本統治時代を経て、国共内乱(毛沢東率いる共産党v.s.蒋介石率いる国民党の内乱)に負けた国民党が、台湾になだれ込んできた。

 蒋介石率いる国民党は台湾で長い間独裁政権を敷いていたが、蒋介石の息子の蒋経国と本省人初の総統となる李登輝によって民主化し、1995年に初めて民主的選挙が行われ、国民党と民新党による二大政党の、現在の台湾の政治形態になっていく、というのが大まかな台湾近現代史だ。※小さな政党もたくさんありますよ。


 こんな歴史なので、本省人は国民党以降入ってきた人達(=外省人)のことがあまり好きでないらしい。国民党は二・二八事件(国民党による本省人の虐殺)なんかも起こしちゃったしね……。逆に、日本軍が台湾を統治してたときは、台湾の社会制度やインフラ整備、経済活動の基盤作りをした、ということもあって、多くの本省人は、「外省人の支配に比べれば、日本統治時代は良かった」と懐かしみ、反・外省人的な観点から、親日国になった、と言われている。


 じゃあ本省人が来る前に台湾にいた人は?というと、鄭成功以前から住んでいた台湾の人達は、今では「台湾の先住民族」と呼ばれている。アミ族やパイワン族、タイヤル族など、10以上の民族が現在も台湾に住んでいる。



(素人が書いているので、不備が多々あると思います。また、この辺の歴史はとても微妙なので、色々なご意見があるかと思いますが、できればお目こぼし下さるとありがたいです。間違いや不備を正してくださる場合は、出来れば優しい言葉でお願いします)




 でも、上に書いたことは教科書的な「歴史」であって、それが実際に台湾に行くと、台湾の人のホスピタリティーは、もう「親日」とか「外省人は (ΦдΦ#) 」とか、そういうの関係ないんだなぁ、もう理屈抜きにみんなに優しいんだなぁとしみじみと思うのだ。


 実はこの後孔子廟から出て、どうやったらバスで帰れるかバス停で色々チェックしていると、3人の人が私たちを正しいバスに乗せようと奔走してくれて、しまいには全く見ず知らずの方が「母の車であなた達を行きたいところに連れて行きますよ」と声をかけてくださった。

 結局、日本で言う5ナンバーの車にすでに2人乗っているのに、うちら4人もいるからとお断りしたのだが、その方は「4人くらい大丈夫ですよ」「道は分かるから平気です」と……。

 あの時のことを思い返すと、今でのあの親子が気分を害していなければ良いのだけれどと、心配になる。他の国でこんな事言われたら、絶対ヤバイ目に遭うと思って断るのだけれど、この時ばかりは本当に「断る方が申し訳ない」という気分になった。


 今まで色々な国を旅してきたけれど、こんなにも優しさに裏が無く、なおかつ1回も切ない思いをしなかった国というのは初めてではないだろうか。


 こんな経験をすると、「台湾ほど子供と旅行をしやすい国はないなぁ」という思いを新たにするのだ。

 

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