第29話 咎人

「むっ」


 袈裟切りを受けるナギト。眉根を潜める敵。

 狙いは悟られた。が、躱せるような間合いではない。


 ほぼ密着した状態で、雷帝真槍ケラウノスが炸裂する。

 命中の衝撃で、二人は揃って吹き飛ばされた。


「っ、はっ、は――」


 ナギトは間違いなく、満身創痍に近い状況。軋む身体を必死に起こせば、クリティアスも同じような状況であることが分かる。


 しかし、彼は余裕を崩していなかった。

 手に何か、薬のような物を握っている。


「……見て分かるだろうが、私も二耀族とヘレネスの混血でね。――皇女と同じような状態には、なれるんだよ」


「まさか――」


 その行為を抑制する者は、一人もいない。

 異変は即座に起こった。彼の周囲を高濃度のマナが覆い、掠れていく陰影を変えていく。


 霧を突き破って現れる、巨大な腕。

 生命に満ちた双眸そうぼうが、新しくナギトに向けられた敵意だった。


「っ……」


 瞳に諦めの色が灯る。

 もう、武器を握る力だって残っていない。近付いてくるドラゴンの足音を聞き届けるだけだ。


「ナギト!」


「な――」


 意識を取り戻したのか、アルクノメが駆け寄ってくる。

 彼女は、付近にいる巨影にさえ怯まない。ナギトのことだけを見て、危惧の意識も少年にのみ向けられている。


「逃げるわよ! この傷、早く治さないと……!」


「それが出来りゃ苦労しないって……」


 アルクノメは必死にナギトを起こそうとするが、ドラゴンの方が先に迫ってくる。このままでは彼女まで巻き込みかねない。

 荒い呼吸のまま、どうにか身体に鞭を打つ。もう真槍は杖代わりだ。


「時間ぐらいなら少し稼げる。だから、アルクノメは今のうちに――」


「私が使う!」


「は!?」


「私が雷帝真槍を撃てばいいでしょ!? そうすれば、アイツぐらい一撃で倒せるでしょ!?」


「そりゃあ、出来るだろうけど――」


 彼女の細腕で、本気か?

 アルクノメは戦士として鍛えられているわけではない。身体能力の強化で魔術を行使したこともないだろう。


「つ、使ったらどうなると思うのさ? だいたい、この魔術兵器は他人が使えないよう制限がかけられてる。どんな障害が残るか――」


「責任」


「は?」


「貴方の所為で、私が戦うのよ? 責任、取ってくれてもいいんじゃない?」


「――」


 なんだその暴論。

 しかし、不思議と心は落ち着いてくる。確かに自分の所為ではあるのだ。クリティアスを上回る力があれば、彼女が決断する必要はなかった。


 忸怩じくじたる思いはある。

 でも、受け止めなくっちゃいけない。


「身体、支えてて」


 雷帝真槍を持ち、ぎこちなく彼女は構える。

 槍に吸い込まれていく彼女のマナ。持ち主以外の異分子が入ったことに、神の力が悲鳴を上げる。


 それはアルクノメをむしばみ、玉のような汗を浮ばせていた。


「……血塗れで悪いけど」


「あとで洗濯しといてね?」


「うん」


 死ぬかもしれないのに――

 そんな予感を、ナギトはすぐに振り払った。彼女がやると言ったのだ。きっと、いや絶対に生き残る。


 自分が出来るのは、信じてやることしかない。

 光は真っ直ぐに、ドラゴンの胸へ。


 空の彼方まで響く雄叫びが、最後に聞こえた音だった。

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