第28話 勝利のために

「くそ……っ!」


 暴風のように乱舞する力を、ナギトは死に物狂いでさばいていく。

 何度も吹き飛ばされ、何度も立ち上がる。


 まるで意味のない繰り返し。このまま時間が過ぎたって、状況は悪化の一途だ。彼女を元に戻す方法が見つからないんじゃ、反撃には出られない。

 クリティアスを狙い撃つ方法も考えたが、すでに魔眼大盾アイギスは展開済み。正面から真槍を撃っても防がれる。


 手詰まりだった。


「さあさあ、どうするのかね? 彼女を殺すか、君が死ぬか。――皇女に渡されたお守りがあれば、込められたマナを伝って元に戻ることも出来たろうに」


「っ――」


 クリティアスの手には、ナギトから奪ったあの石が。

 砕く。


 希望が、砕け散る。

 ひどくしゃくにさわる薄ら笑いで、クリティアスはこちらを見つめてくる。どんな反応をしてくれるんだ? と。子供のような、残忍さと好奇心を混ぜた表情だった。


 ああ、目障りでしかない。消してやる。

 でもどうやって? 最低でもアルクノメを元に戻さないと、攻めようにも攻められない。

 あの石が、せめてもう一つあったなら――


「っ!」


 あるじゃないか。

 一緒に病院から移動した、帝国兵の存在が。


 周囲の光景からざっと現在地を割り出し、ナギトは背を向けて移動する。あの家はここからそう離れていない。結晶生物の被害を受けていなければ、石だけでも残っている可能性はる。


 背後の轟音に急かされながら、ナギトは一瞬でも早く前へ。希望の糸を引き寄せにいく。


「あった……!」


 建物は壊れてない。肩越しに振り向けば、アルクノメとの距離も開いている。

 文字通り扉をぶち破って中に入り、真っ先に二階へ。帝国兵の姿は跡形もなく、逃げたか結晶生物になったかの片方だろう。


 しかし、枕もと。

 ナギトに渡されたのと同じ石が、無造作に転がっている。


「――で、ええっと!?」


 この後、どうすれば彼女が元に戻るんだろう。

 当り前の疑問だったが、答える者は誰もいない。クリティアスに聞いたところで、笑って過ごされるのがオチだ。


 轟音が近付いてくる。

 建物が瞬時に全壊したのは、直後だった。


「あまり逃げないでくれまたまえ。見応えがなくなるだろう?」


「すみませんね……!」


 態度を一転、正面からアルクノメと対峙する。

 マナを伝って戻る、とクリティアスは言っていた。この石を彼女に取り込ませるのが、今のところ選べる策だろう。


 そうとくれば、決着は速やかに。

 次の客を待たせているのだ。悪いが、アルクノメには一時休憩してもらおう。


「む」


 ドラゴンへ飛び掛かるナギト、眉根を潜めるクリティアス。

 投げ込まれた石は、瞬く間に効果を発揮し――


 次の戦いに向けて、一気に幕を上げていた。

 魔眼大盾の空間固定。

 そこから誘発される崩壊が、飛び退いたナギトの後を追いかける。


「意外だったな、まさか残っていたとは」


 ドラゴンが消えてもなお、クリティアスは冷静なまま。

 でも、そうでなくちゃ面白くない。


 人の姿に戻ったアルクノメは、視界の隅で横たわっている。――クリティアスはもう彼女に興味がないらしく、大盾を構えてナギトと向き合っていた。

 自分の中心にいた少女のことが、直ぐに意識から弾かれる。


「……クリティアスさん、言いましたね。僕は、彼女が死んでも悲しまないって」


「どうかね? 当たりそうかね?」


「ええ、大当たりです。――僕にとって、彼女は動機の一つでしかない。これからずっと一緒にいても、その事実は変わらないでしょう」


 自分で口にしている癖に、不思議と胃の中が煮立ってくる。

 しかしナギトは、その激情を自力で抑えた。


「でも、代わりなんていないんですよ。彼女が僕にとって、どんな道具だろうと。宝物は宝物なんです」


「彼女はそれを許してくれるかな?」


「知りませんよ、そんなこと。もし許してくれなかったら――」


 構える。

 決別の眼差しで、クリティアスを凝視しながら。


「綺麗さっぱり、お別れするって話です……!」


 駆ける。

 先手を打ったのはクリティアスだった。魔眼大盾に映る光景が、その形状を拘束される。


 ナギトは移動力任せにかわすしかなかった。

 狙うは敵の背後。正面から仕掛けたところで、大盾を破れないのは知っている。


「っ……!」


 崩壊する空間。筆舌に尽くし難いほどの轟音は、鼓膜すら破りかねない。

 だが当たらなかった。


 次が来る前に距離を詰める。横に動いていた身体を、一息で前方へと切り替える。

 鮮明になる敵の輪郭。差していた剣を抜いたことも、ナギトは見逃さなかった。アレぐらいは超えねばなるまい、と自分の誇りに鞭を打つ。


 交差する剣戟。常軌を逸した速さの中、突風を撒き散らしながら二つの信念が激突する。


「くく、いいぞ! こうでなくては面白くない! 純粋な憎悪を、もっと私に見せてくれ!」


「言われなくとも……!」


 金属音は鳴りやまない。魔眼大盾との位置を確認しながら、慎重かつ大胆に仕掛けていく。


 動き回るのに合わせて飛び散る水。雨上がりの戦場が、二人の激突を映している。


「ふ――!」


 上手い具合に盾を逸らす。守りを失ったクリティアスの胴が露わになった。

 近くの足元には、水面という鏡。


 魔眼大盾には、どう映っているのだろうか――


「ご推察の通りだ」


 水に映っていたナギトの左腕。

 それを、魔眼の盾が捕えていた。


「ぐ――っ!」


 炸裂する。

 血の線を描きながら、しかしナギトは下がらなかった。ここで距離を取れば不利になる。片手は使えなくなったが、それでも戦うしかない……!


 クリティアスはここぞとばかりに、攻撃の手を加速させる。

 一瞬の隙を突き、無防備な胴に差し込まれる魔眼大盾。


 死を、予感した。


「――」


 声も出ず。

 最大の一撃を受け、血塗れのまま膝をつく。


 倒れきってしまわなかったのは、単に意地でしかなかった。が、身体はほとんど動かせない。反撃するにしても、あと二、三回の攻撃だけだろう。


 盾を突き出し、クリティアスは失望にも歓喜にも取れる表情を見せた。


「興醒めだな。……まあ、君を殺せば皇女の反応を実験できる。今回はそれで満足するとしよう」


 大気中のマナが動く。ナギトを殺そうと、最大の一撃を叩き込もうとしている。

 成せる抵抗は、僅かなもの。


「行け……!」


 ナギトとクリティアスの間。剥き出しになっている地面に雷帝真槍を叩き込む。

 必死の一撃は、小爆発となって地上に咲いた。撒き上がる土砂。一瞬ではあるものの、二人のを完全に遮断している。


 魔眼大盾の力は届かない。アレは見えている空間を固定するモノ。犠牲になるのは視界を塞ぐ土砂だけだ。

 その間、ナギトはクリティアスを狙った投擲とうてきに移行していた。


 チャンスは今しかない。盾が守っていない個所を射抜くしか。


 無論、彼だって承知のこと。

 彼我の乖離はすぐに消え、クリティアスの剣が一閃を描く。


 ――防ぐのなんて、まっぴらだ。

 ここで、仕留めてやる……!

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