第27話 断絶

 兄妹にある断絶は何よりも深く、リオを速やかに諦めさせた。彼女がアルクノメを殺してでも同胞を救いたいように、こっちも皇女を救いたいのだから。

 言葉はない。武器を構える動作だけが、二人にとって別れの儀式。


「遅れたが、予選の続きだ。逃げるなよ?」


「……もちろん」


 瞬間。

 二つの閃光が、正面から激突した。


 雨のように打ちつける矢の群。高速で下がっていくリオから目を逸らさず、一本一本打ち落とし、避けていく。

 戦場は狭い。前方だけの攻撃に注意を向ければ、捌き切ることは可能だった。


 追った先、エントランスらしき場所に出る。


 視界の中。

 覆うように待ち受けていた純潔狩猟ボウ・アルテミスの一撃が、ナギトの元へ殺到する。


「っ……!」


 撃墜する。

 まさに一瞬の出来事だった。避ける選択肢もあったろうに、ナギトはそれを選ばない。マナによって加速した身体機能で、強引にねじ伏せる。


 狂気さえ帯びるほどの、冷たい眼光。

 雷帝真槍ケラウノスの切先が、リオへ必殺の凝視を送る。


「行け――!」


 その殺意に呵責かしゃくはなく。

 対抗して放たれた矢の軍勢を、ただの一投で無へと還す……!


「くっ……!」


 リオは即座に身体を弾く。致命傷だけでも回避しようという魂胆だろう。

 果たして決断は功を奏した。雷帝真槍は、着弾の余波で彼女を近くの壁に叩きつけただけ。


 ナギトは攻撃の手を緩めず、接近戦へとシフトする。

一方のリオも復帰は早かった。突き込まれた一撃を、どうにか純潔狩猟ボウ・アルテミスで受け止める。


 そのとき目にした、彼女の顔。

 泣いていた。


「どうして――」


 感情に震える妹の声。

 両親が家を出た日を思い起こすような、懇願のこもった悲鳴だった。


「どうして兄様は、そうやって一人になろうとするんだ!? たった一人の家族なのに、私はどうすればいいんだよっ!?」


「そんなこと……!」


「四年前だってそうだ! 一人で戦って、私は萱の外だと!?」


 心は揺れない。

 狂った愛情だろうけど、そんな感覚でしか表現できない。


「リオはいつまで甘えるの?」


「な――」


「君には君の考えがあるだろ? だったら正面からねじ伏せることぐらいはして欲しい」


「っ……!」


 距離が空く。ナギトは詰めない。赤くなった妹の目を、最後まで見つめている。

 改めて示された、孤高へといたる二人の断絶。


「っ、ああああぁぁぁぁああああ!!」


 リオの悲痛な叫びは、果たして誰に向けられたのか。

 まあ、そんなことは知らない。


「っ……!」


 頭上より降り注ぐ矢。足止めにもならない小さな抵抗を、ナギトは流れるようにやり過ごす。


 網膜が捕える、最後の瞬間。

 槍が、駆けた。


「がっ!」


 舞い上がる鮮血と、細い肉片。

 直前で動いたリオは、雷帝真槍で片腕を抉られるだけで済んだ。……戦闘を続行することが不可能なのは、誰の目にも明らかだろう。


 しかし彼女は弓を取る。

 兄の考えを認めまいと、必死に立ち上がろうとしている。


 闘技大会の観点で言えば、既に勝負はついた。結界が解除され、屋敷から出ることは可能になっている。

 ナギトはあっさりと背を向けた。


 二人の乖離は遠すぎて、もう言葉をかけることすら出来ない。許されるなら、再会を誓う挨拶でも残してやりたいのに。


 同情染みた行為が傷を抉るのではないかと、怖くなる。


 改めて自分が臆病なのを痛感した。リオに叱るようなことを言っておきながら、情けない。彼女に不満を溜めさせたのも、ひとえにこの矛盾故だろう。


「……」


「ふむ、終わったかね?」


 威圧的な抑揚に血が上る。

 正面玄関。結界の解除により、外界と繋がれたその場所。


 クリティアスが、堂々と戻ってきた。

 彼はわざとらしく拍手をしながら近付いてくる。表情にも笑みがあるが、驚くほど白々しい。

 倒れているリオへは、横目を使おうともしなかった。 


「見事な勝利だ。優勝候補を名乗ってもいいのではないかな?」


「……冗談は止して下さい。それよりも早く、アルクノメを――」


「ああ、ちょうど来たところだよ」


 しかし少女の声も、気配もナギトは感じない。

 あるのはただ、大地に沈む轟音だけ。


 悪寒に急かされ、屋敷の外に出れば答えは見えた。少し考えれば分かることだ、とナギト自身を後悔させて。


 ドラゴン。

 結晶生物と化した、アルクノメがそこにいる。


「さあ、楽しい処刑の始まりだ。見事、彼女を殺してくれたまえ」


「っ……!」


 呼応するように吼える、人外の巨体。

 雷帝真槍は使えなかった。


 アルクノメを殺すという行為、考えただけでも身の毛がよだつ。

 だが、振るわれる力に一切の緩みはない。


 ナギトは避け、逃げることしか出来なかった。どうにかして彼女を元に戻せないのかと。再会した時だって、アルクノメはきちんと中から出てきたんだ。


 そのためには一撃、雷帝真槍を叩き込めばいい。マナの密度だって以前と変わっていないし、簡単にぶち抜ける筈だ。

 反転し、切先に敵の姿を映す。


「保障はあるのかね? 最初と同じようにいく保障が」


 ドラゴンの横に立つクリティアスが、余計な一言をくれやがった。

 投擲に移ろうとした決意が揺らぐ。


 なら、後は防戦一方だ。容赦ない一撃がナギトを襲い、無様にも家屋へ叩きつけられる。


「くそ……っ!」


「ガアアアァァァアアア!!」


 剥き出しになった獣の本能が、ずっとこちらに向けられていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る