第18話 目覚めと予兆

 ナギトたちが再び訪れた工房は、どうにか無傷を保っていた。

 外には身体の大きい職人たちが、これまた自作の得物を持って警備に当たっている。付近には倒された結晶生物が何体も。実力で身を守れるとなれば、これは頼もしい展開だ。


 加えて工房自体、魔術による障壁で覆われている。ハルピュイアの羽根が何本か突き刺さっているが、今のところ壊れる予兆は見当らない。


「こ、工房長、もう大丈夫だ。降ろしてくれ」


「おいおい、遠慮せんでもええぞ」


 担がれて荷物同然のリオは、しきりに降ろしてくれと強請っていた。

 しかし工房長の方は、彼女の願いを無視してズンズン奥へと進んでいく。どこに向かっているのか分からないが、多分休憩できる場所だろう、とナギトは当たりをつけてみた。


 結果は予想通り。前回で通された会議室らしき部屋で、ついにリオは両足をついた。

 ナギトもアルクノメを抱えて入ろうとするが、工房長はかぶりを振る。


「そのお嬢ちゃんはベッドの方がいいだろ。奥に仮眠室があっから、ついてこいよ」


「どうも、済みません……」


 笑って過ごす工房長。外に結晶生物が群れていることを忘れる、清々しいまでの笑みだった。

 途中ですれ違うのは、武装して外に向かう職人たち。みな、一様に慌てていた。中にはこれが異常事態であることを、怨みたらしく口にする者もいる。


「……結晶生物って、どのタイミングで出てきたんですか? 建物の中にいたもんで」


「坊主たちが工房を出て、少し経ったころじゃな。神殿の近くで二耀族とヘレネス族が揉めてると聞き、厄介になる前に止めようと外へ出たら――」


「やつらがいた、と」


 ならちょうど、自分たちが地下へ向かっていた頃だろう。


「いやあ、驚いたぞ。空を埋め尽くすぐらいの大群が見えたからのう。近くの二耀族に声をかけるので限界じゃったわ」


「そ、空を埋めるって……」


「どうにか反撃に出なければ、テストミアはやられるかもしれん」


 ドラゴンが山ほどいる光景を想像して、ゾッとする。

 無論、倒すことを求められているなら倒すまでだ。退けた時の快感は、これまでにない達成感を生み出してくれるだろう。


 しかし、気掛かりなことがいくつかある。

 結晶生物がマナによって生まれた生き物とはいえ、彼らはあくまでも生き物だ。種を超えて協力する光景はまず見られない。


 にも関わらず、確認できる範囲ではドラゴン、ミノタウロス、ハルピュイアが共同戦線を張っていた。

 神殿内に結晶生物がいたことも含め、引っ掛かる。


 何か一つの意思が、二耀族を攻撃しているのではないかと。


「……何なんですかね、僕らとヘレネス族って」


「おいおいどうしたんじゃ坊主。同情か?」


「いや、そういうつもりじゃないですよ。ただちょっと、妙なものを見たもんで」


「妙なもの?」


 工房長が首を傾げる傍ら、ナギトは周囲の人影を確認する。外敵への対処に忙しいのか、もうすれ違う職人はいなくなっていた。

 彼に向かって話していいのかどうかも分からないが、冷静に受け止めてくれると信じよう。


「神殿の地下に、二耀族の……共同墓地、ですかね? 棺桶みたいなものが、ドーム状の空間一面に埋まってたんです。結晶生物と一緒に」


「な、なんじゃそりゃ? 神殿ってのは、摩訶不思議な場所なのか?」


「どうでしょう……各地にあるんでしたら、前回の予選の原因ではあるかもしれませんが」


「……もし正解だとしたら、気分が悪いってもんじゃな。神殿を破壊した側に、義があったということになる」


 不快感を露わにして、工房長はそう言った。

 リオと同じ意見。少し後ろめたさを感じてしまうのは、地下であんな話をした所為だろうか? あるいは、本音を返せないことからの息苦しさか。


 ……工房長とは付き合いが短い。会話に対して遠慮があるのは、ごく当然の成り行きだ。

 いろいろ悩んでいる間に、目的の看板が目に留まる。


「ここでちっと休憩してこい。ワシは嬢ちゃんが待ってる部屋におるからな」


「はい。直ぐ行きますんで」


「急がんでいいぞー」


 手を振りながら去っていく老人。ナギトは一礼を交えながら見送って、武骨なベッドの上にアルクノメを降ろす。

 お世辞にも健康的な寝顔ではなかった。額に汗を浮かべ、呼吸も少し荒くなっている。


「……お医者さんがいるかとうが、ちょっと聞いてこようかな」


 避難者を匿っているようなことは言っていた。二耀族の医者なら、マナ関連の異常にも詳しいだろう。


 汗で張り付いた前髪を静かに拭ってから、ナギトは部屋を後にする。

 もとい、しようとしていた。


「ん……」


「あ、ごめん、起こしちゃった?」


「ナギト――?」


 二言目には、困惑が浮ぶ。

 理由をきっちり説明したいところだが、迷いがあった。ドラゴンから出てきたよ、なんてさすがに正気を疑われる。まあついさっき妹に疑われたが。


「ちょ、ちょっと貴方、まさかまた忍び込んできたんじゃ……」


「違うよ、忍び込んできたのは君の方。ここ、テストミアにある魔術製品の工房だよ」


「て、テストミア? 私、さっきまで国境の砦にいたんだけど……」


「ここに来るまでのことは、覚えてない?」


 逡巡しゅんじゅんしたあと、彼女は首を横に振る。

 とにかく医者だ。クリティアスが細工を仕込んでいるかもしれないし、念には念を入れた方がいい。


「ちょっと待ってて。いま人を呼んで来るから」


「う、うん……って、ナギト」


「? なに?」


「今は、おはよう、でいいの?」


 熱で赤くなった顔を、もう少し赤くしながら。アルクノメは、よく分からないことを尋ねてくる。


「……時間的には午後だけど、寝て起きたばっかりだからね。おはよう、でいいんじゃないかな?」


「そう……じゃ、おはよう、ナギト」


 言われて、同じ台詞を送り返した。

 なんだかホッとした様子の彼女に、ナギトは改めて医者を呼んでくると告げる。頷きは無言で一度だけ。胸に不安を蓄えているのが分かる、力のない首肯しゅこうだった。


 妹たちが待っている部屋に向かう途中、多数の人とすれ違う。

 だが、医者らしき人物は一人もいなかった。ほとんどが工房の職人で、外の結晶生物について話している。


 やはり責任者に尋ねるのが早そうだ。目的の部屋へ、ナギトは駆け足で戻っていく。


「――工房長さん、避難者の中にお医者さんっていますか?」


「あ?」


 開口一番の問い掛けに、工房長は腕を組む。


「そういや、一人か二人いた気がするな。あのお嬢ちゃんのとこに向かわせりゃいいのか?」


「はい。彼女、少し具合が悪いみたいで」


「よぉし分かった」


 椅子を蹴るような勢いで立つと、彼は大股で部屋を後にする。

 残されたナギトは、前と同じようにリオの隣りへ座った。妹の顔付きは曇っているものの、それを気にする性格はしていない。


「意識が戻ったのか? 皇女様は」


「どうにかね。汗かいてて熱がありそうだったから、ちょっと心配なんだけど」


「……気遣いをするなんて、兄様にしては珍しいな」


 非難がましいリオの口調。一方で悪意を感じないのは、アルクノメが話題にあがる時の恒例でもあった。


 曰く、同族嫌悪らしい。

 鏡を見てるみたいで嫌なんだ、との評価を、リオはアルクノメに向けている。二人の性格を知るナギトも、それには少し同意していた。


 家族、種族に拘るリオ。皇家に拘るアルクノメ。

 過去に縛られるのは、窮屈なことだとナギトは見ている。まあ人間として生きる以上、その土台とも言える部分を切り捨てるのは不可能だろうが。

 自分自身、その例ではあるんだろうし。


「僕だって、たまには当り前の道徳をするさ。元気になってくれないと、こっちまで気が滅入る」


「一心同体、という感じなのか」


「さすがにそういうのじゃないよ。だいいち――」


 簡単に、手を取り合える存在ではない。

 それでも彼女は大切な女性だし、惹かれることは多々ある。自分にはない視点の持ち主で、一人の理想論者でもあるからだ。


 すべての人を幸福にする。

 アルクノメの口癖はそれだった。確かな情熱もあって、故に自己犠牲という選択肢にも繋がったのだろう。


 ナギトには出来ないことだ。

 自分にとっては、自分の世界こそが唯一である。リオに語った尊敬と責任についても、裏を返せば拒絶的な意思の表れに過ぎない。

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