第17話 豹変の地

 地上のフロアへ戻ると、再びミノタウロスの歓迎を受ける。

 敵は相変わらず、物量頼みの戦術だった。もちろん苦戦する要素はなく、一匹、また一匹と的確に倒されていく。……負けると分かっているだろうに挑んでくるとは、もはや興醒めの域だった。


 とはいえ、耐久面の方は少し上がっているように思える。これまではほぼ一撃だったのが、踏み止まる光景も目立っていた。

 だからといって、前線を維持できるレベルではないが。


「ったく、どうにかしてアタシたちを外に出したくないのかね?」


 そんな余裕を零しながら、自慢の剣技で敵を切る。

 ナギトやリオの出る幕はほとんどないと言っていい。ドラゴンに吸われたマナも回復しきっていないし、助かることは助かるのだが。


「お、ようやっと出口だね。じゃあアタシたちは別の通路から行くから、よろしく」


「誤魔化しとけ、ってことですか?」


「もちろん。あそこにいる連中を助けに行くのに、別口の存在を知られるのは勘弁さね」


 ウインクと共に、責任が兄妹へぶん投げられた。

 ちょっとした文句でも言ってやりたいが、彼女たちは一目散に駆けていく。ミノタウロスの存在も依然。あまり長居したものではない。


 外に出る。

 異変は、直ぐに伝わった。

 入る前にあった筈の剣呑けんのんな空気が、綺麗さっぱり消えている。


「だ、誰もいない……?」


 衝突していた連中がいなくなった、だけじゃない。メルキュリクを含め、人っ子一人いなくなっている。

 ――地下からこっち、どうして妙な光景が連続するのか。せめて一人ぐらい残っていてもいいだろうに。


 ナギトは自然と鋭利な眼差しになって、神殿の入口から辺りを俯瞰している。

 反対にリオは、破壊された像がある広場へと降りていた。警戒心の欠片もない。苛立たしそうに、腰へ手を当てて左右を見渡している。


「まったく、何なん――」


 だ、と声が結ばれることはなかった。

 ナギトの背後、一頭のミノタウロスが現れている。


 兄妹はそれぞれの得物を手に、迎撃の準備を整えた。時間にして数秒もない。息の取れた連携で、鎧袖一触とばかりに討ち倒す。

 はずだった。


「え――」


 ナギトの手にある雷帝真槍ケラウノスは、半人半牛の胸を貫いている。

 だが死んでいない。身動き自体は止まっているが、敵意に満ちた眼光は活きている。


 刹那。

 閃光と共に、ミノタウロスが変化する。牛の形など、少しも残さない怪物へと。

 ドラゴンだった。


「っ……!」


 闘志を訴える咆哮の中、ナギトとリオが得物を構える。先日戦ったドラゴンに比べるとマナの濃度は低いようだが、腐っても最強の結晶生物。油断は出来ない。


 動きをぬうべく放たれた純潔狩猟ボウ・アルテミス。隙が生れさえすれば、後は雷帝真槍の独壇場だ。

 抉る。

 頭部は跡形もなく吹き飛ばされ、生物として完全な死を迎えた。


「こ、こいつ……!」


 それでもなお、生きている。

 視覚はさすがに断たれたようで、ドラゴンは乱雑に腕を振り回すだけ。当然二人には掠りもしないが、息があることへの驚愕が攻撃の手を緩める。


 しかし一息入れて、ナギトは心を切り替えた。コイツらには再生能力がある。早く仕留めるに越したことはない。


「っ、兄様!」


 が。妨害のため、更に数頭のドラゴンが降り立った。

 クリティアスが攻撃してきた時と、同等の数が二人を包囲する。――雑兵、と片付けられる相手ではない。いくら二人でも徐々に追い込まれるだけだ。


「リオ、逃げるよ!」


「く、止むを得ないか……!」


 二頭のエサが逃げるのに合わせて、一頭のドラゴンが飛び掛かってくる。

 牽制しつつ、二人はどうにか町の中へ。追ってきたドラゴンが建物に突っ込むが、勢いを殺すぐらいの役割は果たしてくれた。


 ここにも、人は残っていない。

 二耀族もヘレネス族も同じだった。代わりにいるのは結晶生物ばかり。住民としての敬意などない、敵意だけを送ってくる。


 すでに殺されたのか、あるいは避難したのか――らしくなく、他人の安否が気掛かりだった。


「ぐっ!?」


 突如、隣りを走っていたリオがくず折れる。

 差し伸ばした手を掴む彼女だが、どうも足腰に力が入らないらしい。ドラゴンのマナ吸収だ。

 ――しかし。敵の徹底さが、逃げる姿勢を上回った。


「囲まれた……!?」


 やはり最強種。路地を挟む形で、二人の退路を断っている。数頭のミノタウロスも混じっていた。


「に、兄様、私は自力でどうにかする。先に行っててくれ」


「こんな状況で言われて、説得力あると思う!?」


 多勢に無勢だが、撃破するしかない。

 ナギトは単身、最寄りの結晶生物へ飛び掛かる。一頭に割く時間は僅かだ。投擲とうてきの一撃も使って、とにかく数を減らしていく。


 マナの残量が気掛かりだが、意外と身体は保っていた。ドラゴンの一頭か二頭、風穴を開けることは出来るかもしれない。

 だからそうした。


 行ける。マナが減っている感覚はあるが、退路を確保することは難しくない。

 ついさっき討ち抜いたドラゴンを横目に、ナギトは更に一歩踏み込む。軸足で強く地面を叩き、必殺の用意とした。


 ぶち抜く。

 消し飛ぶ上半身と、放出されるマナの残滓。

 退路は確保した。急ぎ、安全な場所にリオを移そう。


「――?」


 ドラゴンに背を向けた途端。何か、物の落ちた音が聞こえた。

 ナギトは動けない。急ぐべきだと分かっているのに、その物音が予感を揺さ振っている。

 恐る恐る振り向いた先、目に映ったのは。


「アルクノメ……!?」


 マナを吹き出すドラゴンの足元。

 確かに、彼女がいた。


 予期せぬ再会に手足が凍る。いま見えているのは、本当に彼女なのか? どうして普通の女の子が、ドラゴンの足元で倒れている?

 まるで、体内から吐き出されたような――


「って、ボーっとしてる場合じゃない!」


 再会できたのには違いない。ナギトは彼女を抱き上げ、片手に雷帝真槍ケラウノスを。リオの救援に駆けつける。

 もっとも。


「大丈夫か、お嬢ちゃん!」


 その必要はなかったらしい。

 自作の武器だろうか。身の丈ほどはある大剣を担いで、工房長はリオを肩に担いでくれる。


「そっちは無事か!?」


「ええ、何とか!」


「んじゃあワシの工房まで行くぞ! 外に安全な場所なんぞねえからな!」


「はい!」


 結晶生物は今も増加を続ける一方。ハルピュイアまで空を舞っており、刻一刻と余裕は無くなっていく。


 工房長を追い、ナギトは走る。

 意識を失ったままのアルクノメに、温かい安心感を覚えながら。

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