第16話 封土の同族

「この人たちは……?」


「さあね。神官や巫子じゃないみたいだが……あ、別にアタシらは何もやってないよ? むしろこっちが助けようとしたぐらいでね」


「結果は?」


「見りゃあ分かんだろ? 声をかけても反応しないし、動かそうとしても岩みたいに重くてね。まったく、頑固になるのは民族問題だけにして欲しいもんだが」


 そっちだって御免だけどね、と一言足し、部屋の前から去るイピネゲイア。残って観察を続けるナギトだが、やはり彼らは動かなかった。

 見切りをつけ、向かった先には地下へと通じていそうな階段。辺りにはミノタウロスの亡骸が多く残っていた。


 階段に、照明らしきものは何もない。

 外から差し込んでいる明りは、奥へ進む度に弱くなっていく。


 薄暗い地下の世界。未知へ飛び込もうとしているナギトたちを威嚇するような、冷たい闇が肌を撫でる。


「……なあ兄様、神殿はどれも地下室があるのか?」


「さ、さあ? 僕は神殿入るの、今回が初めてだよ」


「む、そうか。――イピネゲイア様は?」


「アタシも初めてだったよ」


 リオは続けて問いを放っていくが、まともな返答は返ってこない。二耀族という生き物が、ヘレネス族の信仰に興味がない証左である。

 お陰で、この先にあるへの興味は膨らむばかりだ。


 角を曲がったところで、ようやく出口が見えてくる。意外にも明りはあった。太陽の光というより、マナ石を用いた人工的な明りが。

 中をすでに見ているらしいイピネゲイアとその協力者に、重い空気が漂い始める。


「さあ、しかと見ておきな。ひょっとしたら、四年前の真相に繋がるかもしれないしね」


「え……」


 来るとは思っていなかった、両親たちの戦争。

 その根源が今、兄妹の前に晒される。


 棺桶、だった。

 階段を降りた先に広がる、巨大なドーム状の空間。その壁すべてを埋める形で、無数の棺が並んでいる。


「こ、これは……」


「――」


 異様な光景を前に、言葉を失うことしか出来なかった。

 棺桶は正面がガラス張りで、中に入っている人間を見られる。……全員、二耀族だ。少なくとも見える範囲に、ヘレネス族や混血の姿は見当らない。


 一体なん、どんな用途の場所なのか。

 共同墓地――というような雰囲気ではないように感じる。中に入っている人々は、若者から老人まで様々だ。中には赤ん坊までいる。


 数については夥しいという他ない。この地下空間自体も巨大で、端から端へ移動するには時間を使いそうだ。


「ナギト、驚いてる場合じゃないよ。足元をみな」


「足元――!?」


 いるのは人間じゃない。


 ドラゴン、ハルピュイア、ミノタウロス――テストミア近辺で目撃されることの多い結晶生物だ。それらが堂々と、ナギトたちの足元にいる。

 二耀族と同じように動き出す気配はない。目蓋を閉ざして、眠っている。


「……イピネゲイアさんは、何かこの部屋について知ってるんですか?」


「残念ながらサッパリだ。テストミアの神殿関係者が、帝国人を誘拐してる、って噂があったから、こっそり調べて見ただけだよ」


「誘拐の噂って――」


 そういえばオレステスが言っていた。先に仕掛けたのは奴らだ、と。

 あの時はドラゴンの乱入で答えを得られなかったが、いま見えている光景がソレらしい。


「しっかし、こんな場所に人を閉じ込めてどうするんだか。知ってそうな神官連中はどっか逃げちまったし……」


「外に出て、いろいろ聞いてみるしかないんじゃないですか?」


「それはアンタがやっとくれ。アタシらは賊みたいなもんだしさ」


 小さく肩を竦めて、イピネゲイアは階段の方へと踵を返す。

 追いかけるナギトとリオだったが、直ぐにドームの中へと振り返った。


 仮に、四年前の原因がこれだとして。何故、破壊する必要があったんだろうか?

 足元で眠っている結晶生物を除けば、有害な存在は一つもない。わざわざ身内を分裂させ、戦う必要はなかったろうに。


 だから、ここには何かが隠されている。

 推測といえば、確かに推測の域を出ない。が、そんな問題を押し退ける不気味さが、ここにはあった。


「――なあ兄様、前回の闘技大会は正しかったのか?」


「ど、どうしたの? 突然」


「父様たちが戦った理由がさ、ここにあったらどうなんだろうと思ったんだ。……もし何者かによって幽閉されていたんなら、大義は父様の方にあったことになる」


「そうだね。まあ、仮の話ではあるけど」


 頷くリオの横顔は、父親たちの無念を想って暗くなる。

 しかしナギトは反対に、安心感さえあった。両親は、悪いことをしたんじゃないのだと。敵対した事実以上に、彼らを誇らしく見ている自分がいる。


「……なあ兄様、悲しくはないのか? さっきからいつも通りの表情だが」


「そりゃあ悲しんでないからね。僕と父さんたちは敵味方に分かれて戦った、それだけの話じゃないか」


「わ、私の仮説が事実だとしても?」


「うん」


 あっさりと冷血を示されて、リオは絶句するだけだった。

 ナギトは彼女に構わず、階段へと足を上げる。


 リオの反応はもっともだし、何となく想像はしていた。彼女にとって家族は、堅い絆で結ばれた存在を指す。

 敵味方に分かれて争うなんて言語道断。自分たちに誤りがあると知れば、その感情はより強くもなる。


 しかしナギトは別だ。許容することがあっても、理解することはない。


「父さんにしろ僕にしろ、あの戦いにあったのは決断だけだよ。複雑な事情があったからって、同情するわけにはいかない」


「……どうしてだ? そんなのは、悲しいだけだろう?」


「本当に?」


 質問に質問が返ってくると思わなかったのか、リオはピクリと肩を震わせる。

 ナギトはいつも通りの顔で、いつも通りの愛情で。

 唯一の肉親である妹の返答を、辛抱強く待っていた。


「分からないよ、兄様。貴方は両親を尊敬していた、そんな風に私には見えた」


「うん、確かに父さんも母さんも、僕にとっては尊敬の対象だった。……雷帝真槍ケラウノスに選ばれて戦うことが決まった時、逃げようと考えたぐらいにはね」


「だったら――」


「あのねリオ。僕はさ、父さんたちを尊敬してたから戦ったんだ」


「は?」


 おかしいのは分かっている。

 でも結局、そういうやり方でしか尊敬を示す手段はなかった。彼らを超えて勝利すること――それが、自分に託された手段だと確信した。


 超えなければならないと。

 それが、彼らの子供であることの責務じゃないか。


「尊敬と責任は同じだと、そういうことか?」


「かもしれない。だってさ、相手を認めてるから尊敬するんでしょ? なら衝突しようと、悲劇的結末があろうと、その人の決断に口を挟むのはよくないと思う」


「……だからって、戦う必要はなかったろうに」


「あはは、耳が痛いね」


 他の選択肢は、確かにあったのかもしれない。

 だが当時、ペロネポス帝国は両親と敵対する立場にあった。アルクノメを意識していたナギトにとって、おいそれとは敵に回せない。


 彼女という世界を守った結果、両親という世界は壊れた。

 善悪の基準に照らした時、どちらが正しいのかは知らないし、興味もない。だから自分で肯定する。間接的に両親を殺したのは、超越しようとする意思があったからだと。


 なので正直、今でも思う。

 自分は何かの理由をつけて、今を正当化したいだけではないのか?

 他人の意見を変えることに、責任を負いたくないだけではないのか?


「……兄様は変な人だな」


「えっと、褒めてる? 貶してる?」


「さあ」


 どっちだろうな、と最後に付け加えて、彼女は兄を追い越した。

 ナギトも直ぐにその背中を追う。ドームをもう少し調べたい気持ちはあったが、外への対処も忘れてはならないことだ。長居すれば、更なる疑惑を持たれるかもしれないし。


 だが、地下を出る直前。

 壁の人々に――どこかで知った顔を、見た気がした。

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