第19話 想定外の避難者

「……なあ、兄様はアルクノメ様と、普段どんな話をしてたんだ? 想像できないんだが」


「普段? うーん、帝国のアレコレについて、議論してることが多かったかな。彼女、国内のことだったら何でもかんでも気にするからさ」


「男女の会話っぽいことは?」


「ほとんどしないね」


 お陰でアルクノメとの会話は、彼女が一方的にしゃべる場合も多い。ナギトが話すのは大抵、途中で意見を求められたときだ。

 変な友好関係といえば、あながち当たっているかもしれない。


 皇家出身なのもあろうが、アルクノメとナギトの関係は主人と従者に似ている。

 彼女の補佐を行い、その意見を尊重して。横から口を挟むのも極力避ける。――尊重してやるなら、その責任もアルクノメだけのものだ。


 しかし処刑から救いだしたように、例外はある。

 ナギトにとってアルクノメは特別だ。誰よりも生きていて欲しいし、もっと多くのことを聞いてみたい。彼女をもっと、深い領域で知るために。


 だがそれは、理解を望むという罪科。

 褒められた考えではない。幼馴染とはいえ、あくまでも他人だ。性別だって違う訳で、価値感には多くの誤解が含まれる。


 だから手を取り合えないし、将来を通じて相互理解もありない。

 そう、他人である以上は当り前のことだ。決して恥に思う必要はない。


 なのに。

 心はスッキリしなかった。知ってほしい、知りたい、なんてワガママが、頭の中で駆け廻っている。


「兄様は満足なのか? 皇女が単なる話し相手で」


「まあ楽しいっちゃあ、楽しいからね。向こうがどう思ってるのかは知らないけど」


「きっとつまらないと思ってるぞ」


 そうかなあ、と相槌あいずちを打ちながら、ナギトは白い天井を見上げた。

 リオは答えは、参考程度に受け止めておこう。女性同士、共感できる部分もあるんだろうし。


 と、以外に早く工房長が戻ってきた。彼は少し息を切らして、医者な、と前置きを作る。


「腕のいいやつが一人おったぞ。診終ったら、すぐ知らせてくれるとな」


「――だそうだ。良かったな、兄様」


「え? ああ、うん」


 工房長の努力に、遅れて感謝を送るナギト。直前の葛藤を引っ張っていた所為で、反応が遅れてしまった。

 もう少し考える時間はほしいが、わざわざ要求するのも場違いだ。大人しく、いま相談するべきことを相談しよう。


「工房長、外の結晶生物はどうなってます?」


「相変わらウジャウジャおるわ。建物にはあまり攻撃してこんようじゃが、外に出た二耀族は攻撃を受けておる」


「どうにかして数を減らさないと、ずっと引き籠ってることになりますね……」


「うむ。食糧などの問題もあるでな、早め早めに対策を――」


 する、と言いかけた途端。

 部屋の外から、職人の一人が大声で工房長を呼んでいた。


 話を逸らされた苛立ちはあったか、しかめっ面で彼は再び外へ。やってきた職人は息も絶え絶えに、身振りも含めた報告を行っている。

 途中、工房長が驚く声はこっちの部屋まで響いてきた。

 よほど重要事項なのか、彼は豪快に扉を開けて、


「帝国から避難者が来とるそうじゃぞ!」


「は?」


 予感の欠片もなかった変化を、驚愕の中で語っていた。



―――――――――



 結晶生物たちが徘徊する中。建物に身を潜めて、テストミアの南端まで移動する。


 そこから望めるのはヘレネス族ばかりの避難者。皇家の近衞兵と思わしき者もいるが、一様に疲労した様子を隠せていない。荷物すら持たず、着の身着のまま脱出してきたことを示している。

 泣き崩れる者も少なくはなかった。身体の一部を血で染めた避難者も、肉体の一部が欠損している者もいる。


 しかし衝撃は、彼らだけに留まらなかった。

 人々の向かい側。国境沿いの砦、その上空に結晶生物がいる。


「帝都が襲撃されたそうじゃ。大勢の帝国人が犠牲になったらしい」


 二つの群衆を見比べながら、工房長はナギトへ語った。

 そう、二つ。


 避難してきた帝国人に対し、テストミアに住む多くの二耀族が立ち塞がっている。

 彼らは口々に、町から去るように要求していた。


 だが、一方の避難民たちも微動だにしない。動くとしても表情だけで、双方の間にある敵意を深めるだけだ。

 それでも、避難者の先頭に立つ女性――国を捨てたと発言したイピネゲイアは、二耀族たちを説得しようと必死だった。


 彼女に近付こうとするナギトだったが、工房長に止められる。

 代わりに、彼が人混みを掻き分けて進んでいった。大きな背中には代表者として立つ決意がある。


「――第一皇女さんや、ここは退いてくんねえかい?」


「お、おいおい、そりゃないだろ。工房の中にはまだスペースがある筈だ。そこにコイツらを入れてくれれば、あとは自分らで何とかさせるよ」


「無理じゃ。この状況下で、いさかいの種を入れるわけにはいかん。信頼関係もない」


「だから、そこを我慢してくれって――」


「信頼関係がないのにも関わらず、どうしろというんじゃ? 同胞であればまだしも」


「……」


 舌打ちをやりかねない不満顔で、イピネゲイアは工房長を睨む。一方の彼は微動だにせず、感情的な視線を受け止めていた。


 開始早々、両者の話が噛み合う気配は消えていく。

 代わりに響くのは、結晶生物の貪婪どんらんな叫び声だけ。


 疲れ切っていた避難民たちに、悲観の種が撒かれていく。

 もう駄目だ、お終いだ、と。親からエサをねだる雛鳥のように、一つの嘆きが伝播していく。


 直後だった。

 ドラゴンが、彼らの背後に現れたのは。


「っ――!」


 一瞬で彼らの心は破裂した。

 武器を構える二耀族と正反対に、無力な避難民は散り散りに逃げていく。つまりは恰好の食糧。


 ドラゴンが狙いを変えたのは、当然の帰結だった。

 裂け、飛び散る血肉。

 一児の母親だった。子供は彼女の身代わりによって生きているものの、立ち上がる気力はなくなっている。


 直ぐさま振り下ろされる、弱肉強食の鎖。

 助けは来ない。二耀の者たちは完全な傍観者だ。むしろ邪魔な連中が消えて、喜んでいるんじゃないだろうか。


 ナギトだって助けようとも、群衆が邪魔になって動けない。

 その中で。


「伏せて!」


 勇敢にも飛び込んできた声は、肝を冷やすだけの意味しかなかった。

 ドラゴンに向けて炸裂する爆音。魔術を行使した結果なのは言うまでもなく、集まった二耀族に動揺が走る。


 ナギトは雷帝真槍ケラウノスを手に、群衆を飛び越えていた。

 アルクノメが、ドラゴンと子供の間に割り込んでいたから。


「君、大丈夫!?」


「え、あ……」


「早く逃げなさい! コイツは私が足止めするから――」


 言葉よりも先に、ドラゴンの巨腕が突っ走った。

 命中する直前、アルクノメは渾身の魔術を叩き込む。が、効果は薄い。余波に彼女自身が巻き込まれるだけで、一時凌ぎにもならなかった。


 走る、軸足を叩きつける。

 無防備な背中へ真槍が吸い込まれるまで、一秒も掛からなかった。

 先日のドラゴンと異なり、再生はしてこない。心臓があった場所に青空を映しながら、巨体はゆっくりと倒れていく。


「アルクノメ、大丈夫?」

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