第14話 過去と人、付き合い方

 工房を出た二人は、町の中心にある市長邸を目指して歩いている。

 問題は何一つ前進しなかったわけだが、それだけでも伝えなければ始まらない。もしかしたらメルキュリクに会えるかもしれないし。


 もっとも、足取りは重いままだ。

 ナギトではなく、リオの方。さっきの話し合いに満足いかなかったようで、工房を出てからずっと俯いている。

 もとい、考え事をしている。


「危ないよ、リオ」


「……? あ、ああ。済まない兄様」


 家の塀とぶつかりそうになって、彼女はようやく前を向いた。

 しかし、それも少しの間だけ。また喉を唸らせて、内容の分からない思案を繰り返している。


 なるべく観察するつもりだったが、そろそろ注意した方が良さそうだ。


「リオ、考えるなら後にしなよ。あるいはきちんと前向くか」


「う……そ、そうだな。そうしようか」


 ――でもやっぱり、彼女は元に戻っていた。

 こうなったら相手を務めてやるしかあるまい。意識を外に向ければ、少しは周りの状態も気にしてくれるはずだ。


「和解できそうにないのが、残念?」


「ん? いや、そういうわけじゃないんだ。……私が気になるのは、原住民たちの信仰? でさ。私は神殿に一度もいったことがないから、詳しくは知らないんだが」


「信仰の内容が気になるってこと?」


「違う。どうして二耀族を嫌悪するのか、だ」


「?」


 反応に迷う。原住民ヘレネスの信仰と二耀族への嫌悪は、神殿の破壊ということで結ばれているはず。

 だがリオが気にしているのは、それと別の点なんだろう。


「おかしくないか? 魔術は、神の力と呼ばれているんだぞ? それを行使できるのは二耀族なわけだし、私たちは神の子とか、選ばれし存在、ってなるんじゃないか?」


「……確かにそうだね。あんまり気にしたこともなかったけど」


「兄様は、自分さえ良ければ大丈夫な性格だもんなあ……」


 と、なんか蔑むような目が向けられている。悪いことなんて一つもしてないぞ。

 まあ妹のことだ。社会性に欠けているとか、真面目なことを言おうとしてるんだろう。生意気なやつめ、頭でも撫でてやろうか?


「ふおっ!?」


 有言実行。いや、口にはしてないから不言実行か。

 リオは目に見えてうろたえている。ほんのり顔も赤く、幼い顔が余計に妹らしく見えてきた。


「な、ななな何をする!? 子供扱いするな、兄様!」


「気にしない気にしない。昔が懐かしくなっただけだから」


「あ、遊んでるの間違いだろう!?」


 バレた。

 仕方ないので止めてやると、妹のムッとした視線に迎えられる。子供のころなら喜んでくれるんだろうが、町中なのもあって羞恥心が勝ったらしい。


「い、いいか兄様? 私はもう十五だ。褒められても……う、嬉しくない!」


「うん、そう」


「み、見事なぐらいの棒読みだな! 人の意見を聞く気があるのか!?」


「だって子供の頃は、ねえ」


 承認欲求の塊だったというか。褒められることしか眼中にない少女だった。

 

「……まあ確かに、今も私は子供だよ。誰かに認められたいって、願望を抱くことは珍しくない」


「そっか。――で、話を戻すけど」


「ああ、魔術のことだな。……しかし兄様、いい具合に私の過去を掘り出してくれたな。魔術周りの話だが、関係あるかもしれないぞ」


「どういうこと? 実はリオが四ケタレベルのお婆さんで、魔術の歴史に詳しいってこと?」


 冗談のつもりが、思いっきり腕を抓られた。

 該当箇所をさすりながら、ナギトはリオの前置きを聞いていく。


「魔術を神の力とイコールで結んだのは、二耀族ではないかもしれない、ってことだ。讃えたい誰かが、勝手に結んだんじゃないかって」


「……誰かって、ヘレネス族のこと?」


「まあ他にいないしな。そもそも魔の術、だぞ? 自分から神という呼称を使うには、説得力に欠けないか?」


 確かに。順当に行けば加護とか、神力とか呼ぶのが普通だと思う。

 でも、それが二耀族へ向けられた嫌悪とどんな接点があるんだろうか? 一度話が逸れてしまったのもあって、直ぐに解答へ結びつけない。


「なあ兄様、知ってるか? 二耀族の男児は、マイペースなことで有名らしいぞ」


「え? 僕はマイペースじゃないよ」


「鏡を見て言え。――ま、そんなのは田舎育ちの、純血に近い二耀族限定なんけどな。しかしだからこそ、神の力という呼称に信憑性が持てる」


「ヘレネス族がつけたっていう?」


 リオは兄を見上げて、力強く頷いた。


「海の向こうから来た私たちを、ヘレネス族は勝手に崇めて勝手に王にしたんだろう。二耀族へ認めてもらうために」


「認めてほしくて他人を褒めるの?」


「有り得ない話じゃないだろ? 普通、褒められれば誰だって嬉しいものだ。悪い言い方をすれば、つけ込もうとしたわけだな。しかし――」


 仲違いしてしまったのは、現状を見れば明らか。

 リオの推測が事実なら、魔術に対する評価は過去の遺産ということらしい。……あるいは市民の中で、二耀族は悪い魔術の使い手、とでもなっているのか。


 どちらにしたって、迷惑な話だ。

 自分たちが扱っている力を、どうして赤の他人が決め付けるんだろう? 


 魔術とは特権だ。そして特権である以上、外に誇示する必要はない。

 希少な宝石を例えれば分かりやすいだろうか。その輝きに魅了された人間は、高い値段を宝石につける。金銭という、自然界にはない評価基準で、人間に理解しやすい価値基準で。


 しかし本当に、希少な宝石だとすれば。

 希少という段階で、その価値は固定される。


 部外者からの評判など気高いモノには必要ない。彼らは自分自身で独立し、少数者となる。多数者になろうとするのはいつも、自分の価値を底上げしようとする――つまり低い階位にいるモノだ。


「……兄様、変なこと考えてないか?」


「うん? 別になにも?」


 なおもいぶかしむリオの眼差しに、ナギトは笑って返すだけ。

 二種族の間にある谷間は、推測とはいえ理解できた。工房長が話していたこともある。魔術に対する特権意識は、世間の二耀族に植え付けられてしまったんだろう。


 せめて堂々と、周りなんて気にするな――そう言いたくなるが、ナギトは工房の部外者だ。

 対話の扉を用意できても、直に干渉する気はあまりない。少なくとも今の段階では、ナギト自身への危害が確定されたわけでもないのだ。


「まあしかし、私の理論は推測だ。もしかしたら、まったく逆の歴史が潜んでいるかもしれんな」


「例えば?」


「全部嘘、とか。――魔術が神の力というのも、彼らが原住民であるということも、私たちが海の向こうから来たのも、すべて嘘だったら? 長い歴史の間で、歪められた事実だったらどうだ?」


「怖いこと言うなあ……」


 もし事実なら、リオの推測は土台から崩れ去ることになる。

 そもそも神殿、ヘレネスの信仰に詳しくない自分たちが、彼らの神を語るのは駄目だろう。ナギトの姿勢にも反していることになる。


 ――にしても。

 リオの推測は印象的だった。もし伝わっている情報が、すべて嘘だったら。何かしらによって歪められているとしたら。

 父と母が戦った理由が、分かるんだろうか?


「……」


 考えを深めようとして、ナギトは反射的にかぶりを振る。なんて自分らしくない。


 情報でしかない過去は、生きている人々の心を形として残したものだ。

 それは語ることが出来ても、共感することが出来ない。離れた時間、環境で生きているのだから当然である。


「……過去との付き合い方って、対人関係に似てるね」


「はは、兄様らしいな。歴史家にでもなったらどうだ?」


「遠慮しとくよ。――でもホント、二種族の問題って解決する手段ないのかな?」

 

「難しいだろう。まあいっそ、戦ってしまうのがパッと解決する方法かもしれないが」


「ああ、それいいね!」


 あくまでも部外者として、淡々と納得する。

 リオはまたもや蔑んでいた。自分から言ってきた癖に。


 対するナギトはやっぱり笑顔で受けながして、市長邸への道を辿っていく。徐々に人影が増えているのは、町の心臓部に近付いている証だろう。

 しかし。

 どうにも騒がしい。見掛ける人々も駆け足で、何かに急かされているようでもある。


「何かあったのかな?」


 妹と顔を見合わせると、彼女は首を傾げるだけだ。

 好奇心に惹かれ、彼女は近くを走っている男性に声をかける。――が、彼はこちらを見るなり、不快そうな表情になった。


「なあ、この先で何かあったのか? 教えてくれ」


「……あんらた二耀族が、神殿に立て籠ってんだと」


「なに!?」


 怒りと憎しみを込めた言葉の中。

 二耀の兄妹は、駆け足で神殿へと向かい始める。

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