第13話 人と血と

 一息ついた頃には、時刻はとっくに昼の後。

 食糧自体は与えられた家にあったので、リオが簡単な手料理を振る舞ってくれた。慣れてない、と自己評価の料理だったが、ナギトの口には問題なく入っている。むしろ母親を思い出す、懐かしくて上品な味付けだった。


 それを指摘するといつも以上に喜んでくれたのは、家族への想いが強いからだろう。

 同時に、自分も少しだけ安心する。両親に忘れろと言われて頷いた心は、家庭の味を覚えていたんだと。


 当り前の絆、当り前の家族愛。

 前回の闘技大会で敵と味方に分かれているが、やはり家族というのは切っても切り離せない存在らしい。縛られていると指摘されれば反論できないが、両親亡き今なら甘えも許されるだろう。


 しかし。

 友人との対立に、その甘えを持ち込むのは危険でしかない。お互い、覚悟がないと笑われる。


 切り替えるか、切り捨てるかはしよう。納得した上での対立なら、少なくともナギトに異論はない。


「いや、ワシらとしても困ったもんでのう。……まさか商人どもが強行策に出るとは思わんかったよ」


「……」


 熱気に満ちた魔術工房の中を、ナギトとリオは案内されていく。

 市長からの指示で、先にこちらを訪れて欲しいとのことだった。メルキュリクとの話も全面的に任せるとのことで、様々な確認のため兄妹は行動している。


 先頭に立つのは、よわい七十になったばかりの工房長。

 まくった袖から露出した筋肉は、全盛期の名残が今も。辺りにいる職人たちも屈強な身体つきで、どれだけの力仕事かを体現していた。


「このままじゃ、テストミアでの商売も不可能になるかもしれねえ。ったく市民ども、誰のおかげで楽な生活が出来てるか、ちったあ考えてほしいもんじゃ」


「うむ、まったくだなご老人。加えて私たちは、神殿を破壊した者でもないのに」


「おお、分かってくれるのか嬢ちゃん。いやあ嬉しいのう」


 意気投合する工房長と妹。本物の祖父と孫みたいに、二人は話を加熱させていく。

 ナギトは傍観者として眺めるばかりだ。同胞――工房側の味方をするつもりとはいえ、必要以上に親密な関係を築くつもりはない。


 だって、喰われてしまう。

 彼らは多数だ。その数に真っ向から立ち向かえるほど、ナギトは根性の座った人間ではない。

 口よりも先に、手が出てしまうことも多いんだから。


「んじゃ、ここで待っていてくれ。ワシはちっと一仕事すませてくるでな」


 言いつつ、工房長が指差したのは小さな個室だった。

 恐らく会議に使ったりする場所なんだろう。ガラスの向こうには木製のテーブルが一つと、いくつかの椅子が。隅にはマナ石も置かれている。


 工房長に従って、兄妹は個室の中へと入った。

 中はこれまでに比べてひんやりとしている。リオが少し驚いた顔をしているのは、育った環境上仕方のないことかもしれない。


「……不思議と涼しいな、この部屋」


「空調用のマナ石を使ってるからね。ほら、部屋の角に置いてあるだろ?」


「ふむ」


 妹は頷くと、意外にも慎重な身振りで手の平大の石を手に取る。

 そういえば彼女、好奇心が強い癖に臆病なところがあったっけ。しかも本人は自覚していて、直そうと努力しているところがある。


 一番分かりやすいのが口調だ。子供の頃は普通の話し方だったが、今は聞いての通り男性的。……別に、それだけでどうにかなるもんじゃなかろうに。


「便利なものだな。帝国でもっと普及させればいいだろうに」


「マナ石が武器の方に使われちゃってるからね。僕らが使ってる上位品には及ばないけど、強力なのに違いはないからさ。しかも――」


「市民との間で、いろいろ問題が起こるんじゃよ」


 立ったままの兄妹に、戻ってきた工房長は座るよう指示する。

 リオはマナ石を戻してから、急いでナギトの隣りに腰を降ろした。


「お嬢ちゃん、マナ石は珍しいのかい?」


「ああ、私は帝国育ちなものでね。小さい頃はこっちに住んでいたんだが、あまり記憶には残っていないんだ」


「なるほどねえ。でもしばらくは、闘技大会の参加者として滞在すんだろ? せっかくだ、土産にいくつか買ってってくれ。安くするでの」


「……どういう石なら喜ばれるんだ?」


 案外とノリ気なリオ。顧客ゲットの匂いに、工房長も前のめりになる。


「帝国に住んでるんだったら、何を買っても喜ばれる。あーでも、最近人気らしいのはコイツじゃのう」


「?」


 工房長が机の上に出したのは、何の変哲もないマナ石だった。マナが動いている証の霧すら見えず、機動すらしていないような感じ。


 興味津々でリオが見つめる中、変化は静かに起り始めた。

 石の表面に波が立つ。そこから、ひょっこりと頭を見せたのは――


「猫?」


 手乗り猫、とでも呼べそうなサイズの生き物だった。

 猫は半透明だが、しっかりとした動きで周りの人間たちを観察している。まるで自分の主人が誰か、品定めするかのように。


「こいつはな、結晶生物、ってんだ」


「け、結晶生物!? それは、あの――」


「お嬢ちゃんたちが前に戦った、ドラゴンと同種の生き物だよ」


「……」


 驚きながら、リオは小さな怪物から目を逸らせなかった。


 結晶生物というのは、マナが集まったことで誕生した生き物を差す。幻獣、魔獣と呼ばれることも多く、一般的には畏怖の対象として認識されている。

 ここの魔術工房みたく、遊び心で利用するのは珍しい。


「お安くしとくぜ? 趣味で作ってるようなもんだしな」


「しゅ、趣味?」


「まあ厳密には実験なんだけどな。結晶生物はドラゴンを始め、よく分かってないところが多いだろ? だから調べるついでに、こういうのも作ったってわけさ」


「なるほど……」


「ま、実在する生物を模倣することしか出来んがな。結晶生物はそういう仕組みじゃし」


 半透明の猫は机をしばらく歩いた後、マナ石の中に戻っていった。名残惜しむリオの横顔が可愛らしい。

 ポケットから財布を出そうかと迷う彼女だったが、コホンと咳払いをして姿勢を直した。


「兄様、本題に戻ろう。闘技大会にも関わりのあることなんだから」


「……今度買ってあげようか?」


「べ、別にいいっ」


 買って欲しいらしい。

 まあ彼女の指摘を無視できないのは確かだ。有限な時間は、きちんと有効活用していこう。

 だがその前に。


「工房長さん、一つ聞きたいんですが……」


「なんじゃ?」


「結晶生物って変身したりするんですか?」


 口にしながら思い浮かべるのは、やはり例のドラゴン。

 工房長は首を縦に振ったあと、


「確定ではないが、噂にはなっておる。職人の間でも意見が分かれとるんじゃがな」


「そうですか……」


 未知、の二文字で片付けるしかないのがスッキリしない。

 さすがに敵のことだ。今後も対決する可能性がある以上、出来るだけ真相に近い部分を知りたかった。


 まあ、それは次回に回すとしよう。肝心の話題から逸れ過ぎるのはよくない。


「で、工房長さん、市民側との対話についてなんですけど……」


「ああ、話にゃ聞いとる。市長の息子が代表だとのう」


「はい」


 親子喧嘩でもしたのかと思うが、そんなのは下種の勘繰りだ。


「僕、市長さんから、代わりに話してくるよう頼まれまして。出来れば工房長さんもご一緒して頂きたいんですが」


「ふーむ。確かにワシんとこの工房は、職人の代表もやっとるからな。まあ出るのが道理じゃろう」


「なら――」


「スマンが、断る」


 顔にしわを作って、苦虫を噛み殺すように。

 工房長は、申し訳なさそうに頭を下げた。

 しかし納得しないリオが、ナギトよりも先に噛みつく。


「な、何故だ? 貴方がたにとっても、市民との対立を放置しておくのはまずいだろう?」


「でもなあ、工房の職人たちは連中の意見を聞く気がない。魔術も使えない連中が、何様のつもりなんだ、とな」


「……確かに、そういった認識はあると聞く。魔術製品に関わる職人は、帝国じゃ貴族みたいなものだと」


「正しくは、二耀族の血筋が、というところじゃがな」


 魔術は彼らでしか扱えない。

 マナ石にしてもそう。特定の用途に加工された石は、スイッチとして外から軽くマナを流し込む必要がある。無論、二耀族の血を持つ者にしか成せない仕事だ。


「マナ石は日常生活の他、武具にも使用される。テストミアが今あるのは俺たちのお陰だって、職人連中は自負しておるんじゃ」


「しかし今は、会場都市で――」


「そうなる前は、帝国やら共和国やらに攻められておったんじゃぞ? 守ってきたのは魔術の力じゃ」


「……」


 携わる者としての誇り。和解の前に、相互理解が欠けている。

 自然な出来事としてナギトや工房長が受け入れる中、一人リオだけが悩んでいた。


「手を取り合うのは、夢のまた夢、か」


「いいや、共通する敵がいりゃあ、ワシは出来ると思う。が、今はそういう状況じゃない。お互いの間で、くすぶってた不安が噴き出しておる」


「解消しなければならないのか? それは」


「恐らくのう。それに嬢ちゃん、知っておるか? テストミアの議会は、主要議員の全員が二耀族じゃ。市民も議論には参加できるが、最終的な決定権は持っておらん。自分たちの意見が覆されることだって、容易に起こる」


「し、しかし、議員側だって魔術の使えない市民を無下に扱うわけではあるまい?」


「そりゃそうじゃ」


 だがな、と工房長は肩を落としながら続ける。


「市民は二耀族を、自分たちとは違う生き物だと思っておる。とどのつまり、信頼がないんじゃよ」


「信頼……」


「オマケに今、戦は魔術兵器が中心だ。アレはマナを持ってるやつでなけれ扱えん。……お嬢ちゃん、この意味、分かるじゃろう?」


「市民は、自分の身を自分で守ることが出来ない?」


 その通り。

 彼らの根本にある不安は、武力の面で二耀族に劣っていることだ。四年前に発生した神殿の破壊もある。


 次に自分たちの命、伝統や文化が脅かされた時、対抗できない可能性に怯えているのだ。


「なんで今、市民の意見が真っ向から通る前例を作りたいんじゃろう。あるいは、議会のトップをすげ替えるか。テストミアの軍も帝国と同じで、二耀族が中心じゃからな」


「……やりきれないな」


「はは、ちがいない。種族の問題なんぞ、ワシには下らないモノに見えるがのう」


「い、いいのか? そんなことを言って」


「ワシはここのかしらじゃからな。……だいたい、お偉いさんは分かってくれとる。種族を理由に争うのが、くだねえってことぐらいな。暴走するのはいつも平凡なやつらじゃ」


「――」


 言い返してやりたいのか、納得してしまったのか。

 リオはうつむいて動かない。――ナギトと工房長が揃って苦笑を浮かべたことにも、恐らく気付いていないだろう。


「さて、話はここまでじゃ。もしワシが下の連中を説得できた際には、また後で連絡する」


「はい、ありがとうございます」


 ナギトの一礼を受けて、工房長はさっさと部屋を出る。

 最後に見えた眼差しは、苦悩の色だけを宿していた。

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