第12話 反逆者にして理解者

「――」


 残念なことに、返ってきたのは無言と、蔑みの目だった。

 しかしクリティアスもどこ吹く風。こんな小娘が何をしたところで怯えるには値しない。父親の威光が残るだけの、無意味な少女に過ぎないのだ。


「ふふ、必死に虚栄を張っているのだな。我が王はもっと堂々としていたぞ?」


「今は関係ないでしょう。――で、何の用?」


「特にあるわけではないさ。そうだな、暇つぶしの相手でもしてやろうと思っただけだ」


「……」


 訳が分からない。凄みの増した目で、アルクノメがもう一度睨んでくる。オレステス辺りならうろたえされることも出来たろうか?

 クリティアスは背後の扉を閉めると、そのままもたれかかった。


 しばらく、無言の時間が過ぎていく。

 アルクノメへ言ったように、ここに明確な目的があったわけではない。彼女の敵意を受けることで暇つぶしになるのなら、喜んで無言のまま過ごしてやろう。

 もっとも。


「貴方の目的は何?」


 向こうが痺れを切らしたんじゃ、こっちも喋るしかないのだが。


「一言では説明し尽くせんな。まあ帝国のためであることは言っておこう。さすがの私も、アギニ家への恩義があるのでね。忠誠は誓っているさ」


「私をさらうのも恩義だっていうの?」


「無論」


 だが、理由を話すのは面白くない。

 なのでクリティアスはそこで言葉を終えた。質問を受ける前と同じように、口を真一文字で結んでいる。


「テストミアはどうなったの?」


「市民たちの反帝国感情が燃え上がっているところだ。基礎がある以上、あとは油が増える一方だろう」


 結末を想像すると、不意に笑いが込み上げてきた。

 人が己の枠組みを超える瞬間。絶望が希望に転じるなら、あるいはその逆が起こるなら、人は相当な決断を強いられる。


 例えば。

 自分の守ってきたすべてを、破り捨ててしまうような。


「結果を楽しみに待っておくといい。我が王にとって好ましい事態を誘き寄せるのは、間違いないだろうからな」


「人のことを誘拐しておいて、よく言うわね」


「ふむ、やはりナギト君の傍が一番だったかね?」


「そ、それは、別に」


 頬を赤らめながら言われても、説得力がない。

 しかしこの際だ。先代皇帝も気にしていた謎を、代わりに尋ねておくとしよう。


「君は彼に対して恋愛感情があるのかね? 無いのかね?」


「――は、はあ!? 何でアンタに言わなくちゃなんないのよ!?」


「君の精神性を測る上で参考になるからだ。あと、君の父親が気にしていたことでもあるのでね」


「……」


 よっぽど意外な質問だったらしく、彼女は疑念しか向けてこない。人の愛情を馬鹿にしてるのか、と罵詈雑言を浴びせたくてたまらなさそうな顔。


「失礼な皇女だ。これでも人並みの青春は送ったし、女性経験もあるぞ」


「……嘘でしょ? とてもそうには見えないんだけど」


「いやいや、本当に私は普通の人間だよ。だからこそ我が王に引き寄せられたのだ。蜜にありつこうとするアリのようにな」


 さて、とクリティアスは前置きする。自分語りなぞ、やったところで不愉快になるだけだ。

 アルクノメは断るわけでもなく、こちらの様子を観察している。さすがに自身の恋慕を話すのは気が引けるらしい。


 嫌なら嫌で結構だ。それもまた、情報としては参考になる。


「……まあ、好ましくは思ってるわよ。頼りになるし、助けてくれたし」


「では、そこに良心の負い目を感じたことは?」


「――あるに決まってるでしょ。今回なんて特にそう。私は皇女でありながら、彼を説得することも、抵抗することも出来なかった。……迷惑がかかるって、知ってたのに」


「なるほど」


 当り前の、つまらない答えだ。

 ナギト本人がここにいれば、彼はどう考えたろう?


 恐らく、何も思うまい。彼とてアルクノメの性格は承知しているはずだ。彼女の解答も秘められた本心も、十中八九知りつくしている。

 にも関わらず彼女に執着心を持てるのは、ナギトなりの素朴さなんだろう。


 あの少年はよくも悪くも子供だ。自然体の中で、自身の感情と欲望を撒き散らす。

 暴君であり、支配者としての人格がそこにある。


 冷静であることは、彼にとって仮面に過ぎない。ただ周囲の反応が面倒で、そんな風に振る舞っているだけだ。脱ぎ捨てれば――オレステスの腕を切り落したような、冷たい本性が露わになる。


「では私はこれで。何か動きがあれば、あとで伝えよう」


「……来てほしくないけど待ってるわ」


 返事はせず、クリティアスはドアノブを回して退室した。

 見張りの兵に労いの言葉をかけ、落ち着いた足取りで外へと向かう。


 最中、考えるのはナギトのことだ。彼が今後、どんな動きを起こすのか。

 クリティアスの計画にとって、唯一の不確定要素がナギトである。彼はアルクノメの父親と同じタイプの人間だ。こちらの尺度で捉えれば、確実に足を取られる。


 まあしばらくは問題ないだろう。テストミア内の対立で、予定通りに時間を消費してくれればいい。

 一番肝心なのはこちらの動きだ。いかにオレステスを煽り――そして、アルクノメを始末するか。


「王ならばこの時、どう行動するか……」


 真っ先に娘を殺す? ありえそうだ。いっそ、自分もそうしてしまおうか。

 少し思案に耽って、クリティアスは自嘲の笑みを零す。


 到達点から見れば逆効果だ。ナギトが完全に暴走する事態を引き起こせば、意味するのは失敗だけ。

 焦りは禁物だ。少し遠回りになっても、確実に遂行しよう。


「うむ、徹底することは大切だ」


 帝国が、滅びるということ。

 それは黒を白に、白を黒にする行いだ。逆転を起こし、かつてすがっていた要素を断ち切らせる。


 かつて帝国は、己の矜持にすがった。

 しかし今は――


 帝国人という存在は消滅しかかっている。その理由が血統、思想を超えたところにあるのだから余計に性質が悪い。

 存在そのもの。種という根本的な段階で、帝国人は絶滅危惧種だ。


「くく……」


 周りに誰もいない、砦の廊下。

 すべてが成された時の地獄を想うと、嬉しい気持ちは隠せそうになかった。

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