第11話 砦の彼ら

「私は同胞を支援したい。……無論、市民と歩み寄ることは重要だと認識しているが」


「アタシも同じだね。正直、魔術工房とのパイプは維持しておかないと困る。オヤジを守る帝国兵の武装は、テストミアに頼ってる部分もあるからさ」


「じゃ、決まりですね」


 工房と市民の和解、あるいは工房側の勝利。

 やはりナギトにはどちらでも構わない。イピネゲイアの言った、工房とのパイプは魅力に感じるが。


「……ボウズはひょっとして、工房の品に紛れて帝国へ入ろうって寸法かい?」


「他に方法がなさそうですしね。間に合うかどうかは分かりませんが」


「力尽くで間に合わせなよ」


 言われなくとも。

 ――と返したいが、やはり傷の不安は残る。マナのお陰で普通の人間より治りは早いだろうが、テストミアの問題解決も含めて遠回りにはなりそうだ。


「っていうか、今行くのは無理なんですかね? この瞬間にだって工房と帝国の取引はあるでしょう?」


「アンタが居眠りしてる間に、商人たちが取引をボイコットしたよ。それどころか市民側に武器を流したそうだ」


「……なんかもう、いろいろ手遅れですね」


「ああ。だからほら、お友達と話してきなよ?」


「は?」


 唐突な単語についていけず、ナギトは首を傾げるばかり。市長の息子であるメルキュリクと、どうして話さねばならないのか。

 よっぽど顔に出ていたんだろう。あのね、とイピネゲイアは短い前置きを作る。


「市民ども代表が、あの小僧なのさ」


「――」


 驚いたのか、悲しかったのか。

 自分でも感情を測れないまま、ナギトは淡々と頷いた。



――――――――



「馬鹿がっ! どうして引き上げた、クリティアス!」


 帝国とテストミアの国境沿い。最前線ともいえる砦の中で、感情的な怒号が響く。

 しかし、それを聞く男はすまし顔。逆に面白がっているような素振りで、隻腕の皇子に事実を告げる。


「敵が敵でしたので。……皇子の敬愛するイピネゲイア皇女を、攻撃するわけにもいきますまい?」


「っ、だからどうして引き上げたと言っている! 姉上を説得することも出来んのか!?」


「お言葉ですが、私はイピネゲイア様とほとんど面識がない。彼女を味方に引き戻すのであれば、皇子の方が適任と考えますが」


「……」


 とはいえ、オレステスに出来っこないこともクリティアスは見抜いていた。

 言葉の勝負になれば、間違いなくこの愚弟は叶わない。感情的に吼えるだけの犬だ。きちんと信念に基づいているイピネゲイア相手には、逆に怒りをあおるだけだろう。


 まあ方法があるといえばある。が、クリティアスにとっては最終手段だ。おいそれと使うのは、時期尚早としか判断できない。


「ちっ、貴様の言い分は分かった。下がれ」


「はっ」


 医者の心労を察しながら、クリティアスは名残惜しむこともせず立ち去った。

 廊下に出ると、直ぐに右手の方へと向かう。角には数名の兵士。先ほどの戦果を見張るための人員で、クリティアスが半ば無理やり配置した者たちだった。


 彼らはこちらに気付くと、定型通りに敬礼する。


「ご苦労。皇女と話がしたいのだが、通してもらえるかな?」


「もちろんです閣下。……しかし、問題はないのですか? オレステス皇子は――」


「地下牢に閉じ込めろと言ったことか? 気にする必要はない。奴は貴族向けの看板であり、手の平で踊る人形だ。万が一の際には始末すればいい」


「か、閣下、皇子に聞こえたら――」


「だから言ったろう? 始末すればいいと」


 まあさっきも思ったように、最終手段ではあるのだが。

 見張りの兵は唖然あぜんとしたような、納得したような表情のあと、素直に道を譲ってくれた。


 前線の砦ということもあり、中は質素な作りとなっている。客室という名目だが、どちらかというと寝室だろう。使われているベッドも堅そうだ。


「やあ。ご機嫌は如何かね? 皇女殿下」

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