第10話 嵐の前後
「魔術を伝えたのは二耀族だから、マナ石とかで魔術製品を作ってる工房は二耀人が多い。だからテストミアも、二つが対立することになるわけさ」
「なるほど……」
「ちなみに帝国だと、皇家に二耀族の血が入ってるらしいよ」
かなり薄まっているそうだから、容姿にまで特徴は出ていないそうだ。ナギトも以前、先代皇帝から聞いてやっと気付いたぐらい。
お陰で二国の分裂には、ちょっとした共通点が生れている。――帝国が兵を連れてきたのは、その情勢が関わっているのかもしれない。
リオは何度か頷いた後。おもむろに席を立つ。
「ちょっと外の空気を吸ってくる。病院の入口にいるから、何かあったら呼んでくれ」
「……分かった」
顔そのものは前を向いているけれど、少し疲れた表情で。リオは廊下の向こうへと消えていく。
残されたイピネゲイアは、ギリギリまで彼女の背中を追っていた。
「どうかしたのかい? 考え事がありそうな顔だったけど」
「まあその、両親のことがありまして。それでも考えてたんじゃないかと」
「あー、確か神殿を破壊した側だったんだっけ」
「ええ。……両親が家を出る時、私たちのことは忘れろ、って言ったんです。僕は納得したんですけど、妹はそうでもなくて。凄いわがまま言うもんだから、帝国にいる親戚が引き取ったんですけど」
「かなり未練は残ってる、ってかい?」
「多分、ですけどね。厳密には、二耀族そのものかもしれませんが」
「ほう?」
一族の歴史。それは伝統上、家督を継ぐ長男にしか教えられない。
妹はよく周りに大人たちに、ナギトに一族の歴史を尋ねていた。が、努力が無駄に終わったのは言うまでもない。二耀族は結構、掟に対して堅い考えを持っているからだ。
曰く、神への誓いを破ることは出来ないと。
神殿を破壊しておいて何言ってるんだと突っ込みたくなるが、ナギトはその真相を知らないわけで。大手を振って批判するのはどうだろう。
「でもボウズ、アンタ一族の歴史には詳しいだろう? 長男なんだから。堅苦しいこと言わずに、教えてやったらどうなんだい」
「いやそれが……僕も両親からはあまり聞かなくて。さっき話したのが全部なぐらいです」
「はあ?」
眉間に皺を寄せるイピネゲイアだが、事実なので仕方ない。
思えば不思議な両親だった。周りの同年代が律儀に歴史を教わる中、彼らは息子にほとんど語らなかったのだ。ざっとの概要を教えてくれただけで。
しかし、だからこそあんなことを言ったんだろう。
私たちのコトは忘れなさい――夜中に家を出た両親の背中を、泣きじゃくる妹と一緒に見送った。
なぜ家族を捨てるようなことを言ったのかは知らない。ナギトにとって両親は理解不能の生き物だった。一族の使命に燃える、友人たちの両親とは違っていたのだ。
でも悪い人たちじゃなかったし、親子の情はきちんとあったんだろう。
だから遺言じみた台詞には、聞いた途端に従った。彼らがナギトに害をもたらしたことはないんだから。
父と母の胸のうちを覗けなくても、自分が持っている信頼は分かる。
理解不能は不信を置く理由じゃない。だって、理解不能だと分かるんだから。人間が不信を抱くのは、これまであったイメージから逸脱されたときだろう。
でも、ある意味。
自分は両親に裏切られたくなくて、曖昧な評価を下しているのかもしれない。
「はー、親と子は似るもんだねえ。ボウズんところ、二耀族の純血だろ?」
「らしいですね。……そういえば、神殿を破壊したのは純血の人たちだって聞きました」
「おいおい、そりゃあまた」
業が深い。もっとも掟に忠実な存在だろうに。
驚くイピネゲイアに苦笑を返しつつ、ナギトはベッドから起き上がろうと試みる。が、やはり駄目だった。もう少し休息が必要らしい。
「――そういえば、リオの扱いってどうなりました?」
「ああ、ひとまずテストミアには残れるよ。監視の条件つきだけど、闘技大会が関わってるからねえ。帝国への反感は置いといて、軽めの処置さ」
「……あとで市長さんにお礼言った方がいいですかね?」
「おお、いい考えだね。怪我を治すのが先だけど」
「ですかね?」
しかし、のんびりしていられる時間は少ない。
どうにかして、帝国へ入る算段をつけなければ。テストミアの要求を鵜呑みにしてたら、アルクノメを見殺すことに繋がる。
だが助けたところで、一体どこに逃げるのか。
真剣に考える中で、楽天的に考える自分もいた。
「んじゃ、アタシはこれで。くれぐれも無茶はすんじゃないよ?」
「あはは、考えときます」
体裁上の台詞を聞いて、皇女は病室を後にした。
しかし足音はなかなか消えない。――それどころか徐々に大きくなって、病室の方に再び近づいてくる。
何だろうか。随分と焦っている様子だが。
音の正体は、二人の見張りと何か話しているようだった。不安のこもった抑揚がナギトにも届く。帝国がどうたら、とも聞こえてきた。
「ナギト君!」
現れたのは、テストミアの市長。
彼は息を切らしながら、一杯の焦燥感と共に口を開く。
「この病院から、直ぐに出ていってくれ!」
「へ?」
間抜けな声を出しながら、思う。
嵐の前の静けさって、本当にあるんだな、と。
――――――――
病院から叩きだされたのは、ナギトに限った話じゃなかった。
一人の帝国兵。イピネゲイアに背負わせている彼は、不幸にもクリティアスの撤退に置いていかれたらしい。その後テストミアに留まっていたが、市民に発見され――というわけだ。
頭には髪飾りのような、小さな石をつけている。確か近衞兵に与えられるお守りの品だ。神の力が宿っているとかで、皇家からの送られるらしい。
そんな負傷者と一緒に、ナギトたちは人気のない路地を進んでいく。
見つかるな、と市長から下された厳命はきちんと守れていた。今のところは追手もいないし、比較的順調な旅路である。
「しっかし、この町も物騒になったもんだね」
一人の大人を背負うイピネゲイアは、少しも呼吸を乱しちゃいない。
護衛として付いてきたリオも、体力には余裕がありそうだ。根を上げそうなのはナギト一人。
「す、少し休憩を……」
「何言ってんだい、急ぐよ! ボウズは男だろ? 気合でどうにかしな!」
「んな無茶な――」
イピネゲイアは聞く耳持たず、先陣を突っ走る。
手を貸してくれるのはリオだけだ。いっそおぶって欲しい気分だが、妹にされるんじゃ情けなさすぎる。
「珍しいな、兄様が泣き言とは」
「さすがに状況が状況なもんで……はあ、少しは遠慮してほしいよ。白昼堂々、病院を襲撃しようとするなんてさ」
それが市長の持ってきた理由だった。
極一部の過激な市民が、入院している帝国兵を殺そうとしている――文字通り、寝耳に水をぶち込まれた気分だった。ナギトもオマケに狙っているというのだから、始末が悪い。
もっとも、相手は市民だ。狙われているのは怪我人なんだし、逃げるなんて真似をする必要はないようにも思う。
水面下で起こっている対立が、なければの話だが。
「市長殿も苦労するな。市民と魔術工房の衝突を避けるためとはいえ。……帝国兵を逃がすだけでも、市民はどう思うか」
「仕方ないよ。工房にとっちゃ、帝国は取引相手の一つだし」
全面的な対立はしたくない。これは紛れもなく、彼らの本音だった。
といっても、今の帝国にどこまで通用するかは分からない。今はアギニ家の時代ではなく、エウリュク家の治世なのだから。
「こっちだ、急ぎな!」
何の変哲もない一軒家。市長から渡された鍵を回して、突き破るように彼女は入っていく。ナギトとリオも急いでその後に続いた。
適度に使用していたのか、中は整理整頓が行き届いている。もとい、余計な物がほとんどない。
ナギトは椅子に、イピネゲイアは部屋の奥にある階段を上っていく。帝国兵を寝かせるベッドを探してるんだろう。
運良く見つけたようで、戻ってきた彼女の背中はカラだった。
「しっかし、面倒なことに巻き込まれたねえ。時期が悪かったのか?」
「……工房と市民の対立を言ってるんだったら、的外れですよ。面倒事のない世の中なんて、そっちが珍しい」
「おっ、手厳しい意見だね。元凶の同族が言うと重みが違う」
「――」
リオだけが、批難がましい視線を向けていた。
でも元凶だなんて、一言で決められる問題ではないだろうに。確かに二耀族は海の向こうから来た余所者だ。が、長くこの土地で暮らしていることに変わりはない。
同胞だと呼べるぐらいの時間を、ヘレネス族と過ごしている。
それでも対立図が生じたのは、単に敵として必要だったからだろう。外様だろうが何だろうが関係ない。敵という単語が、偶然にも自分たちへ当てはまった。
あえて元凶を指定するのなら、敵を求める意思だろう。
ナギトはそれを嫌悪しようとは思わない。人間、誰だって敵はいる。どんな聖人君主や聖人だろうと、あまねく不幸を敵視しているのは間違いないのだ。
「――これからどうしましょうか? 僕としては、さっさと解決したいんですが」
とはいえ仲直りなんて、好都合な結末を求める気はなかった。
どちらかが勝ち、どちらかが負ければいい。
彼らにとって誇らしい敵なら、むしろ火に油を注ぐぐらいはしてやろう――
妹が席につくのを見ながら、歪な理論を膨らませていく。
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