第7話 真槍VS魔眼大盾

「いやあ、たくさん怪我したよ」


「いや、見るからに無傷も同然だぞ。骨の一本でも折っていれば、少しは心配したんだが」


「そこまでやらなきゃいけないのか……」


 ああ、と妹は清々しいぐらいに頷いた。

 ――およそ三年ぶりの再会になるものの、彼女は何一つ変わっていない。歳とったのか? と聞きたくなるぐらいの徹底ぶりだ。身長も大して伸びてないんじゃないだろうか?


「兄様」


 首を傾げた所為だろうか。妹のリオは目をキツくして、彼女なりの大股で詰め寄ってくる。


「私、これでも背丈は伸びたんだぞ。この三年、確かにな」


「具体的には?」


「……」


 無言は無言で一つの解答だが、彼女わかっているんだろうか?

 昔と同じやり取りに胸を撫で下ろしつつ、ナギトはもう一人の大切な女性を探す。ドラゴンが現れたのは彼女たちが消えて直ぐだ。最悪の展開には陥っていないと信じたい。


「心配するな兄様。あの人なら無事だ」


「……殺そうとした人間から教えてくれるとは思わなかったよ」


「仕方ないだろ、あのクズ皇子だって近くにいたんだ。あの人がどれぐらい戦えるか、個人的に興味もあったし」


「? なんで」


「兄様の足手纏いになるかどうか、確かめたかったのさ」


 不本意な形で戦いが中断したためか、リオはむつけた表情で言ってきた。

 子供らしい素朴な顔付きではあるものの、身内としては危機感もある。妹は昔から、アルクノメに対して当たりがキツい。根本的に相容れないんだ、と口癖のように言っていた。

 今後も仕掛けてくるとすれば、それはもう嘆息するしかないだろう。


「まあこの先も機会はある。兄様の成長ぶりも知りたいし、手合わせするときは宜しく頼むぞ」


「……僕はともかく、彼女には加減してね?」


「人の心配ばかりするのはよくないぞ、兄様」


 だって、とリオは付け足して。


「ほら――ペロネポスの人たちが、お怒りだぞ?」


 校門に集まった帝国兵が、武装と共にナギトを睨む。

 気付けば町中が騒がしい。オレステスが連れてきた帝国兵は、ごく一部にしか過ぎなかったようだ。メルキュリクから聞いた噂は、すでに現実と化している。


 もうアルクノメ一人の問題じゃない。オレステスの腕をぶった切ったのも関係ない、多分。


「――リオ、君の立場は?」


「見物人だな。私はあくまでも、闘技大会の参加者だ。帝国軍の方から拘束されるいわれはないし、私が消えれば向こうも困る。案外と人材不足だそうでね」


「じゃあ、背中はがら空きでいいわけだ……!」


 決めれば行動は早かった。

 即座に雷帝真槍ケラウノスを振り被り、叩き込む。雑兵を蹴散らすのは何の問題もなさそうだ。ある程度まで減らして、それからアルクノメと合流しよう。


 吹き飛ばした分を、埋めるように現れる帝国兵。ナギトに怯えている様子は不思議とない。帝国の兵士は勇敢だと評判だが、この状況でも律儀に守るとは。

 顔ぶれを見ると、若い兵士が多い。ナギトやオレステスと同じだろうか。――皇子の息が掛かっている可能性は高い。


 まあ、せっかくだ。

 信念は実力が伴ってこそだということを、結果と一緒に教えてやる……!


 瞬きすら許さない一瞬。彼らには痛みへ備えることも、避ける素振りも許されない。

 もっとも。

 誰かが介入する隙は、どうもあったようだ。


「危ないな」


 声でだけで悪寒が走る。

 しかし正体を確認するまでもなく、敵影は少し早い爆風に呑まれていた。――高まる警戒。声の持ち主が神の一撃すら防ぐと、知っているからこその寒気。


 視界が晴れた頃、兵の前に立っている男の姿が露わになる。

 クリティアス。

 帝国滅亡の同士として、仲間とも言える男だった。


「な……」


 どうしてここにいる? テストミアへの攻撃、制圧は帝国の利だ。彼が信念の通り動いているとしても、前線に出てくるなんて過ちを犯していい筈がない。

 理由は彼の右手。握っている円形の巨大な盾にある。


 魔眼大盾アイギス

 雷帝真槍や純潔狩猟ボウ・アルテミスと同じ、神による魔術兵器。


 ナギトにとっては相手に回したくない存在だった。魔眼大盾は唯一、真槍の一撃を防ぐことが出来る防具である。

 加えて、


「リオ――!」


「は?」


 盾が光る。予備動作の意味を理解していないのか、隣りにいる妹は首を傾げるだけだ。


 直後。

 ドラゴンによって半分近く破壊された校舎は、唐突に全壊した。


「い、いきなり危ないじゃないですか! リオだって――」


「おや、何を抗議する必要があるのかね? 私は今、君の敵だぞ? その身内ごと葬ってもおかしくあるまい?」


「……だ、そうだけど!?」


 困った顔を浮かべるリオ。

 しかしクリティアスの行動は、本当に想定外のことらしい。雷帝真槍の一撃から守られた帝国兵たちは、彼に抗議を行っている。


 無論。

 そんなもの彼には、ハエの羽音にしか感じないのだろう。


 爆音が鳴る。ナギトたちに向けられた一撃が、今度は身内である帝国兵を吹き飛ばす。

 この場がどれだけ危険か、彼らにも納得がいったらしい。動ける者は自分の武器すら手放して、転ぶように逃げ去っていく。


「邪魔者はいなくなったか。……君らも、この方が暴れやすいだろう?」


「い、いやあの、クリティアスさん?」


「何かね? 私は私の信条に基づいて、君を殺しに来たわけだが?」


 言うなり、やはり大盾から光が放たれる。

 狙いはナギト一人で、効果の発生と回避はほぼ同時だった。空間が生み出す余波に、短い頭髪が大きく揺れる。


「――リオ、援護お願い! あの盾はどうにかしないと、後が大変だ!」


「ふむ、つまり本体は放置してもいいと?」


「じょ、冗談言ってる場合じゃないよ!?」


 まったくだ、と応じたのはクリティアス。

 謎の衝撃破が、魔眼大盾から一直線に突っ走る。大きく離れるナギトとリオ。それぞれの手には槍と弓が握られていた。


 二対一。正面からの激突では勝ち目がないが、どちらかが囮になれば――


「甘いな」


 クリティアスは右手を掲げる。

 手の甲に記されているのは、オレステスと同じような出場権の刻印。


 目論みへ勘付いた時には遅かった。

 周囲の光景が一変し、妹の姿も雑兵の姿も消える。


「く……」


「これで邪魔は入らんな。ああそうそう、しばらく助けも来ないぞ。君と殺し合うために、少々小細工をしておいたのでね」


「――」


 ナギトの覚悟は即座に固まる。

 外からの介入が出来ないとはいえ、勝者が決まれば元の空間に戻るはずだ。……面倒な相手だからといって、逃げるのは性に合わないし。


 狙うは至近距離での一撃。盾の守りを掻い潜って、雷帝真槍を叩き込めばいい。

 空気が凍る。

 突き立てる牙を構えて、二匹の猛獣が睨み合う。


「っ――」


 瞬発したのはナギトが先だった。

 大盾の持つ異能により、それまで立っていた場所が粉砕される。


 まるで、空間が崩れるような。

 聞き覚えがありすぎる。ドラゴンが出現した時のあの音だ。


「まさか……!」


 接近には成功し、槍と盾が火花を散らす。

 クリティアスも防御に徹していることはしなかった。腰に差していた長剣を引き抜き、激しい剣戟けんげきを繰り広げる。


「ふふ、勘違いはしないでくれ。私は引き金を引いただけだよ? 彼は最初から、あの場にいたんだ」


「どういう意味ですか!?」


「答えると思うかね?」


 一歩、踏み込んでくる。

 加減でもしていたのか、クリティアスの攻撃は苛烈を極めた。反撃の隙を与えず、圧力をかけ続ける。


 その中で。

 魔眼大盾の能力が、ナギトを捕えた。


 身体は避けるべく動こうとするものの、完全に静止している。ドラゴンの時とは違う、力をどれだけ入れても完全に動けない。

 激痛が走る。

 正面からではなく、全方位。頭から爪先に至るまで、裂かれるような痛みが襲ってきた。


「がっ!?」


 くの字に折れた身体が、盾で力の限り突き飛ばされる。

 ぶち込まれた先には校舎の残骸が広がっていた。壊れた木材を支えに立とうとするが、上手く力が入らない。


「く、そ……」


「動ければ避けたんだろうが、まあ無駄なことだ。魔眼大盾アイギスの能力は空間凍結と、そこから連鎖する空間の破壊にある。少しでもまともに浴びれば終わりだよ」


「――っ」


 敵が近付いてくる。

 助けはない。自力で立ち上がるしかない。


 だが、壊れた身体は持ち主の意図に反して悲鳴を上げている。骨と肉が軋み、神の槍を扱えるだけの力すら残っていない。

 負ける――頭にこびり付いた言葉が、戦意を犯す。


「皇帝陛下には申し訳ないが、私には私の目的があるのでね。アルクノメ皇女と共に、冥界から世の終わりを見るといい」


「ぐ……」


 剣が。

 降って、くる。


「止めなさい!!」


 敗者への鉄槌は、少女の愚直ともいえる声に止められた。

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