第6話 未知との激突

 辺りに飛び散る半透明の欠片。それが彼と彼女たちを隔離していた、檻の名残。

 荒い獣の眼光がナギトをにらむ。

 巨体の拳が地面を割ったのは、次の瞬間だった。


「っと……!」


 土煙りに揉まれながら、ナギトはドラゴンの全体を確認できる位置へ。

 赤い甲殻で全身を覆った固体だった。姿は人間に近い。二本足で立ち、こちらの矮躯を見下ろしている。


 背には一対の巨大な翼が。もっとも今は折り畳まれており、使うような気配はない。

 お互いの体格差を考えれば、間合いなど一瞬で詰められるのだから。


「っ!」


 その通りになった。

 地面を陥没させなねない踏み込みで、ドラゴンは彼我の間合いを一気に削る。愚直とも言えるほど、真っ直ぐに。


 雷帝真槍ケラウノスは、投げてこそ本領を発揮する槍だ。

 馬鹿正直に飛び込んでくれるなら、いともたやすく命中する――!


「ふ……!」


 投擲とうてきされ、真正面から迎え撃つ雷帝真槍。

 だが。

 以外にもドラゴンは俊敏な動きを見せた。翼を使って宙で一回転し、真槍の一撃を素通りさせる。


 着地と同時に振り下ろされる巨腕。

 魔術によって強化された身体能力は、ナギトに回避を約束した。地面に叩き込まれた拳とすれ違う形で、その腕を足場にする。


 雷帝真槍は手の中へ戻った後だ。攻撃直後の隙なら、避けることは出来まい。

 より確実な命中を期待して、胴体へと二投目を叩き込む。


「いけ――!」


 直撃する神の力。

 通常の魔術では傷一つ付かないと噂の甲殻は、音を立てて崩壊していく。

 断末魔の叫びを上げるドラゴン。最強とうたわれた存在は、呆気なく――


「!?」


 真槍の光におぼれていく中、敵の目に生気が戻ったのをナギトは見た。

 一方で、魔獣の血肉は生々しい音を立てている。人間であれば内臓が潰れ、背骨が砕け散っているような死傷だった。


 それでも動く。

 傷が再生するような芸当も無しに、ドラゴンは再び牙を向いた。

 回避するナギト。ドラゴンの方は、長い尾も使った連撃を叩き込んでくる。巨体なのも手伝って、かわしきるのは徐々に難しくなっていった。

 ならば、と。雷帝真槍を盾に、その連撃を止めるまで。


「っ!」


 力と力が激突し、高らかな金属音が響く。

 しかしさすがに神の武具だ。衝撃は完全に殺している。自分自身の身体が踏み止まれるか不安はあったが、それも問題なく達成できた。


 異変は直後。

 全身から、唐突に力が抜ける。


「んな……!?」


 崩れるような姿勢になって、当然ながらその場には堪えられない。瞬時に身体が浮び、校舎の中へとぶち込まれる。

 何があったのか。痛みに悶えながら、ナギトは自分の身体を確認した。


 白い湯気のような何か。それが、肌の上からゆっくりと上っている。

 少し見え辛いが、湯気はドラゴンの方へと向かっているようだった。……さっき力が抜けた原因はコレだろう。正体にも心当たりがある。


「――マナを吸ってるのか、こいつ!」


 だからか、と舌を打つ。

 マナは自然界から採取する以外、人の肉体にもともと備わっているものだ。魔術を行使する元であり、魔術に縁のない人間でも最低限、身体の栄養になっている。


 至近距離に居続けたことで、大幅に減ったのが脱力の原因だろう。

 感覚は少しずつ戻っている。遠距離から仕掛ければ問題ないだろうし、ナギトの優位は変わるまい。

 ――相手が、それを許してくれればの話だが。


「強引な……!」


 校舎を破壊しつつ、ドラゴンは無理やり攻撃を続行した。

 ナギトは逃げるしかない。そして、同時に考えもする。マナを吸うなんて行為、普通だったら自殺行為だろうに、と。


 人間が持つマナは個人個人で異なるものだ。言ってしまえば血液型で、適合しない限り他人から奪っていいものではない。ドラゴンのような魔獣にもマナはあると聞くし。

 だか向こうに、異常は起こっていなかった。


 むしろ傷口が小さくなって、かつての動きを取り戻しつつある。

 だとしたら、敵には元々マナがなかったんだろうか? あるいは、自由に型を変えられる能力でもあるのか?


 まあ、考えてもラチは開かない。

 外へ飛び出て、ナギトはドラゴンの巨体を探す。相手まだ校舎を壊している最中の筈だ。背後を取れるかもしれない。


「……?」


 しかしその姿はどこにもない。

 ただ、


「兄様、後ろだ!」


 リオの指摘に振り向いて、消えた理由を目に焼き付ける。

 もはや、人だった。

 人間大の規格にまで落ちたドラゴンが、高速で迫りながら腕を振るう。


「ぐ――!」


 瞬時に雷帝真槍を盾にするが、加速した一撃を受けきるのは不可能だった。

 矢のように一直線、敷地の端まで飛ばされる。

 急いで姿勢を立て直す頃には、また赤い拳が迫っていて――


「兄様!」


 声と共に引き絞られた矢が、ドラゴンを横から打撃した。

 しかし命中する直前、奴は自身の体格を変化させたらしい。威力が低めに設定されている純潔狩猟ボウ・アルテミスでは、甲殻の一部を吹き飛ばすので限界だった。


 それでも、ナギトにとっては大きなチャンス。

 だが敵はきちんと読んでいる。全身を白い霧で包んだかと思うと、次の瞬間には人間サイズへ戻っていた。

 拳と槍。支援の弓兵を無視して、両者は正面から激突する。


 圧倒的に不利なのはナギトだった。

 マナを吸われ、動きが鈍くなっていく。リオからの援護もない。動きながら戦っているため、彼女の死角に移動してしまったんだろうか。


「っ……」


 何度間合いを作ろうとしても、投げるまでの時間はもらえない。

 このまま追い詰められるしかないのか――敵の攻撃に喰いつきながら、唇を噛む。


 勝つには一旦距離を開けるしかなく、ドラゴンはそれを許さない。平行線で向き合っている限り、死角から不意を突くなんて芸当も不可能だ。

 なら。

 平行という位置でなければ、まだやれる。


 ナギトは真槍の切先を地面に向けた。一瞬で条件を満たせるとすれば、これしかない。

 全力の一撃を、叩き込む。


 必然的に生み出された衝撃は、ナギトを空中へとさらっていった。

 刹那で生じた異変に動揺するドラゴン。自爆にも等しい方法で飛んだナギトは、しっかりと孤影を見据えている。

 向こうが気付いた時には、もう遅く。


「っ……!」


 神速の一投が、落雷さながらに突っ走った。

 砕く、打ち抜く。

 ドラゴンは悲鳴すら漏らさず、木っ端微塵に砕け散った。


「変身する上にマナを吸うなんて、聞いてないよ……」


 十数メートルの高所から無事着地したナギトは、突き刺さった雷帝真槍を見ながら愚痴る。


 それだけドラゴンは希少な生物だ。ほとんどは神や魔神を先祖に持っており、その強大さに箔を押している。

 ナギトが倒した個体も例外ではなかろう。……案外、罰あたりなことをしたのかもしれない。


「怪我はないかな? 兄様」


 一息つこうとしたところで、懐かしい声が尋ねてきた。

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