第4話 吼える愚者

「攻めてくる? 闘技大会の予選期間中に?」


「はい。もし実行に移せば周辺国との対立悪化はもちろん、国内に反感を産むものではあるんですが――」


 零れた溜め息が、事の信憑性を教えていた。

 しかしナギトは一言頷くだけ。……メルキュリクには同情するが、ペロネポス帝国の民族性なら侵略する可能性は低くない。革命が成功したことの勢いもある。


 無論、諦観するかどうかは別の話。


「攻撃的だからね、帝国人は。自分に与えられたものを過信して、意味を疑うこともしない」


「そうなんですよね……お陰で、こっちの話が通じないというか」


「……」


 脳裏を過ってしまうのは、やはりアルクノメのことだった。

 彼女も帝国人の気質はある。皇女であることを信じ、その責務をまっとうするべく奔走ほんそうしてきた。今だってきっと、そのことばかり考えているはず。


 だから危うい。

 生の目的を見定めていると言えば、人の耳には良く入るだろう。人生に迷っている者へは特にそう。


 しかし反対に、目的を定めた者は他の道で生きられない。

 土台が強固であればあるほど、強制力は強くなる。皇家の一員、なんてのは特に強力だろう。

 破壊してやらない限り、彼女は帝国への――処刑への未練を断ち切れない。


 私の帝国を滅ぼしてくれ。

 育ての親でもある、先代皇帝の言葉が頭に浮ぶ。あれはどういう意味だったのか。娘を救うために滅ぼしてくれと、父親として言ったのか。

 どれだけ考えても、確証はない。


 だってその人の言葉は、その人だけのモノだ。

 誰かの判断を理解し尽くすに権利など、人は誰一人持っていない。


「難しいね、人付き合いは」


「旧知の間柄でも、ですか?」


「そりゃあ勿論――ああいや、だから難しいのかな。参考になる情報も多いし」


「はは、私もありますよ、アレコレ考えてしまうこと。性格もあるんでしょうけどね」


「親子揃って面倒くさがりだ、って?」


「ええ」


 しかしナギトの感覚では、彼をそういう風に見たことはない。

 むしろ真面目なぐらいだ。それで面倒嫌いの性格だとしたら、世の人間はほとんどが該当するだろう。


 あるいは。

 人は誰しも面倒を嫌うという、メルキュリクなりの持論なのか。


「――? 校門の方、騒がしくありませんか?」


「誰か有名人でも来たんじゃない? この学校、有力者の子供とかも通うって――」


 つられて覗いた窓の向こう。騒ぎの正体に、背筋が凍る。

 帝国兵。

 先頭に一組の少年少女を立たせて、武装した彼らがやってきている。


「ナギト様、アレは……」


「片方はアルクノメを追放した皇家の人だね。女の子の方は――」


「妹君では?」


「……」


 口を横に結んだまま、ちょうど校門を潜った少女を見つめる。

 彼女らの周りには大勢の人がやってきていた。生徒だけでなく、教職員も。誰一人落ち着いた様子じゃないのは、当り前の反応だろう。


 集まった髪の色は様々だ。大国の境界にある町なだけのことはある。

 しかし少数、白と黒の二色が合わさっている人がいた。


 染めたのかと言われそうな、左右で白黒に分かれている妙な髪。が、列記とした天然である。

 ナギトと妹のほか、全体としては少数派だが。


「行こうか、メルキュリク。同族どころか、身内が迷惑をかけてるみたいだし」


「ええ」


 異常事態で騒ぎ始めた教室の中を、ナギトとメルキュリクは早足で抜けていく。

 昇降口では、数名の教師が生徒たちの好奇心を抑えていた。――その善意は二人にも向かい出したので、全力で駆け抜けることにする。


「おら、全員頭を下げろ! アギニ家を打倒したエウリュク家の皇子、オレステスが来てやったぞ!」


 心にある傲慢さを隠すことなく、愚者は高らかに吼えている。

 そして。


「待ちなさい!」


 帝国兵に立ちはだかる、アルクノメの姿を認めた。

 いつの間に降りてきたのか――しかし驚いている暇はない。彼女の正体は、これで隠しようがなくなってしまう。


「おお、アルクノメかよ。滅亡したアギニ家の生き残りさんよぉ」


 嬉しそうな声を出したのは、妹の横に立っている少年だった。

 真紅で染まった正装と、煌びやかな装飾。多数の帝国兵を従えている時点で、地位は推測するまでもない。

 もともと見せびらかすのが好きな男だし、顔を知っている市民も多いだろう。


 ペロネポス帝国の第一皇子・オレステス。

 二つある皇家の一つ、エウリュク家の長男。革命によって時期皇帝と目される人物だ。

 歳はナギトたちと同じ十七。――まあその精神性については、もう少し幼いかもしれないが。


「ここに何の用があるの! オレステス!」


「はっ、別に大した用件じゃねえよ。俺の代理人が闘技大会に出っから、会場まで連れて来てやったまでさ。勉強もしたいって言うんでな」


「だからって……!」


 後ろにいる帝国兵を睨む彼女。意外にも効果は直ぐに出た。

 彼らは戸惑っている。かつて忠誠を誓った男の娘に、攻撃意思を奪われている。

 オレステスに従っているのは、止むを得ず、なのだろう。


「にしても最高のお出迎えだな、こりゃ。俺が兵を連れてきただけだってのによお、こうもビビってくれんのか。毎日やりてぇ気分だぜ」


「テストミアは会場都市よ! 侵略は行わないのがルールでしょう!?」


「は、だから何だよ。そもそも、兵さえ入れちゃならねえ、ってルールはねえんだぜ? ……うちの国から馬鹿が一人亡命してたようだし、こりゃあ動くしかねえだろう?」


「っ……。じゃあ、私が――」


「待って!!」


 余計な結論へ到達される前に、ナギトは二人の間に割って入る。手にはもちろん、相棒である雷帝真槍ケラウノスを握って。


「その槍……お前、ナギトってやつか。クリティアスが話してた」


「――はい。彼にはいつもお世話になってまして」


「そうかよ。で、こいつは何の真似だ?」


「見ての通りですが?」


「……」


 退け、と言わんばかりに、オレステスはナギトを睨む。

 しかし、そんな要求を飲む気は毛頭ない。オレステスは武人というわけでもないのだ。後ろの帝国兵が動かなければ、こちらに被害は及ばない。


 ナギトを見るなり、更に兵たちの士気は低下していく。

 反対にオレステスの不満は上昇する一方だ。眉間にしわを寄せ、こめかみに青筋を走らせてもいる。


「おいおい、調子にノってんじゃねえぞ。俺の横にいる女が誰か分かってんのか? あ?」


「僕の妹ですが、それが?」


「こいつは俺の代理で、俺の女だ。今のうちに頭下げとかねえと、喰い方を間違うかもしれねえなあ?」


「……」


 それが、精一杯の脅しらしい。

 分かっていれば可愛いものだ。ここからどんな罵倒ばとうを浴びせられても、聞き流せる自信だって湧いてくる。妹の方も何やら無反応だし。


 オレステスに出来るのは舌打ちぐらいなもの。これなら大人しく帰ってくれるだろう。


「――やれ」


 だが意外にも。

 動いたのは、妹の方だった。


 短い二色の髪を揺らして、彼女は兄の前に立つ。二つ年下なのを納得させる幼い顔を、冷たい決意の形にして。

 神よ、と彼女は短い前置きを一つ。


「我らの戦いを、御覧あれ」


 言った瞬間だった。

 アルクノメと妹の姿が、綺麗さっぱり消えたのは。


「え」


「さあて、公開処刑の時間だぜ? ああいや、こういった方がいいか。――オリンポス闘技大会、予選の開始だ、ってなあ」


「っ……!」


 結論に辿り着いた時、聞こえるのはオレステスの高笑いだけ。

 闘技大会の予選は参加者のみで、誰の邪魔も入らない場所で行われる。神の力――魔術によって作られた、結界の中で。


 干渉する方法はない。同じ参加者、あるいは代理人以外には。


「くく、じゃあな。女が死ぬのを黙って見てろよ!」


「――」


 ナギトは何も言わない。そもそも耳にすら入っていない。

 どうにかして、アルクノメを救わなければ。

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