第2話 堅い床の上で

 二人が町についたのは、当然ながら真夜中。

 出入り口に当たる城門は堅く閉ざされていた。――が、あらかじめ話は通してある。名前を告げると、眠たそうな兵士が門を開けてくれた。


 中に入って、二人が案内されたのは町の中央。街灯の明りに照らされる、大きな屋敷へと招かれる。


「……」


 帝国領ではまず見ないためか、アルクノメは屋敷の正門を潜っても街灯を気にしていた。ランプかしら? と独り言も漏らしている。


 しかし、あの光は火によるものではない。中にある小さなが、発展した魔術の成果として辺りを照らしている。

 彼女もそれに勘付いているんだろう。帝国ではその石を武器にしか使用しないため、珍しがっているわけだ。


「……あの光、マナ?」


 屋敷の廊下を案内されながら、アルクノメはナギトに尋ねた。


「そ、森とか山で採れるマナ石を使ってる。帝国じゃあんまり見ないけど、ここは有名な工房が沢山あるからね。そこらじゅうで見られるよ」


「……うちでも作ればいいのに。どうしてやらないのかしら? 宮殿でも見ないわよ?」


「うーん、マナは作れないし、採取する数も限界があるからね。照明に使うぐらいなら武器に、って感覚なんじゃないかな?」


「まあ、ありそうね」


 納得する彼女だが、その表情は複雑の一言。

 自分の国が戦争を最優先していることに、少しの恥を感じているんだろう。少なくとも、ナギトにはそう読みとれた。


 あとは大した雑談もせず、並んだ客室の一つへ招かれる。

 案内してくれたメイドが扉を開けると、中からは街灯と同じマナの光が。

 

「ようこそ、テストミアへ。夜中だけど歓迎するよ」


 そして最後に、飄々とした雰囲気の男性が出迎えてくれる。

 白い長衣を着た中年の男だった。姿勢はやや猫背で、目には力強さというものが欠けている。一言でいって、穏やかで気だるそうな感じの男だ。


 しかし侮ってはいけない。これでもこの町――商業都市テストミアのトップである。帝国と隣接した土地で、長年やってきた経験は伊達じゃない。

 まあ、本人の雰囲気には生かされていないのだが。


「いやあナギト君、まさか本当に連れてくるとはな。こっちも本気で準備はしてたけど、現実になるとは思わなかったぞ」


「――帝都には協力者もいましたから。さすがに気付かれましたけど、この通り無事です」


「……の割に、お姫様は不機嫌だねえ」


 苦笑交じりに言われて、ナギトも同じような笑みを返す。

 二人が話している後ろ。部屋に一つだけ置かれたベッドの上で、いつの間にかアルクノメは背を向けて眠っている。一言も話してなるものか、と鋼の意思を感じさせる背中だった。


「……こうしてみると、反抗期の娘とその父親みたいだねえ」


「僕、ただの幼馴染ですよ」


「でも君、性格的には彼女のお守でもあるだろ? 昔から振り回されてきたって聞くよ?」


「あー、そうですね。昔っから正義感は強かったもんで」


 途端、その当人から突き刺さるような視線が来る。……もう夜遅いんだから早く寝なさい。


 しかし、面と向かって言えた空気でもなく。言葉には注意しようときもに命じて、テストミア市長の方へと向き直る。


「で、市長。彼女を受け入れるのは条件がある、って話でしたけど」


「ああ、うん。……もう始まってるんだけどさ、オリンポス闘技大会、知ってるよね? 各地の優秀な戦士が集まって、武術を競い合うやつなんだけど」


「もちろん知ってますよ。四年に一度のお祭りですからね」


「そう。優勝は当然として、出場するだけでも結構な名誉だ。テストミアみたいな商業都市にとっては、都市の名前が売れるだけでも儲けだしね」


「……そういう話をするということは、僕らに出ろと?」


「うん」


 即答だった。

 アルクノメも聞き逃せなかったらしく、態度を変えて身体を起こしている。……彼女にとっても無関係ではないし、ここは意見を聞いておくべきだろうか?


 だが視線の鋭さは変わっていない。尋ねたところで拒まれるのは明らかで、男二人は見て見ぬフリをすることにした。


「今年はウチで予選をするから、どうにか選手を出したいんだよ。でも出場権については、神々の方に決定権がある。毎回確定して出れるのは、各地の王侯貴族だけだ」


「そこで、僕とアルクノメに?」


「そういうこと。別に彼女が戦わなくても、君を代理に立てたりは出来るだろ? ナギト君だったら帝国に赤っ恥かかせることも――いてっ」


 市長に命中したのは、アルクノメが頭を乗せていた枕だった。つまり抗議の意思だろう。


 説得に入りたいところだが、やはり彼女に応じる様子はなかった。


「……こりゃあ無理かね」


「帝国の顔に泥を塗る前提じゃ、ちょっと難しいですよ。……本人の同意なしに代理を立てるのって、可能でしたっけ?」


「いや、無理だな。殺すなり何なりすれば、出来るかもしれんけど」


「本人いる前で止めてください」


「あはは」


 枕がもう一つあれば、今ごろ吹っ飛んできたことだろう。

 しかし出来ることなら、市長の要求には応えたいところだった。テストミアはあくまでも中立。処刑されるはずだった皇女を迎えるなど、敵対行為と取られても仕方ない。


 闘技大会の予選会場である以上、それが終わるまで表立った攻撃はないだろうけど。


「……詳しくは明日話そうか。頭がスッキリしてる時の方が、良い考えが浮かぶかもしれないし」


「ですね」


 市長はさっそく席を立つと、大あくびを残して部屋から去る。見送るナギトにも、彼のあくびは伝染した。


「――うん?」


 寝ようとして、ナギトはようやく首を傾げる。

 ベッドは一つしかない。そこはアルクノメが占拠していて、交渉の余地などなさそうだ。


「あの、アルクノメさん……?」


 無残にも返事はなし。眠っているだろうか?

 物音を立てず顔を覗いてみると、予想は的中。子供のように安心しきった顔で、彼女は寝息を立てている。


 起こすのは忍びない。気付かれたら面倒そうだが、今日は床で寝ることにしよう。人間、目をつむればどんな環境だって眠れるはずだ。


「あ、そうだ、明かり」


 スイッチは部屋の出入り口に。帝国ではあまり見ない代物でも、テストミア暮らしのナギトには関係ない。扱いはきちんと心得ている。


 指先で押すと、部屋はあっという間に闇の中へ。月明かりが満足に注がない分、その暗さは夜よりも深かった。

 堅い床の上で、まぶたを閉じる。

 アルクノメをどうやって説得するか――意識が途絶える直前まで、考えるのはそれだけだった。

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