花奏という――

「で、カナデが完全にダメになっちまった、と。どうするよ?」

「殺します?」

「お前な……」


 テレーゼの言葉に大きくため息を吐いて――アクラは大太刀を抜いた。そして誰も反応できない速度でそれを逆手に持ち替え、眠っている花奏に向かって突き込んで――金属音一つ。


「こいつ、結界で自分の身を守っているな……案外、心もそんな感じじゃないのか?」

「言っておきますが私は何もしていませんよ。勝手に私の力が込められた物を壊し、天使に襲われたのですから」

「そもそも天使って何よ」

「プログラムですね。現在はそのプログラムに干渉しようとしている二人がいるため、天使たちがそっちを優先しているのですが」

「プログラムだと!?」


 過剰な反応をしたのは正樹だった。ここまで出番の一切無かった正樹だった。目立ちたいというのがあったのだがそれは誰にも分からない。


「プログラムなら多少読めるぞ?」

「――そうですか。ですがあの領域に私はもう足を踏み入れることは出来ません」

「なんでだ!?」

「あれは暑い夏の日、と誰かが文句を言っていた日でした。たまたま私がプログラムで神層領域を護った事を忘れており、鍵をもたずに下界へ、この世界へ降りてきました」

「……それって鍵がないから家には入れない的な感じ?」

「的な感じです」

「ポンコツ!」

「ええ!? 私の黒歴史を聞いた上でそんな言葉が出てくるのですか!?」

「出てくるだろむしろなんででないと思うんだよ!?」


 正樹は思わず絶叫した。それにネクロスは涙目になり、俊の背中に隠れた。それに俊は苦笑しながらネクロスの頭柄を撫でて


「これから一緒に暮らすから、そういうことは無くしような」

「はい……シュン」

「正樹もそこらで許してやってくれ。ネクロスも反省しているみたいだ」

「お前らもう結婚しろ」

「するつもりだ。日本に一度戻って挨拶してからになるけどな」


 ネクロスは緊張の面持ちだが


「シュンのご両親にきちんと挨拶をしないと……」

「大丈夫だ、いい人たちだからさ」

「シュンのご両親が悪い人ではないと信じていますから、疑ってすらいませんよ」

「そうか」


 ネクロスは俊の手を握った。一瞬の驚きから握り返す俊。そしてそんな二人を眺めて正樹はため息を吐いた。


「――ネクロス、俺をカナたちのところに連れて行け。プログラムなら俺が読める」


*****


「お母様、これからどうします?」

「ここでのんびりと休みたい感じ」

「それなら止めないけどさ……お母様はもう少し、お父様を心配するべきだと思います」

「んー? カナデならもう助かっていると思うけど?」

「え!?」

「ほら、さっきでっかい天使が襲いかかってきたじゃん。アレを殺した時にさ、結晶を落としたんだよね。天使が消えても持ち物は残るから」


 それは知っている。でもそれがどう関係するのか、と思っていると


「んでもってこれ、なんだかカナデの味がしたんだよね」

「……は?」

「舐めてみたらね、カナデと同じ味がしたの」


 この母親は父親を舐めたのか、と絶句していた。すると


「カナデってねー、舐められると変な声出すんだよ?」

「……お母様、自重してください。夫婦の営みを赤裸々に語られると私がそんな行為で産まれた、と生々しく思ってしまいます」


*****


「じゃねーよ! お父様の味がしたからって何なの!?」

「わ、カナが怒鳴った!?」

「場面転換(*****←コレ)を使って話を終わらせようとしても無駄ですわよ! お父様味の結晶があったからって何だって言うのですか!? 蹴りますよ?」

「え!?」


 その後、母親が必死に説明した事から理解するに


「お父様が自分の心を結界で隔離し、体も隔離したため抜け殻のようになっている、と?」

「うん、だから後はコレをカナデに渡せば良いだけ。きっとそれだけを受け入れる結界を張っているはず」

「そうなのですか」


*****


「で、復活した、と」


 花奏は目覚めと共に衝撃を受けた。それは物理的な物では無く、もっと精神的な物だった。


「ネクロスと俊がいちゃついているだと!?」

「目覚めの一言が酷過ぎる!?」

「それで……っ!?」


 顔の前を、大太刀が通り過ぎた。それに続いての氷の槍。そして拳。


「それで、俺を殺そうとするんだな」

「神は絶対らしいからな」

「言われているぞ、ネクロス」

「絶対などありはしないと何故理解できないのか、つくづく愚かな」

「お前が作った天使共が原因じゃねぇか……ん? お前は天使に命令できないんだよな?」

「そうですよ」

「で、鍵を忘れて入れない、と」

「ええ」

「なら何故カナは帰ってこられた、何故セレナはいまだに向こうにいる?」


 それはつまり――


「扉が開かれた!? こうしてはいられません! シュン! 行きますよ!」

「どこにだ?」

「愛の巣です」

「死ね」


 葵の平手をネクロスはひらり、と避けて


「ですが一度植え付けられた物は原因が無くなろうと、元には戻りませんよ?」

「ああ、天使共を止めるだけで良い。俺はアクラたちとそろそろ決着を付ける……あぁ、ネクロス」

「なんでしょう?」

「この世界を捨ててでも俊と結婚する気はあるか?」

「――はい!」

「良い返事だ」


 花奏はそう言い、大太刀を構えた。そして


「それじゃあアクラ、ヘカーティア、テレーゼ。久しぶりに全力で殺し合おうか」

「待てよ父ちゃん!」

「……レン」

「お父様、何故戦うのですか?」

「セイン……」

「お父様、考え直してはいただけませんか?」

「ネリス……」


 娘たち三人の目に少し、戸惑う。本当にこれで良いのか、と。だが


「殺さないといけないんだ。だから邪魔をするな」

「お父様、出来ればその役を私に譲ってはいただけませんか?」

「……カナ?」

「お父様の意思は私も同じです。この世界を蝕んでいるあのプログラムをどうにかしたとしても、この世界を残す価値があるとは思えません」


 カナがそう言い、手を高く掲げた。そして


「プログラムオーバーライト」

「カナ!?」

「なんとなくですがプログラムのどこを書き換えたら良いか、と理解できました。後はそれをナイスなタイミングで書き換えるだけです」

「ちなみにどこをどう書き換えたんだ?」

「この世界が崩壊するようにしました」

「おぉい!?」


 思わず頭を抱える。そして――


 世界の崩壊が始まった。


*****


「ネクロス! 俊と葵、正樹を連れて日本に行け! お前を封印していた時期に俺がいたところだ!」

「分かりました……ご武運を、カナデ様」


 花奏は振り返らず、娘たち4人を眺めた。そこでは圧倒的な戦闘が繰り広げられていた。


「カナ、殺すなよ」

「分かっていますよ」

「ところでセレナはまだ戻ってこないのか?」

「このタイミングで私がどーん!」


 空から降ってきたそれは地面に大きなクレーターを産んだ。それはアクラたちを驚かせた。しかしその原因は軽やかに笑って


「私、帰還!」

「お帰り、セレナ」

「それで? あの三人をぶん殴れば良いのかな? 良いよね? 良いんだよね?」

「――セレナ。世界が滅ぶ前にあの三人をどうにかして無力化してくれ。俺も頑張るから」

「おー!」

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