ネクロスという――

「お母様!」

「っ、ネリス!? どうしてここに!?」

「お父様を追ってきたんですよ……お母様は?」

「カナデを殺そうとしました」


 なんで、とネリスがか細く呟いた。すると大太刀を構えて


「父ちゃんとどうして敵対したんだよ」

「それは……カナデを殺すのが、私の仕事だからです」

「仕事?」

「誰よりも人類の模範にならなければならない、それが聖女としての私の役目です! そして、それを妨げるというのならばあなたたちも敵となるでしょう」


 そう聖女が言った瞬間、その頬に平手が。しかしそれは軽々と避けられて


「何をするのですか?」

「そんなことしている場合じゃないでしょ。さっさと花奏を追いかけないといけないんだから」

「アオイ……仕方がありませんね」


 そしてヘカーティアは娘たち三人に頭を下げて


「それでは失礼します。先行しているシュンとマサキに追いつかないといけませんから」


*****


「おい……おい!」

「……」

「おいって……息しているのに、目が開いているのになんで返事がないんだ!?」

「意識がないんじゃないのか……? おそらく、アレに奪われたのだろう」

「あれ……か」


 上を見上げると、そこには天使が一体、存在していた。だがそれは何も言わず、花奏を見下ろしていた。それを眺めていると……何も言わず、ずっと花奏を見つめているだけのようだ。


「どうする?」

「正直に言えば花奏の体を持ち上げて外に逃げるべき、なんだが……俺の予想的にだな、あいつを殺さないと花奏は、意識を取り戻さない気がするんだよ」

「奇遇だな、俺もだ」


 剣を握りしめ、天使を見上げる。しかしその天使は何も言わず、花奏を見つめるだけだった……いや、よく見ると動こうとしている。だがその体の動きを阻んでいる何かがある。


「結界……か?」

「みたいだな」

「で、どうする?」

「とりあえず花奏を外に連れて行くべきだと思う」


*****


「ヘカーティア、お願いだから今の花奏を襲わないでよ」

「ええ……ですがどうしてカナデはこのような状態なんでしょうか?」

「花奏の意識の根幹を奪われたのだろう。生きていても死んでいるようなもんだ」

「そんな言い方はないでしょ!」


 葵の言葉に俊は小さくため息を吐いて


「隠すようなことじゃない……ところでヘカーティア」

「なんですか?」

「俺たちよりも先にセレナとカナが来たはずだ。あの二人はどこに行ったんだ?」

「カナデと同じ方向に向かっていきましたが? 見つからなかったのですか?」

「「え」」


 俊と正樹は会っていない。そしてあの二人が花奏を置いてどこかに行くとも思えない。だからこそ――あの二人が心配になった。


「ネクロス! どこにいる!」

「忙しい身でありながら呼びかけに応える私素敵、と自画自賛しながら参りましたネクロスですが何用でしょうか?」


 真っ青な彼女は赤い血を流し、衣服もぼろぼろだった。しかしその表情からは空元気ではない余裕が見て取れた。


「セレナとカナはどこにいる?」

「ふむ……どうやら神層領域に足を踏み入れていますね」

「神層領域?」

「人層領域、天層領域、魔層領域、神層領域。世界はこの四つの領域より成り立っています。そして神層領域には神が住む」

「神……つまり根源を殴りに行ったって事?」

「平たく言えばその通りですね。ですがどうやら芳しくない様子」

「なんで?」

「神を討つには勇者と魔王が手を取り合い、そして生まれた子がそれをなせる唯一の存在です。ですがカナ様とカナデ様がそういった行為をするのは近親相姦、碌でもない結果となるでしょう」


 近親相姦なんてさせない、そんな風に葵が決意を固めていると


「俊、俺少しだけ気付いたんだけどよ」

「奇遇だな、俺も少し気付いたぜ」

「そうか。なら任せる」

「ああ」

「シュン様、何に気付いたと仰るのでしょうか?」

「神層領域に本当にカナがいるのなら、神殺しの条件は揃っている。そして――セレナがいる。だったら神殺しが達成されてもおかしくない」

「おや、言われてみればその通りですね」


 気付いていただろ、と正樹は思った。だがネクロスは微笑んで


「終わりでしょうか?」

「いや。だからこそ天使が引いている……ネクロス、お前が余裕を持ってここにいるのはそういうことだろう?」

「ご名答、です。まぁ、神層領域を覗くのも難しいのですが」

「でもできているんだろう?」

「ええ……あら、大変」

「「「え?」」」

「どうやら神のシステムを暴いたようですね」

「システム、だと?」

「ええ。世界の管理のためのシステムを、です。ですがアレはプログラムですから読めるかは分かりませんが」


*****


「盛り上がっているとこ悪いんだけどよ、父ちゃんが目覚めるためには何が必要なんだ?」

「レン?」

「悪ーけどさ、あたしは父ちゃん目覚めさせるの第一だぜ? 神なんざどうでも良いっつーの」

「神はともかくとして、私もお父様を目覚めさせたいですね」

「セインまで……?」

「神がどうでも良い……ですか……」


 ネリスだけ、別の理由で困っていた。ちなみに現在は花奏と葵、そして娘たち三人がいた。俊と正樹はネクロスと共に神層領域に向かっていた。


「……」

「父ちゃんはあたしらが護っているからさ、アオイもあの二人を追いかけたら良いんじゃねぇの?」

「ううん、花奏は私も見守っているから」

「それなら良いんだけどよ……天使もいねーし、お母さんもいねーしでなんだかもう分かんねーよ」

「それは……そうね。私も何が何だかって感じだし」

「そうなのかよ」

「うん。花奏がセレナたちと一緒にいるのは知っていたけど……いきなり襲われたなんてネクロスが言わないとずっと知らないままだったわよ」


 レンもそうだ。しかし


「そう言えばネクロスってどうしてあんなに神層世界に詳しいのかな」

「さぁ、そんなの知らねーよ」


*****


「んで、ここが神層世界なのか?」

「みたいだな……だがネクロスもセレナも、カナもいないぞ?」

「それに続けて、神とやらもいないんだけどな」


 俊と正樹は青々しい空間にいた。ここがどこかも分からない、そんな風に思いながら歩いて空間の広さを測ろうとしていると


「あなた方は危険なので隔離させていただきます」

「「は!?」」

「それでは不自由ながら充分休める空間を作らせていただきます」

「ネクロス! やはりお前が!」


 俊は息を吸って



「お前が神か!」



「……まさかそこまでとは」

「なんでこんなことをしたんだ!?」

「なんで……ですか?」


 俊と正樹はネクロスを睨んでいる。そして――ネクロスはそっと、柔らかく微笑んで


「愛を知りたい、それだけでは足りませんか?」


*****


「お母様、天使が次々と湧いてきて、いよいよもって吐き気が抑えきれません。吐いてきて良いですか?」

「んー、神の世界だから吐いても良いんじゃない?」

「そうですか?」


 カナはそう言いながらセレナに全ての天使を任せている。そして自分はそれを眺め、首を傾げた。


「このモノリス、動いていますね」

「そうなの?」

「天使の制御でもしているのではないでしょうか?」


 読めない文字で書かれたそれは、なんなのだろう。

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