花奏という敵対者
ネクロスが殺したのは俺たちが隠れていた、正確には俊たちが隠れていたぼろ屋だった。だからこそ、花奏が駆け抜ける道の露払いは済んでいない。だが
「生憎と俺は勇者らしいんでな、この程度ならば軽い」
何故神はいまだに俺たちから勇者と魔王の力を剥奪しないのか、それを考えてみた。それで出た結論は、力が人間の中心に、心臓に関わるため、神は奪えない、と思う。そもそも神が俺たちを直接殺さないのは何故か、という問題もこれで同時に解決する。
「カナデ様、少々先に立ちはだかる、兵士たちをどうしますか?」
「……結界を張っている。俺もお前も生半可な攻撃じゃ傷一つ、付けられない」
「難儀な魔法ですね……攻撃性の魔法を学べば良いのに」
「それは俺のポリシーに反する」
「ポリシーなんかあったのですか」
「おいこらどういう意味だ」
ネクロスは高笑いをしながらその両手で人間の首を掴み、その体を乾涸らびさせた。さらに続けて両手を広げ、触れるだけで乾涸らびさせていった。その様子は狂気その物、花奏はそれを眺めて気分が悪かった。
「とりあえず二本の大太刀があれば何とかなるだろうな」
「うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」
「……聞かないことにしておこうかな」
「ふはぁぁぁぁぁぁはっっはぁぁぁぁぁ!」
「なんだか狂っているようにしか聞こえないよな」
少し吐き気を催しつつ、花奏は大太刀を振るい続けていた。人を切る感触は気持ち悪い。人の血を浴びるのも気持ち悪い。気持ち悪くて気持ち悪くて気持ち悪い。思わず吐いた。
「おや、相変わらず殺すのに抵抗があるのですか?」
「お前が言うか……」
「神にここまで脳内をぐちゃぐちゃにされたのならば、もう誰も愛せない。それならば私が終わらせてあげるのが慈悲と言えましょう」
「言えねぇよ」
口元を拭いながら走る。聖都の塔を守る結界、その表面が黒々としている。それは遠目だから分かりづらいが……全て、悪魔だ。自分が命じた事ながら気分が悪い、と花奏は思いつつ、大太刀を投擲。その結果、結界を無理矢理突き破った。そして開いた穴から悪魔共が雪崩れ込んでいく。
「カナデ様!」
「え?」
「結界が修復されていきます! 結界を張れる者はいるのですか!?」
「……一人だけ、いるさ」
「誰でしょうか?」
「ヘカーティア」
彼女と敵対するのか、そう思うと少し複雑だった。だが
「俺はヘカーティアを斬る、斬って……」
そこから先は聞こえなかった。しかし花奏は走り続け、結界に剣を突き刺した。そして
「結界の制御を奪わせてもらう」
その瞬間、まるでガラスのように全てが粉々になり、砕け散った。そしてそれは悪魔も、人々も傷つけずに消えた。だが
「七重魔方陣!? カナデ様!? 危険です!」
「黙れ」
体が着いて来られないほどの超加速、それを乗せた斬撃が塔を切り裂いた。しかしその塔が崩れ落ちる直前、根元の方からの高威力の一撃が塔を粉々に打ち砕いた。それは一発の拳だった。
「カナデ、どうしてこんなことをしたのですか?」
「なんでだと思う?」
「神を討つ、と言いたいのですね。ですがそれは私が止めます!」
「ならお前はどうして俺を止めようとするんだ?」
花奏の問いに、ヘカーティアは薄く微笑んで
「……あなたの妻ですから」
「そうか。だったらもう、斬る」
*****
「何が斬る、だ。馬鹿だ馬鹿だと思っていたけどよ……」
「止めないのですか?」
「あたしらは何もしねーよ。あいつを殺さないといけない気はするけどよ、それ以上に娘を護んねーと」
「あら同感。ではどうします?」
「昼飯でも食おうぜ」
テレーゼたちは王国に向かう途中、神から脳内に差し込まれた。それが世界を敵に回した二人を殺せ、という内容だった。
魔王カナと勇者カナデ、その二人を抹殺せよ。それを考え、二人は考えた。殺す必要はあるのか、と。でもカナデは動いた。聖都に攻め込んだ。悪魔を引き連れて、攻め込んだんだ。それはもはや、二人が彼と敵対する理由の一端となるに足りた。
「シュンとマサキの頼みをどうするんだ? 王を確かめるのは?」
「……どちらを優先しますか?」
「子供たちを護りながら、なら王を確かめる方が楽だろうが」
「……かもしれませんね」
「カナデを斬るのはそれからで良いだろ」
「え、斬るんですか?」
「ティアが斬られたんならな」
*****
ヘカーティアの蹴りが俺の腕から大太刀を弾き飛ばした。それに動揺せず、両手で残っている大太刀の柄を握りしめ、振るった。だがそれはヘアーティアの回し蹴りで受け止められた。
「何故、刃を立てないのですか?」
「知るか!」
「斬ろうと思えば斬れているだろうに……さっぱり分かりませんね」
「黙れ!」
首を狙っての突き、しかしそれは避けられ、大太刀が真下から蹴り上げられた。さらにその拳が俺の胸を打った。
「っ!?」
吹き飛ばされ、地面に背中から激突した。しかし止まれない。地面を、石畳を割り、俺は地下にあった空洞に落下した。
「っかは!?」
「辛いですよね……止めを刺します」
「うるせぇ……」
体を結界で覆っていたからこそ、体に怪我は無い。だが強打した影響で呼吸が辛い。何とか大太刀を掴み、立ち上がろうとしたが
「……もう、楽にしてあげますから」
「黙れ!」
俺を結界で覆う。そのままヘカーティアも結界で覆って
「っ、結界を張ったのですか……まだ、抵抗するんですね」
「俺はまだ……死なない。ヘカーティア、お前は聖女だから……誰よりも人々の模範にならないといけないんだろうな」
「……」
「俺を殺しても、セレナが、カナがいる。だからお前は俺を殺すのを急がないといけない」
「……ええ」
ヘカーティアの抜き手が俺の心臓へと伸びてきている。それをぼんやり、と眺めながら歩く。俺の体の結界は破れない、ヘカーティアを閉じ込めている結界も破れない。だからその抜き手は結界に触れて止まった。
「あなたを止められないのを悔やみます」
「次は殺す」
「あなたは優しい、殺せないでしょう?」
「……」
確かに殺せない。だがそれはどちらかという研ぎ量的な問題なんだが……口にはしない。そして
「さようなら、ヘカーティア。願わくば、二度と相見えないことを望む」
「私は旦那を好きだと思っていますし、ネリスも、あなたが好きですよ」
「そうか……だが俺はもう、お前には会わない」
会いたくもない、そう言うと
「……ネリスが、泣きますよ?」
「……」
なにも言えなかった。
*****
「父ちゃんが聖都にいるんだよな?」
「ん? ああ」
「んじゃあたしは父ちゃんに会いに行くぜ」
レンはそう言い、大太刀を握った。そして
「止めたって無駄だぜ」
「止めねーよ。んで、ネリスもセインもそんつもりか?」
「はい」
「ええ」
「……テレーゼ」
「ええ、分かっています。止めません……が、私は王のところに向かいます。例えあなたたちが危険な目に遭おうとも、助けられませんよ」
「構わねーよ」
「なんとかなります」
「お父様に会うまでは死にませんよ」
*****
「っし、結界が壊れた!」
「それじゃあ行こうか」
「行こうか」
「行こー!」
「行きましょう」
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