勇者という駒

「はっきりと言えば神って生き物がいるんなら悪意を持っているだろうな……いや、悪意じゃないか?」

「娯楽で良いだろ」

「んじゃそれで。楽しむための――勇者と魔王システムだ」

「しすてむ?」


 テレーゼは聞き慣れない言葉に首を傾げた。それはヘカーティアもだった。ちなみにアクラは話が複雑そうになりそうなので、と言う理由で子供たちを寝かしつけ、自分も寝ていた。


「勇者がいるから魔王がいる……まぁ、この世界の場合は逆かもしれないな。だが花奏が二回も勇者として召喚されたところから考えてみると、勇者は固定のようだ。だからこそ、魔王が出現した」

「それが……魔王セレナですか?」

「ああ。葵、魔王セレナは悪魔でも、魔の領域の存在でもないよな?」

「なんでそれを……知っているの!?」

「そうでなければ辻褄が合わない」


 葵は俊の断言にため息を吐いて


「忘れてた……あなた、そういう奴だったわね」

「ははは。花奏の影に隠れているけど俺も意外とやる奴なんだぜ?」

「自分で言わなければもっと良いのだが……そこが俊らしいな」

「シャラップ正樹」


 正樹は肩を竦め、目を向けた。すると


「そして俺の予想が正しければそろそろ、襲撃があるはずだ」


 ……断言のわりには何も無かった。それに俊が内心、戸惑っていると


「カナデ様より伝言が御座います」

「っ!? あなたはネクロス!」

「アオイ様、昼ぶりで御座います。ですが今は悠長に話している時間はありません」

「どういうこと?」

「カナデ様方が襲撃を受けております。現在、城が陥落され、カナデ様と奥方様、娘様は無事に脱出したようです」

「え!?」


 セレナたちが無事なのは良いことだ、そう思っていると


「ネクロスとやら、花奏たちを襲撃したのは神の使い、天使とかか?」

「おや、よくご存じで……何故?」

「推理中だからな。どうせあいつも聞いているんだろう?」

「ええ、ご明察です」

「なら少し早足だ。勇者と魔王が出会ったのは敵対からかもしれないが……恐らくテレーゼのおかげで魔王を打つという思いは薄れていたのだろう。だからこそ花奏は魔王セレナと出会ったのだろう」

「どういう意味?」


 俊はため息を吐いて


「本来なら殺し合うはずなのにあいつらが愛し合っているんだ。それは出会わせた存在からしてもイレギュラーなんだろうな」

「イレギュラー?」

「花奏が勇者として設定されているのなら、そのアンチユニットとしての魔王がいる。それがセレナ、そしてその娘のカナなのだろう」

「で?」

「神からしてみれば子をなす関係では無い。だからこそ、二人を別れさせるために一度、襲いかかったのだろう。そして――花奏は妻を封印し、日本に帰ることで神を納得させたのだろう」

「神って言っているけど……だったら私たちはなんなの?」

「勇者として設定されている花奏が一人では魔王と愛し合う関係になってしまった。だから軌道修正するためのイレギュラー修正ユニットだろう」


 つまり


「俺たちは駒のようだな」


*****


「カナ、大丈夫か? 疲れたのなら休んで良いぞ」

「い、いえ……まだ、大丈夫です」

「そうか? 無理は良くないぞ」

「むしろお父様は何故そんなに戦えるのですか……」


 カナは疲れたような笑みで言い、剣を構える。だがその剣は護るための剣であり、攻め込むつもりは毛頭無いようだ。そして


「お母様はぐっすりと眠っていますね」

「みたいだな」

「お母様は中々起きないのですね」

「ああ……まぁ、起きてくれたら俺と交代してくれるだろう」

「起きなさそうですけど?」

「まぁ、な」


 花奏は眠っているセレナの髪にそっと触れ、目を閉じた。現在も得体の知れない者どもの攻勢は止んでいない。ただ、花奏の封印を利用した魔法で逆に自分たちを守り抜いていた。

 張っている封印は内部保存の応用の結界。それが俺たちを護っているような物だ。そんな風に思っていると


「お父様、攻勢には出ないのですか?」

「出たいのはあるが……万が一に攻撃しようとすれば結界が解ける。それは俺たちが危険な目に遭うからな」

「……そうですね。お母様を護らないといけませんからね」

「ああ……俺の影も結界の外までは伸ばせないからな」


 半ドーム状の結界の外壁に触れ、ため息を吐く。地面を掘り返しても結界は張られている。だから問題ない、と思っていると


「攻勢が増してきたな……ん?」

「どうしました?」

「いや……薄々感づいてはいたが、どうやらこいつらの狙いは俺とお前らしいな」

「え? お母様ではなかったのですか?」

「ああ、みたいだな」


 花奏は少し考え……大きくため息を吐いた。


「あの時はセレナを護るために封印し、俺は日本に逃げた。でも、今度はもう、逃げたくない」

「お父様!?」

「カナ。自分の身を守れ。俺はこいつらを、俺たちの仲を快く思わない存在を殺してくる」


 二本の大太刀を抜く。過去の俺が振るった大太刀と、今の俺に与えられた大太刀。その二本を構えて地面を蹴る。そのまま空から舞い降りてくる翼を持ったそれらを斬り続けていると


「っと」


 結界の外に出たからか、その存在感が強く感じられた。次々と空から襲来するそれをなんとか避けていると


(カナデ様)

(なんだ?)

(天使共を殺さないのは何故ですか?)


「天使……天使だと? こいつらが?」


 あの神々しい絵に描かれたそれとはまったく違う。そんな風に思いながら花奏は翼を生やした灰色の人のような者を斬り殺していた。舞のようなそれを眺めていると、カナは複雑な思いに捕われていた。

 父親は強い。母親も強い。私も少しは戦えるかもしれない、そんな風に思っていたからこそ、衝撃を受けた。だが


「ネクロス」

「分かりました」

「頼んだ」


 ネクロスが俺の影から抜け出した。そして天使たちの攻勢の隙間を縫って葵たちのところに向かっていった。それで良い、と思っていると


「っ!?」


 腕が軽く切られた。それに驚きつつ、傷を封印する。これで化膿も出血もしない。そう思いながら天使の猛攻から逃げ回っていると――陽が落ちた。黄昏時twilightが終わった……それと同時に天使たちが姿を消した。それに安堵して……眠気がやばい。もう、疲れた。だから――


「カナ」

「なんですか?」

「……少し、眠る。あいつらが来るのは昼過ぎ辺りからだからな……しばらく、余裕があるはずだ」

「お父様……分かりました。それまでは眠らずに見守っています!」

「いや、眠って良い。むしろお前も寝ろ……大丈夫だ、警戒はみんながしてくれる」


 お父様の影から悪魔が湧き出し、言葉通り周囲の警戒を始めた。だから安心して眠りにつけた。


*****


「……あ、カナデとカナ……仲良く寝ているなぁ」


 父親に抱き付くようにして眠っている愛娘を眺め、セレナはふにゃふにゃにと笑いながら自分の錫杖を胸元に抱き寄せた。そのまま、体を起こして


「おはよう、みんな。あの時みたいだね」


 龍人の里を追い出され、魔の領域で行き倒れていた私を拾い、育ててくれるた……そんな初日だった。それを思い出していると


「セレナ! 大丈夫!?」

「この声……アオイ!? どうして!?」

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