俊という推理者

「なんでこんなことをするのですか?」

「それは王が望んだからでございます」


 ひひひ、と悪魔は笑い――背後に目を向けた。そして目を見開いて


「何故王がこちらに!?」

「王?」


 正樹は思わず口に出してしまった。彼らが王と呼ぶ人物に心当たりがなかったからだ。だから正樹が戸惑っていると空に、三つの影が見えた。そしてそのうちの二つの影が高速で地面に激突して――土煙が上がった。さらに続けて悪魔たちは土煙に向かって頭を垂れた。次第に土煙が晴れてー―そこに立っていたのは銀髪の女と、銀髪の少女だった。


「アレは……?」

「誰?」

「悪魔じゃないの?」

「ううん、違う……そんな、生易しい者じゃないよ」


 アオイは掠れた声で呟いた。


「魔王、セレナとその娘の魔王、カナよ」

「あ、葵だ~、やっほー!」

「アオイ様、お久しぶりです」

「あ、うん。久しぶり」


 みんなの視線が私に集まっている。葵がそれを実感し、少し身を固くしていると


「セレナ、カナ」


 元魔王と現魔王、そんな二人を呼び捨てにする声があった。それは二人の家族、そして――聞き覚えのある声だった。真っ青な翼を生やしたそれは


「花奏!?」

「……フェニックス、リリン。現状を軽く説明しろ」

「我が輩に語る言葉は無いな」

「……弱い、弱過ぎると言ったところか」

「っち」


 花奏は舌打ちをした。そしてそのまま地面に降り立った。そのまま真っ青な翼を外して


「くふふふふ」

「ネクロス、邪魔だ」

「あら、いけず」

「蹴り殺すぞ」

「ではでは」


 ネクロスはそっと離れて――目を閉じた。そして広がった自分の影に飛び込んで消えた。とりあえず花奏はそれを見送って二本の大太刀の柄を撫でた。そしてそのままその二本を抜き、


「葵、俊、正樹。お前たち三人の相手は俺がしよう」

「花奏……本気なの!?」

「あの目は本気の目だな……」

「ストバスん時に何度か見たけどさ……あれ以来じゃね?」

「あれ?」

「ほら、顔面膝叩き込み魔」


 懐かしい、そんな風に俊は思った。そして正樹も思っていた。そして――花奏も思っていた。葵は忘れていた。


「花奏、それって誰のこと?」

「名前は忘れたが……ダンクする際に顔面に膝を叩き込もうとしてきたあの糞野郎だ」

「あ、思い出した。帰りに材木で殴りかかってきた奴だよね?」

「ああ。お前が下半身の骨をボギボギに折った奴だ」


 テレーゼと娘三人が動揺し、葵に目を向けた。葵はそれに両手を振って誤魔化そうとするが


「アオイ嬢もやるな」

「私ほどじゃありませんけどね」

「お前と比べんなよ。ぶん殴ったら地面陥没させてんだろうが」

「うふふ」

「褒めてねぇよ……」


 アクラは呆れながら大太刀を振るった。しかしその大太刀は悪魔に受け止められた。剛刀一閃流らしくない一撃だった。そう思うと――謎だった。だがヘカーティアは平然と拳を振るっていた。それもまた、不思議だった。


「……アクラ、お前は何をしているんだ?」

「あ? お前に言われたかねーよ」

「そうか」

「言うなれば――お前の観察、かね?」

「お前が頭を使うとはな。本当に面白いな」


 花奏は笑い――空を見上げた。そして舌打ちをして


「雨が降ってきそうだな……ネクロス」

「はい、なんで御座いましょう?」

「散らせ……いや、晴らせ」

「承りました、カナデ様」


 ネクロスは艶然と微笑み、空へと向けて魔力の、純粋な魔力の波動を放った。それは軽々と雲を散らして――太陽の光が差した。だが


「もう夕方か……寝るか、そろそろ」

「花奏!?」

「……さっさとお前たちは宿を探せ。俺はもう帰って寝る」

「んじゃ私も帰るね-!」

「それでは皆様、失礼します」


 カナは一礼し、翼を広げた。そして冷酷な眼差しで――


「お父様の深淵なる思考の一端にすらも至れないのであれば、力だけに全てを注げば良いものを」

「ならカナちゃんはどうなの?」

「アオイ様、私は力の全てではありませんが、大半をつぎ込んでおりますよ」

「だったらカナちゃんがそう言うのはおかしくない?」

「言われてみればそうですね……では、考えることを止めないでください、とだけ伝えておきましょう」


*****


「花奏がどうして私たちから離れていったのか、それを改めて私に話せって言うの?」

「何か知っているんならな、と付けておくぜ」

「知っているも何も、教えてくれなかったのだけど」


 葵は嘆息しつつ、何か無いかな、と思っていた。そして――少し、違和感を抱いた。どうして……


「どうして、花奏はセレナを封印したのかな」

「「「「「「「「「え?」」」」」」」」」

「愛した妻を封印する理由がどこかにあったのかな」

「……テレーゼ、そう言えばどうして今回は4人なんだ?」

「それは……アンリからの進言があったからですね」

「アンリ?」


 それは確か、私たちを召喚した者だったはずだ。そんな風に葵が思っていると


「そのアンリの宗教は? 無宗教か一神教だろ?」

「何故それをマサキが?」

「さてね……俊!」

「ん?」

「推理の時間だ」

「……おっけ。ならちょい、アレだ」

「ああ」

「分かったわ」


 俊は目を閉じた。それに二人以外の六人が戸惑っていると


「一神教なら、神の言葉を授かる立場の者がいる。それが聖女以外にいてもおかしくないのなら……どうだ、ヘカーティア」

「……聖女は勇者が選びます。なれば、ありえるやもしれません」

「だとすれば辻褄が合うか……? テレーゼ、花奏を召喚した理由はなんだ?」

「え?」

「最初の、だ。どうしてあいつを召喚しようとしたんだ?」

「え……確か聖都から通達があったんです。魔王が世界を征服しようとしている、と」


 ならば辻褄を合わせよう。俊は呟いて


「ラノベって意外と推理物があるから侮れねぇよな」

「ああ。で、分かったのか?」

「七割強、ってとこか? 根本が間違っていれば零割になるけどな」


 そう言って俊は笑い、目を開けた。そして口元を歪ませて


「神ってのは悪いってのがWeb小説で多いが……まさか、俺たちにも同じ事があるとはね」

「へぇ。じゃあやっぱり神が悪なんだな?」

「今回は、って事でしょ。良い神様がいても良いんじゃないの?」

「さぁね……あぁ、ヘカーティアとネリスは聞かない方が良い」

「「何故?」」

「お前たちの信じる宗教の神を否定するからだ。それじゃあ始めるぜ、物語の粗筋を」


*****


「お父様、いかが成されましたか?」

「……葵たちが何かに気付こうとしている。だからと言って……いや、俺はそもそもあいつらを巻き込みたくなかったんだよな」


 お父様は小さく、なんとか笑みと分かるそれを口に浮かべて


「カナ」

「はい、なんでしょうか、お父様」

「セレナがいないが……改めて俺たちの敵について語っておこう」

「お父様たちの敵、ですか? それは人間や、そう言った魔の領域外の者ではないのですか?」

「それもあるかもしれない。だがそれは俺たちにとって、真の意味での敵じゃない」


 お父様はそう呟いて


「俺とセレナがくっ付くのを良しとしない存在がいたのだろう。だからそれが俺たちを殺そうとしていた、と俺は推測する」


 何故なら――


「お前とセレナが無事だから……俺が消えて、お前たちは無事になれたのだから」

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