花奏という王

「んじゃとりあえず結界を越えて魔王セレナんとこに行こうぜ」


 アクラのこの言葉の後、九人は結界に近づき、何とか越えようと模索を始めた。だが一向に結果は出ない。それに戸惑う六人だったが


「さすがはあいつの作った結界だな……これ、ぶっ壊せんの? 無理っぽいんだけどよ」

「……アクラ、協力して全力で叩き込めば……いけると思いませんか?」

「かもな。テレーゼ、タイミングは任すからよ、あたしからで良いよな?」

「ええ」

「ティアも良いよな?」

「構いません。私はアクラの次に行きますね」


 アクラはそっと腰の大太刀を握りしめてー―その異変に気付いた。


「炎の鳥だと!?」

「ん……」

「アレはカナデの……?」

「なんじゃ、騒々しいと思えば貴様らか」

「「「フェニックス!?」」」

「……何故、お父様の契約相手がここに?」

「愚問じゃな、少女よ。我が輩がここにいることが、貴様の父親の命令よ」


 その言葉に全員が驚いた。そして――フェニックスは翼を折り畳み、地面に降り立った。そしてその体は結界の内側にある。


「この結界は、あなたでも通ることの出来ない結界なのですか?」

「無論じゃ……と、言いたいが生憎と我が輩は、そして我が輩の主人は通ることができるな」

「それじゃあお父様はここを通過して、魔の領域に進んだのですね?」

「そうじゃな……主人からの伝言じゃ」

「え!?」

「我が輩と主人の間には経路があるからの、言葉を送るなぞ造作も無い」

「ならば花奏に伝えてくれないか! 会いに行くから結界を解いてくれ、と!」

「断る。言葉を遅れても貴様らの言葉を送る理由がない」


 フェニックスは冷めた瞳で九人を見つめて


「貴様らが主人に並び立てるほどの存在とは思えない。貴様らが主人の足手纏いになっていたと理解せよ」

「――話はそれだけか?」

「そうじゃ、アクラとやら」

「だったら出てこい。あんたなら結界を越えられるんだろ?」

「そうじゃな」

「あたしらが勝てば通せ、良いな?」

「ほぉ、それは中々に愉快な提案じゃ……じゃがな、舐められた物じゃ」

「あんだと?」

「七十二柱に名を連ねる我が輩を、そう簡単に越えられるとでも?」

「七十二柱……やっぱり、フェニックスは悪魔だったんだな」

「その通りじゃ、マサキよ」


 フェニックスは微笑みを浮かべて


「主人より再びの伝言じゃ。我が輩を越えねばこの領域に入れないと知れ、と」

「待って。花奏はあなたたちの王なのよね?」


 この質問の意味を正しく理解していたのは葵とフェニックスだけだった。そしてフェニックスは笑いながら頷いて


「さすればどうする?」

「どうもしないわよ。それよりもあなたをぶん殴って花奏もぶん殴りに行くんだから」

「構わぬよ。そして――三度の伝言じゃ」


 フェニックスは大きく息を吸って


「あの王に騙されているのを理解しろ、とだ」


 王に、騙されている?


*****


「セレナ様、お帰りなさいませ」

「セレナ様のご帰還を心よりお待ちしておりました」

「ん、ご苦労。でもね、もう、魔王の地位はカナにあるからさ。もう様を付ける必要は無いよ」


 セレナはそう言いながら集まった悪魔たちを見据えて


「私も、カナデも帰ってきた。でも私たちはもう、表に出るつもりはないよ。カナこそが私たちの王、魔王なんだからね」

「セレナ、お前は本気でそうするつもりなのか?」

「うん、そのつもりだよ。ほら、王様からも何か言ってあげないと」

「……出てこい、ネクロス。並びに全悪魔共!」


 花奏の黒い影が膨張した。そしてそこから噴き出すかのように様々な色の悪魔が飛び出してきた。そしてそれらは地面に跪いて


「お呼びですか、カナデ様?」

「結界に干渉している者どもがいる。そいつらを絶対に殺すな。そして通しても問題ないと判断したら、ネクロス。お前が結界の穴を作れ」

「カナデ様、私の判断に任せるというのですか?」

「ああ。力と技量で判断しろ。そして――その相手はお前たち全員で務めろ。バアル!」

「はっ!」

「お前は配下の獅子と共に行け。足にもなるだろう」


 花奏は一通りの指示を出し終えて


「セレナ、何か言うことはあるか?」

「ううん、何もないよ。それじゃあみんな、指示通りにお願いね」


 動き出した悪魔の大群は壮観だった。そう思いながらネクロスの頭を小突いて


「お前も行け」

「カナデ様、僭越ながら申し上げます」

「なんだ?」

「アオイ様方は恐らく……カナデ様方の敵となられます」

「それがどうかしたのか?」

「カナデ様はかつての友人様方と、かつての仲間方と、娘様方と敵対できるのですか?」


 …………


「できる。いやできない。俺は……弱いから」

「そうだねー。でも、悪魔たちに出した命令を変えさせたら良いんじゃないの?」

「えっと……それはつまり?」

「アオイたちをぶっ飛ばせーって、命令にしたら良いんじゃないの?」

「……かもな。だが俺は……俺自身の手で決着を付ける」


 そう言って腰の二本の大太刀に手を当てて


「セレナ」

「なに?」

「愛している」

「私も」

「カナも愛しているよ」

「ありがとうございます、お父様」

「……ネクロス」

「はい」

「俺を連れて行け」

「あ、私も行くよ」

「ならば私も」


 妻と娘の言葉に苦笑しつつ、ネクロスはその蒼い翼を広げた。そしてそのまま地面を蹴り、浮かび上がった。さらに俺を抱き上げて


「さぁ、行きますよ」

「うん」

「はい」

「ああ」


 自前の翼を持つ妻と娘はスカートの中身を俺とネクロスの視界に納めつつ、高速で飛んだ。


*****


「なんなんだこいつら!」


 俊の剣が巨大な山羊の剣を打つ。だが斬れていない。どちらも一歩も引かず、競り合っていると


「俊、しゃがんで! 『ヴォーパルライトニング』!」

「俺も! 『刃千焔』!」


 炎の刃が次々と迫り、さらに直線状の雷がフェニックスに迫った。だがフェニックスはその手を軽く振るって


「なんじゃ、主人も人が悪い。こやつらを鍛えろ、と命じれば鍛えてやったのにな」

「それは王に伝えてくれ。彼は随分と悩んでいるようだったがな」

「っ!? お前はあの時の!?」


 フェニックスの隣に立っていたのは蒼い瞳の青年だった。そしてその男は葵たちにとって、見覚えがあった。だが


「あぁ、あの時の少年少女か。随分と変わったようだが……王がいないだけでここまで腑抜けるとはな」

「言ってやるな、リリン。我らが主人の望んでいることはこやつらが強くなる事じゃ」

「ふん……なるほどな」


 リリンは深くため息を吐いて


「フェニックス。少し下がれ」

「え?」

「我が姉が指揮を執るはずなのだが……いまだに顔を見せないのだ。だから仕方ないが俺が指揮を執らせてもらおう」

「良いんじゃないの? 勝てるんならね」

「勝つ必要は無いだろう。こいつらを強くする必要があるのだからな」


 そのリリンの言葉と同時に、たくさんの悪魔たちが一斉にアオイたちに向かって襲いかかっていった。


*****


「ネクロス、もっと速く飛べ」

「分かりましたが……まだ、カナデ様の望んだ程度には達していませんよ?」

「ああ……構わないさ。もう、俺がどうにかする」


 果たしてあいつらは嘘を見抜いたのか、花奏は少し気になっていた。

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