カナという娘
「子育てを一切していないのに親を名乗っても良いのか?」
「構いませんよ、お父様。私はお父様から名をいただいたのですから」
「カナデカナデ! その理論だと私はお母さん失格なの!?」
「「……」」
「二人して酷いよ!?」
セレナは目に涙を溜めて叫んだ。とりあえずセレナの角を撫でて
「大丈夫、例えカナがお前を母親だと認めなくても俺はお前を愛しているよ」
「ありがとう……カナデ」
龍人の少女は涙ながらにそう言った。
*****
「えっと……初めまして、セレナさん。花奏の親友の葵です」
「初めまして、アオイ。カナデの妻のセレナでーす」
「なんか思っていた以上に軽い……」
アオイとセレナはそんな初対面だった。しかしそんなのは一瞬で消え去った。
「それでアオイはカナデの妻なんでしょ?」
「ぶふっ!? なんでいきなり!?」
「だってカナデが好きそうだし? カナデ、いっつもあなたのことを語ってくれたんだよ」
「……ちょっと待って。花奏、それは嬉しいけど奥さんに他の女の話を聞かせるって一体どういう神経をしているの!?」
「え、そんなに怒られることなのか?」
「当たり前よ!」
アオイの剣幕に花奏が押されている。そしてそれを眺め、セレナは笑っていた。楽しそうに笑っていた。ここ十余年の石化の間に過ぎ去った出来事の分、楽しもうと言った感じに。
「ねぇ、花奏。私、この子が魔王だって信じられないんだけど」
「私だってあなたが勇者って信じられないよ?」
「それ言ったら花奏も充分勇者らしくないわよね?」
「あ、そうだね。確かに勇者らしくないね」
あははうふふ、と二人は笑っていた。それを眺め、花奏とカナはぼんやりと、のんびりとお茶を飲んでいた。
「よもやお父様とこのような時間を過ごせる日が来るとは思ってもいませんでした」
「そうだろうな……俺もこの世界に戻ってくるつもりは無かったからな」
「そうだったのですか? お母様を封印し、そのままのつもりだったのですか?」
「ああ……まぁ、その封印も俺自身が解いてしまったんだけどな」
「あの封印は欠けた者にしか解けないような封印でしたからね、仕方ないと思います」
何故かカナは丁寧な口調を変えない。それを少し花奏が困っていると
「花奏……ちょっとセレナから聞いたんだけどさ」
「ん?」
「本当にお尻好きなの? セレナのお尻を撫で回したって聞いたんだけど」
「夫婦の営みが赤裸々!?」
セレナを睨むとセレナは笑っていた。そして――
「いやー、つい気が合っちゃって話が盛り上がっちゃったよ」
「だからと言って……はぁ……もう良い。とりあえずカナ、俺はともかくとしてセレナには敬語は使わない方が良い」
「そうなのですか?」
「せめてお母さんには、な。俺はどうでも良いが」
「え」
カナは少し戸惑っていた。しかしカナが少し目を細くして
「それではおかあさ……マm……セレナ」
((とんでもないところの着地した!?))
「何?」
((そして動揺一つ無い!?))
何だこの親子、と花奏は思ったがお前が父親だ。そして花奏は葵に頬を抓られた。
「どうした?」
「あの子に見惚れてない?」
「馬鹿を言うな。俺の娘だぞ」
「でもさ、気にならないくらい美人じゃん」
「俺の妻はセレナだ。それ以外の女を愛するつもりはない」
「……私も?」
「ああ」
少し葵は傷ついた。だが自分が言っていることが、浮気をしようとしていることに気づいて自分が恥ずかしくなった。
「……」
「あ、アオイ。カナデが好きなら妾になったら? 愛人とも言えるよ!」
「え……」
「セレナ、お父様が困っていますよ」
「そう?」
娘に呼び捨てにされているセレナ、しかしそれに一切気を向けずにセレナは首を傾げた。そして
「あぁ、二人同時に抱きたいの? カナデはエッチだね」
「その発想に至るお前の方がエッチだよ。それに俺は葵の尻に興味はあるが葵を抱くつもりはない」
「ならアオイのお尻だけ触るの? ダメだよ、ちゃんと抱かないと」
「ふん」
花奏は笑っている。セレナも笑っている。だが葵は困っていた。何故なら花奏が自分のお尻に興味がある、と言ったからだ。だが
「ん……痒い」
「だから尻尾で掻くなと言っているだろう」
服が不自然に膨らみ、そこで何かが蠢いている。いや、花奏の言葉から察すると尻尾だろう。
「悪魔って尻尾が生えているんだね」
「「「悪魔?」」」
「え、魔王だから悪魔じゃないの?」
「葵……お前は今までにどれだけのラノベを読んできたんだ」
「え?」
「魔王は悪魔がなる物じゃない。魔王は魔王だ、それ以外はない」
葵は確かに、と思った。だが
「じゃあその尻尾は?」
「ん~?」
にょろり、と尻尾が覗いた。それには銀色の鱗が生えている。そして――
「私は龍人だよ」
「元、が付くけどな」
「待ってください、お父様。私は龍人と勇者のハーフなのですか?」
「いや、違う。人間と龍人のハーフの母親と、人間のクォーターだ」
「えっと……?」
「セレナがハーフだ。そして俺は純粋な人間だ」
カナが混乱している。それについてセレナが懇切丁寧に説明していると
ぐぅ
と、誰かのお腹の音がなった。それの主は顔を真っ赤にして
「こっち見ないで」
と、手で顔を隠した。しかし、
ぐぎゅるるるるっる
「あ、あはは……」
「そう言えば封印している間、何も食べられないよな」
「誰かにご飯を作らせます……セレナとアオイは少し待っていなさい」
「俺は?」
「お父様の分ももちろん、作らせます」
「あれ、なんだか私と扱いが違う」
「セレナはお母様でしたが今は私の方が立場が上なのです」
「あ、うん。そうだね……そうだけどさ……少し、辛い」
セレナはテーブルに突っ伏している。相変わらずのその様子をカナは冷たい瞳で見据えて
「セレナは落ち着きがありませんね」
「……娘にそんな風に言われるなんて」
「でしたらもう少し、お父様のように落ち着いてください」
「きりり」
落ち着いたよ、という目できりりとした表情。確かに落ち着きが少し見える。もっともその化けの皮はすぐに剥がれそうだが……
「まぁ、良いでしょう。お母さん」
「娘よ!」
「……セレナ」
「ええ!?」
距離を置いたカナはあっさりと離れた。そして――
「お父様とアオイはいつか、人間の方に帰られるのですか? それともずっとここに、魔と呼ばれる領域にいるつもりですか?」
「私は……分からないよ」
「俺は戻らない。こっちで余生を送るよ」
「爺臭いなぁ」
「セレナが若過ぎるんだよ」
セレナが二ヘラ、と力無く笑っているのを眺めて幸せな気持ちに浸っていると
「ちょっと待って、花奏。戻りたくはないの? 戻るために頑張っていたんじゃないの?」
「……あの時はそうだったさ。でも、今はもう、違うんだ」
「違う? カナデは好きな人を残してきたから戻りたかったんでしょ? 誰なの?」
セレナはそう言った。気づいていないのか、と思っていると
「私よ。花奏は私を残してこの世界に来ていたの」
「それは良くないなぁ……ほんと、一緒に抱かれた方が良いと思うよ? お尻、綺麗なんでしょ?」
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