花奏という尻好き

「魔法使いが武闘派とは随分と危険な世界……あ、ですがカナデは魔法が存在しない世界と言っていましたよ?」

「魔法が存在しなくともその存在を利用した物はあるのよ。小説だったりゲームだったりするけどね」


 小説? と、テレーゼは疑問の表情だ。どう説明したものか……


「物語と言って通じる?」

「あぁ、よく分かりました。ですが無い物を描くとは随分と凄い世界なのですね」

「世界規模で言われても困るわね」


 葵は手元に魔方陣を描きながら呟いた。そしてそのまま魔方陣を重ねて


「クリエイト・ソード」

「剣を創る魔法ですか? ですがその剣を使って何をするつもりなんですか?」

「この剣を使って私も戦えるようになりたいのよ」

「武闘派魔法使いになるのですか?」

「カッコいいでしょ?」


 その感性が分からない、テレーゼはそう思いながら流した。何も言わなければ良いだろう。そして


「ではアオイ、カナデと戦ってみては?」

「花奏は今、ネリスちゃんと一緒にどこか行っちゃったじゃないの」

「そう言えばそうでしたね」


*****


 ネリスの拳が頬を掠めた。それを咄嗟に避け、反撃として肩を指で押すと


「はっ!」


 回し蹴り。それが髪を散らすのを眺めつつ、一歩下がる。そのまま大太刀を、鞘に収まっている大太刀で連撃を防ぎ続けていると


「……今日はこれくらいで結構です、お父様」

「そうか……何か分かったか?」

「はい、お父様は強く、私は力不足だよ」

「かもな。だが俺はお前はもっと強くなると思っているぞ」

「何故ですか?」


 何故、と言われれば少し困る。そして


「俺とヘカーティアの血を引いているんだ、きっと出来るさ」

「……その血に見合わない結果ならば?」

「見合わない結果だろうと俺たちは、俺は気にしない。まぁ、ヘカーティアがなんと言うか分からないんだが……」

「それはそうですね。とりあえず汗を流したいのでここで失礼します」

「ん、ああ。先に戻っているぞ」


 テレーゼが作る風呂に向かっていくネリスを見送り、俺はテントがある方に向かった。そしてそのまま大太刀を抜いて


「っ!」

「お、ナイス反応」

「危ないぞ」


 俊の剣を弾き、そのまま斬り結ぶ。


「意外と戦えるようになったようだな」

「いつまで経っても弱っちいわけじゃねぇよ!」


 俊の剣と大太刀が何度も交差した。力では押し負ける俊も受け流し、戦えている。だが俊を軽々と越える存在が相対しているのだ。


「行くぞ、俊。防ぎきれよ」

「え!?」

「これが魔法剣士だ」


 15の魔方陣が一瞬で描かれた。それに俊が戸惑っていると花奏の大太刀がそれら全てを切り裂いた。そしてその大太刀に魔方陣の残滓が流れ込んで――


「魔法浸刀、鳳凰美伝。多分下手したらお前が真っ二つになるぞ」

「はぁ!? おま、俺を殺す気かよ!?」

「はっはっは。サレンダーしたら止めるぜ」

「参りましたっ!」


 迷わずに土下座。それを花奏は眺め、思った。


(やはりこいつらが戦うのはダメだ。向いていない)


「花奏? 何を考えているんだ?」

「何でも無い。それよりもさっさと戻るぞ。ネリスの鍛錬を手伝った後にお前が来たんだから疲れているんだ。もう休ませろ」

「いや、まだ午前中だぞ? お前、本気か?」

「ああ……葵に抱きしめられて眠りたい」

「……お前、さりげなく欲望を言うよな」

「五月蠅い、俺は尻派だ。葵の尻も良いものだ……」

「おま、触ったことがあるのか!?」

「ストバスであいつの筋肉とか締まっているんだぜ? きっと凄いんだろうな」


 花奏は相変わらずか、と俊は思った。だが花奏は少し目を細めて


「葵はまだ、俺を好きらしいな」

「羨ましいこって」

「……かもな」


 俊は葵が好きだ、それも俺は知っていた。だがそこから誰も踏み込まなかったからこそ、俺たち4人は仲良くいられたんだ。


「葵の尻、触ってみたいねぇ」

「変態親父かよ」

「ま、別に良いけどさ」


 花奏がそう言った瞬間、背後で殺気が膨れ上がった。咄嗟に二人で地面を蹴り、左右に散開したが


「カナデ? 今の言葉は本気ですか?」

「ヘカーティア……?」

「アオイのお尻に欲情しているのですか!? 私のお尻じゃダメなのですか!?」

「いや……お前の尻だと蹴りに向いていてきゅっと締まっていて、それはそれで良いんだが……」

「良いのならばどうして抱いてくれないのですか!」


 痴話喧嘩は犬も逃げ出す、その言葉通り俊は逃げ出した。だがそれに二人は気づかずに


「お前はもう一度抱いただろうが!」

「言われてみれば確かに私のお尻をあなたは執拗に……」


 ヘアーティアは思い出し悦楽にふけりだした。だからそれを無視して花奏が逃げ出し、娘が戻ってくるまでそれは続いた。そして娘に怒られ、ヘカーティアはシュンとしていた。


*****


「聖都が見えてきたがどうするんだ?」

「一度、戻ってきます。置いて行かないでくださいね」

「ああ、当然だ。俺がお前たちを置いて行くように思えるか?」

「「ええ」」

「ああ」

「なんでお前らは一致しているんだ」

「「「だって置いて行っただろ(置いて行ったじゃないですか)」」」


 う、と花奏は呻く。確かにそう言えばそうだ。だが……それは俺が悪いのか? 危険だから置いて行っただけなんだが。


「しかもそのまま姿を消しましたし」

「この世界にいないと分かったときは泣きましたよ」

「あたしは泣かなかったけどな」

「それはアクラがカナデを愛していなかったからでしょう」

「愛しているぜ? ティアほどは無いけどな」


 そうだったのか、と戸惑っていると


「今思えばあなたを無理矢理にでも引き留めるべきだった、と思いますよ」

「それは全力で抵抗したさ」


 花奏がそう言った瞬間、馬車が走ってきた。それは真っ直ぐに俺たちが歩いてきた道の方に向かっていた。


「あれ、何だろ?」

「こっちからあっちって事は龍人の里に向かっているのでしょうか?」

「いや……どうもヘカーティア、お前目当てみたいだぞ」

「その心は?」

「お前とネリスは何も言わずに飛び出してきたんだろう?」


 あぁ、と頷くヘカーティア。そしてそのまま馬車を見据えて


「叩き壊しますか」

「おい待て。何だその物騒な発想は。それにどうやら焦っているようだぞ」


 そして馬車を止め、降りてきた人は


「ヘカーティア様! 魔物が結界を突破しました!」


*****


「結界で封じていたのは一定以上の力量を持つ者を通さない結界。ならば何故突破し、そのまま生き延びているんだ?」


 花奏は一人走りながら疑問を口に出した。その周囲には誰もいない。置いてきたのだ。また、置いて行ったのだ。

 ヘカーティアの提案で今日は聖都に泊まる。そういうことになった。だから全員が部屋に入って――その時を見計らい、俺は葵にだけ告げて部屋を出た。そしてそのまま屋根の上などを走り、聖都を飛び出すつもりだ。


「待って花奏! 話を聞いて!」

「葵……ごめん、でもこれは俺がしないといけないことなんだ」


 花奏がそう言い、走っていた。しかし葵は


「っ、きゃ!?」

「っ、葵!?」


 足を滑らせ、落下していた。それを助ける手段は俺にはない。花奏がそう思い、絶望しかけた瞬間だった。


(手を貸しましょうか?)


 そんな悪魔のささやきが聞こえたのは。

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