ネリスという思春期

「大太刀を創るにも素材がいるだろ?」

「大丈夫だって、あんたなら出来るって」

「無茶を言うな!?」


 アクラと店主の会話に苦笑しながら


「葵、俊、正樹。龍人は炎やその腕力で金属加工が得意な種族だ。大体の物が業物だから見回って見ろ。レンもセインもネリスも」

「私たちは何か無いのですか?」

「自由時間ですか?」

「アクラが暴れ出さないかを見張っておけ。それと娘たちの様子を見守っていろ」


*****


 花奏は剣が置いてあるコーナーで目を光らせている俊を見つけた。声を掛けようか、と戸惑っていると


「花奏はどんな剣を使ったんだ?」

「少し反りのある剣だ。それ以上の特徴なんて無かったぜ」

「うわ、つまんね。もっと愉快な剣を使えよ」

「例えば?」

「呪われてたり?」


 俊は苦笑した。しかし否定をしたわけではなかった。それを少し、おかしく思いながら花奏は俊の頭に掌を振り下ろした。それを素早く避ける俊。


「この身体能力があれば俺ら大会で優勝できたんじゃね?」

「ストバスの大会がそんなに存在していないってのも大きいけどな……まぁ、何にせよチートだろう」

「だよな―……あ? もしかしてそれがお前の言っていたあの日か!?」

「ああ、そうだな」


 俺がストバスを辞めた日だ。どれだけ相手が頑張っても俺は努力しないで得た力でそれを越えてしまえる。そんな無双も少し、楽しかった。でも、面白くはなかった。


「あぁ、あの日だ」

「……いや、あの日だけど時間軸が違うな。お前が召喚されたタイミングは……あぁ、分かった。あの時、葵を呼び止めたときだな」

「……」

「確かに目つきが変わったと思っていたけどよ……異世界に行っていたんだな」

「ああ」

「時間は過ぎないけどお前は年を取った、か。そう考えると少し複雑だな」


 複雑だ、そう思いながら並んでいる剣を眺める。ここに俺の愛用の剣はない、そう思っていたんだが


「勇者カナデ、お久しゅうございます」

「っ!? 爺さん!」

「10年ほどでございますな」

「ああ……久しぶりだな、爺さん。相変わらず現役か?」


 額から長い角を生やし、鱗を生やした老人は笑って


「カナデ、あなたの剣をお探しか?」

「……まぁ、そんなところもあるな」

「でしたらあの時に作った大太刀、残っていますぞ?」

「っ!? マジか」

「ええ、我らが神に納めていた真打が、ですな」

「あぁ……そう言えば二本作るんだったな」


 二本にもそんな文化があったはずだ。そう思いながら老人と握手していると


「花奏、知り合いなのか?」

「ああ。俺たちの剣を創り上げてくれた最高の鍛冶師だ」

「ほぅ、随分と高い評価ですな」

「あんたが打ってくれた大太刀は魔王を封印する際に使ってな……現在、手元にないんだ」

「ふむ……取りに行く、と言うわけではなさそうですな」

「ああ」


 爺さんは少し、目を閉じて


「腐らせておくのももったいない、持って行け」

「爺さん……良いのか?」

「もちろん金は取る」


 デスヨネー、と花奏と俊の心の声が重なった。


*****


「その太刀の名は鳳凰美伝、あんたからもらった炎を使った大太刀だ。あの頃のと同じだよ」

「そうか……ありがとう、爺さん」

「ふん……で、あの鬼の無茶な注文はどうなったんだ?」

「さぁな。だが俺の娘のための大太刀なんだ。少しは諦めてくれ」

「ち」


 爺さんは大きくため息を吐いて俺たちを店から追い出した。


「で、俺の剣って買ってもらって良かったのか?」

「要らなかったのか?」

「いや嬉しいけどよ……ま、ありがと。いつか礼はさせてもらうよ」

「ん……ま、気にすんなとだけ言っておく。とりあえずそれの使い方とか気をつけろよ」

「ああ……っつても俺たちが戦わないといけないくらいの状況が今までにないんだが」


 それはまぁ、過剰戦力だからだろう。そもそもが俺一人でも過剰戦力だったんだ。それなのに何故か三人まで召喚され、その上でテレーゼたち三人と娘三人。過剰過ぎるんだ。そう思いながら大太刀を抜く。

 現在俺たちが立っているのは龍人の里の一番高いところにある、いわゆる広場だ。俊も正樹も剣を買い、試しに振っている。それを眺めながら葵は杖を構えている。そして――


「永久より永久に響き渡れ、雷嘶!」


 雷が天へと昇っていった。さすがにそれは迷惑そうだから魔方陣を描いて


「消し飛べ」


 言葉を重ね、魔法を強化した。それは確実に葵の放った雷を消し飛ばした――何の残滓も残さずに。そしてそのまま葵は俺を見て


「重ねたの!?」

「ああ」

「そんなこと、出来たんだ……」


 怒りではなく、率直な驚きだったようだ。そして葵は魔方陣を描き、口を開き、魔法を作り始めた。その魔法は何もかもを消し飛ばしそうなぐらい、威力を高めているようだった。だから


「俺も少し力を出すか」


 魔方陣を描く。描くは七星方陣、その全てに消滅の文字を描いて


「須く消し飛ばせ、黒き風よ」


 何が作用を及ぼすか、の指定をして一気に消し飛ばす準備をした。さらに続けて要素を連ねる。


「波動を持ちて、滅びをもたらせ」

「永劫に途絶えることのない雷鳴を、天へと地へと響かせよ!」


*****


「あなたたちはこの里を滅ぼす気なんですか!?」

「「ごめんなさい」」

「「お父様……」」

「父ちゃん……」


 テレーゼと娘たち三人から総スカンを食らった。それに葵と花奏は小さくなっていると


「ぶっちゃけあれ、テレーゼが言えることじゃなくね?

「ですね。テレーゼの方が酔っ払ったら手が付けられなかったのに。辺り一帯を凍りづけにしていたんですよ」

「そうなんですか?」


 ヘカーティアの言葉に狼狽するテレーゼ、そんな母親を眺めて


「お母様、本当なんですか?」

「は、はは……そんなことあるはずないじゃないですか」

「本当ですか?」


 顔を逸らしたテレーゼにセインは詰め寄る。しかしテレーゼは何も言わず、話を逸らした。


「今晩はどうしましょうか? この里で泊まりますか、進みますか」

「……おそらくこの里で泊まった方が良いだろう。今日は休んで――明日に備えよう。山を越えて聖都にまでは着きたいからな」

「聖都に着いては私たちは置いて行かれるのでしょうか?」

「ああ、俺は置いて行こうとするよ」


 花奏の容赦ない言葉にヘカーティアは頷いた。しかしその娘はそうもいかない。


(私たちはお父様から嫌われている……っ!? まさか、ありえない。でも、何故、お父様はあのような言葉を!?)


「ネリス、どうした? 眠いのか?」

「え、あ、いえ、とんでもございません、お父様」

「……なら良いのだが。何かあったら即座に言ってくれると助かる」

「はい」


(何が助かるというのだろうか。お父様にとって何が助かるのだろうか、私の存在が邪魔だと言っているようなものではないのか?)


 そんな風に、ネリスが負の思考をしていると


「ネリス、カナデと二人きりで話す機会を今度用意しますね」

「え」


*****


「それでネリス、俺は一体どうしてヘカーティアに呼び出されたんだ?」

「……お父様は私たちが邪魔ですか?」

「…………邪魔では無いな。だが正直危険に巻き込みたくない」


 あぁ、やっぱりだ。


「嫌いなんですね、私たちが」

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