レンという剣士

「悪いな、レンのために方向を換えさせてよ」

「気にするな、レンは俺の娘で、娘の言うことを聞いてあげるのが父親だ」

「世界を救うのと娘のためって並列にして良いのか?」

「んなことよりも頼んでないんだけど」


 レンの言葉に苦笑しながら頭を撫でる。そして


「レンの体に合った大太刀を使わないともっと速くならないよ」

「んなの分からねぇだろ」

「俺には分かるさ。なんせ俺は剛刀一閃流の始祖だぞ?」


 ふぅん、とレンは思いながら自分の大太刀の長さを確認する。自分の身長よりも数段長いそれを眺め、少しため息を吐く。これが長いなんて思ったことはなかった。比較するとき以外には。


「お母さん、これって長いのか?」

「あたしん身長でちょうど良いくらいか?」

「そりゃ長いはずだよ……」


 レンはアクラの言葉に納得しつつ、それを見下ろして


「んでもこれ、馴染んでいるから使っていてぇんだよな」

「それは構わないだろうが……アクラ、武器は体に合った物って言ったはずだが?」

「ん……あぁ、確かに言っていたな。忘れていたけど」

「馬鹿野郎が」


 言いながら斬り合う。すでに用意した10本の木刀の内、7本が折れていた。二人合わせて、ではなく俺だけで七本だ。アクラは5本しか折れていない。だが


「閃き!」

「シン閃!」


 高速の一閃、それと同じ軌道でそれと同等の速度の一撃を放った。それはアクラの木刀を割り、柄まで至りそうになった。咄嗟にそれを手放して新しい木刀を拾い、そのままの横薙ぎ。

 花奏は咄嗟に地面を蹴り、前に出た。さらに続けて真下からの切り上げで逸らして


「剛刀一閃流邪の型――二閃確殺」


 上から、下から。一秒の誤差もなく叩き込んだ。内側から爆発する木刀の破片を無視して


「そろそろ終わりにしようぜ」

「ん、ま、良いだろ。程良く目も覚めたしな」

「俺は命懸けなのにお前は眠気覚まし程度かよ……」


 心底呆れている花奏、それを眺めながら葵は慣れた手捌きで野菜を、肉を切った。そしてそのまま鍋に放り込んで


「描く文字は……んー、温度80程度の湯」


 鍋の中にお湯が注ぎ込まれた。しかし両が微量、指定を忘れていた、と思いながら葵はさらに魔方陣を描く。温度と量を調整した湯を鍋に入れ、火を付ける。これも魔法だ。


「そっちはどう?」

「どうって言われても何も起きる余地がねえよ」

「それもそうだね」


 葵たちは朝ご飯を創る役目を帯びていた。ちなみにセインとネリスはまだ目を覚ましていない。そう思いながらご飯を創っていると


「カナデ、一緒に風呂入ろうぜ」

「巫山戯んな馬鹿かお前」

「良いアイデアですね、一緒に入りましょう」

「辞めろ!?」


 しかし背後から肩の関節を極められ、アクラに担がれたカナデはテレーゼの創り出した風呂の方に連れて行かれた。


「ハーレムっぽいけどなんか違くね?」

「かもね……あいつ、あんまり嬉しそうじゃないし、むしろ嫌がっているし」

「……花奏は別に喜んでいないでしょ。それで良いのよ」

「「はぁ」」

「何よ」

「お前がさっさと花奏を押し倒して既成事実を創ってしまえば良いんだよ」


 俊のデリカシーに欠ける言葉に苦笑して


「花奏、全然乗ってこないのよ」

「誘いはしたのか」

「そりゃあね」


 愕然としている二人をよそに、葵はため息を吐いた。そして


「朝ご飯出来たからセインちゃんとネリスちゃんを起こしてきて」

「はいはい」


*****


「葵たちは料理が上手なのですね」

「そりゃこっちみたいに戦う必要が無い世界だったからね。他のことが重要だったのよ」

「そうなのですか」

「花奏にも何か特技があったんじゃないの?」

「あぁ、言われてみれば色々と手先が器用でしたね」


 それは特技じゃない、と思いながらセインの描いている魔方陣を眺める。テレーゼが開発した魔力吸収陣だ。だから使っても極微量のロスしかない。だから魔方陣を描く練習にはうってつけの魔法だ。


「セイン」

「何でしょうか、お父様」

「お前は何と契約しているんだ?」

「ドラゴンと契約させていただいております」

「……だとすれば魔方陣を描くのをドラゴンに任せてみてはどうだ? ドラゴンは自分の鱗を使って魔方陣を描けるからな」

「そうなのですか?」


 言うなりセインは目を閉じて、自分と契約しているドラゴンと会話を始めたようだ。そして――


「うん、出来るみたいです」

「そうか。頑張ってくれ」


 とりあえずネリスの蹴りを避け、拳を逸らす。そのまま続けていると


「ありがとうございました、お父様。また少し、強くなる方法が分かった気がしました」

「言えばまた付き合える……が、お前はダメだ」


 ヘカーティアの拳を両手で防いでため息を吐く。


「お前とやると確実に怪我するからな」

「良いではありませんか。あなたくらいのレベルに達せなければ、私にとっても意味がありません」

「俺にとっての利益が一切無いんだが」

「それは……強くなるためではいけませんか?」


 ダメだ、と言うとヘカーティアはしょんぼりしていた。それにネリスは呆れていた。そして


「ヘカーティア、お前が強くなりたいのは分かっているが、もうお前に比肩できる者はほとんどいない、だろう?」

「……確かにその通りですが……ええ、そうですね。もう、私は彼女たちを護れる立場なのですから」

「ああ、そうだ。それでもう、充分だろう」


 選ばれるために戦い、護りたかった者たちを殴り倒してきたヘカーティアはもう、護りたかった者たちを護れる立場を得ている。だからこそ、もうヘカーティアは頑張らないで良いのだ。


「ヘカーティア」

「はい?」

「もう、お前はネリスを連れて聖都に戻った方が良いんじゃないのか?」

「……戻るためにも、龍の里を通らないと行けませんよ」

「ああ、そうだな。あの都市が魔を防いでいるのだから」

「……あなたはまだ、あの封印をしているのでしょう?」

「ああ」


 誰にも邪魔をさせるつもりはなかった。だから俺は彼女たちを魔王の住まう城へ、その国へ通させなかった。その封印はまだ、彼女たち三人を縛り付けている。

 セレナは俺をこう表現した。『封印の勇者』と。殺せない、優しい勇者だと。


「今さらですがあなたは何故、あのようなことを?」

「俺はお前たちに戦って欲しくなかった、そう言えば納得するか?」


 歩きながらの会話は自然と過去へ遡る。そしてそのまま――


「あなたは魔王を封印した。殺さなかった……それは何故?」

「何ででも良いだろう」

「さらには魔の全域をあなたは護るための封印を施した、それは何故?」

「何ででも良いだろう」

「……愛していますよ」


 花奏はそれに何も言わず、ヘカーティアの頭を撫でた。それだけで少しヘカーティアが嬉しくなっていると


「俺はお前を愛していないよ」


 この瞬間、その様子を見ていたネリスは嘘っぽい、と思ったが口には出さなかった。そしてそのまま無視して、忘れてしまった。


*****


「よぉ、久しぶり」

「あんたか……また得物を折ったのか!? 違うよな!? 嘘だって言ってくれよ!?」

「娘のための大太刀を売って欲しいんだよ。頼めるか?」


 過去に世話になった店に行くとアクラと店主の言い合いが始まった。

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