ヘカーティアという拳闘士

「カナデ、寝ないのですか?」

「ああ。明日はアクラが寝ずの番だ」


 花奏は眠そうにうつらうつらしている。それを眺めながらヘカーティアはそっとその隣に座った。そして花奏が座っている木の端に向かって行くのを追いかけていると


「どうして近づいて来る」

「あなたを愛しているのは私だけだからです」

「そうかよ」


 花奏は火が消えないように枯れ木をたき火の中に置いた。そのまま目を閉じて


「ヘカーティアは眠らないのか?」

「カナデが起きていますから」

「……少し、膝を貸してくれ。10分したら起こして欲しい」

「分かりました」


 翌朝


「起こしてって頼んだ気がするんだが」

「頼まれましたよ。でも、カナデがぐっすりと眠っていたので起こすには忍びなかったのです」

「……済まない」

「謝るのですか?」

「……ああ。いや、ありがとう」


 素直にお礼を言い、ヘカーティアの太ももから頭を上げる。そのまま立ち上がり、伸びをする。ぼきぼき、と音が鳴るのに苦笑しながらテントに目を向ける。


「まだみんなは起きていないのか?」

「私はいつも、早く起きていますから。あなたが目を覚ますとは思いませんでしたが」

「……ん? ひょっとしてお前も寝ていたのか?」

「ええ」

「寝ずの番だろ……いや、俺が言えることじゃないけどさ」

「ええ、元々寝てしまったあなたが全て悪いのですよこの元凶め」


 ヘカーティアは苦笑しながら俺の腰に拳を向けた。咄嗟に地面を蹴り、距離を取ろうとしたが


「遅いですよ」

「っ!?」


 魔方陣が一瞬で何枚も描かれた。そしてそれを一枚突き破るごとに拳から勢いが奪われた。

 何もかもの武術を使いこなす勇者カナデ、彼は魔法も剣術も一通り修めている。もっともそれらは一流であって、超一流のヘカーティアに敵うわけが無い。だが


「魔方陣に何も細工をしていないのですか?」

「……さてな」

「別に構いませんが、怪我をしても知りませんよ?」

「ふん」


 花奏は無手だ。剣も何も持たない彼に出来るのは徒手空拳と魔法程度だ。だからこそ、攻め込む。攻めて攻めて攻めて――


「はっ!」


 高速の回し蹴り、それを手の甲で弾いて懐に飛び込む。さらに続けて拳を振るうが


「なんと!?」

「はっ!」


 花奏の拳を何とか受け止め、蹴りを放とうとしたが


「多重魔方陣結界、これで身動きは出来ないはずだ」

「考えましたね……降参です、これでは身動きはおろか、お花摘みにも行けません」

「行く必要があるのか? 花が咲いていても摘んだら枯れるだろう」

「ぶふっ」


 思わず噴き出した。そのまま笑い出したかったが体が動かせない。どうにもならないまま、笑っていると花奏がむすっとしていた。そして


「何か変なことを言ったか?」

「お花摘みに行く、その意味を知らないのですか?」

「ああ」

「ふふふ……葵に聞いてみたらどうでしょうか?」

「……ふん」


 そうするか、と花奏が決意しつつ、結界を解いた。やり方は単純、結界となっていた魔力を別エネルギーとして使うだけだ。その魔力を収束させ――


「意外と綺麗な剣だな」

「カナデ、それは一体?」

「何でも良い。それよりもさっさと花を摘んでこい」

「え? 別に今すぐ行きたいわけではありませんよ」

「あ?」


 思わずヘカーティアを二度見してしまった。しかしヘカーティアはいたずらに成功したような笑顔で地面を蹴った。その全速力は俺の目では追えない。それに呆れつつ、ため息を吐いていると


「あ? 父さんかよ」

「レン……早起きだな」

「お母さんが起きるの遅せーんだよ。んであんたは何してんの?」

「何って言われても寝ずの番……だよ」

「あっそ、お疲れさん。んで何かあったのか?」

「何も無かったよ」

「あっそ」


 レンはつまらなそうに顔を顰めつつ、木に座った。そしてそのまま腰の大太刀を抜いて


「素振りか?」

「あんたからしたら無駄な努力に見えるかもしれねーけどな」

「いや、そんなことは無いさ」


 レンはふーん、と言いながら素振りを始めた。それは剣道のように何度もするわけでは無く、一太刀一太刀が高速の一撃だった。


「剛刀一閃流、か。素振りの仕方も独特だな」

「あんたは素振りとかしねーの?」

「ああ……まぁ、俺の剣があれば話は別だけどな」

「あんたの剣?」

「あぁ、今は手元に無いけどな」

「剣ってそう簡単に手放しても良いのかよ? あんた、剣士でもあるんだろ?」

「ん……まぁ、剣も徒手空拳も魔法も使えるだけだ」


 レンは興味深そうに大太刀を振るう手を止めた。そしてそのまま目を閉じて


「あたしも魔法を使えるんだけどよ」

「ああ、それが?」

「お母さん、魔法使えないんだよな?」

「……ああ。アクラは純血の鬼だからな……お前は俺の血が混じっているから魔法が使えるんだ」

「……そうなのか」

「心配するな、アクラもお前も何も言わせないよ」


 安心させるためにそう言ったんだが何故かレンは首を傾げて


「どういう意味なんだ?」

「ん……エルフだ」

「エルフ? 名前しか知らねぇよ」

「そうか」


 適当な木の枝を二本拾い、レンに向かって投げ渡す。それをレンは受け止めて


「んだよ」

「少し教えておこう」

「なにをだ?」

「剛刀一閃流の由来を」


*****


「元々はこんな軽い物でも戦える技を創ろうとしていた。だがそんなある日、俺はお前の母親、アクラと出会ったんだ」

「お母さんと……?」

「ああ。アクラは諸事情で鬼の里を出ていたんだ。俺はそんなアクラと気があってな……そこで二人で考えていたんだ」


 レンは木の枝を振るった。頭をぶっ叩くつもりの枝は軽々と避けられた。さらに続けて、とも思うが剛刀一閃流は弐の太刀要らず。だから出来ない。そう思ったが


「あんた、二撃目を使ったよな?」

「ん……ああ」

「剛刀一閃流ってのは一撃必殺、弐の太刀要らず。あたしはお母さんからそう教わったぜ?」

「アクラにとっての剛刀一閃流はそうだったのかもな。だが俺の剛刀一閃流はただ勝つための剣だった」

「……お母さんとあんたの目指した物が違ったって事か?」


 少し、なんと言おうか迷った。確かに俺とアクラの剣の目指した物は違った。俺は生き残るための剣で、アクラは見返すための剣だった。そこに到達点が無いのは俺も同じだった。


「あたしの剣はどうして届かないんだ?」

「速度、威力……そういった物は申し分ないだろうな」

「へぇ?」

「だが俺に分かるのは数少ない、そもそもお前にあった長さじゃ無いってのが大きいな」


 枝が折れたから大太刀を持っている、そんなレンを眺めて花奏は冷静に分析をした。そして


「その大太刀は俺たちがアクラと旅をしていた頃に使っていた物だ。お前の身長には合わないだろうな」

「だったらどうすりゃ良いんだよ」

「……龍人のところに行くか。あそこに俺が前に行ったことがある鍛冶屋がある、確かオーダーメイドも出来たはずだ」

「そんなのあるんだ。あんた、凄いな」

「……そうかよ」


 当然それを言うと、色々言われた。だが


「俺の娘のためだ、だから良いだろう」


 強引としか言えない、そんな花奏の言葉で全ての意見は消え去った。


*****


「え? 勇者カナデが真っ直ぐ来ていたのに方向転換した!?」

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