ネクロスという悪魔

「花奏、それでこれからどうするの?」

「とりあえずは真っ直ぐ進めば良いだろう。本来ならエルフと龍人、鬼からの洗礼を受けた者がいれば魔の結界も突破できるからな」

「二週目らしいチート感あるわね」


 地図を眺めながら葵はぼそり、と呟いた。確かにそんな気はするが


「別に良い事なんて無い。さっさと進んでさっさとセレナと話して――終わりだ」

「そもそも私たちが召喚された理由がいまいち分からないのよね」

「……あの王、実はかなり腹黒いんだぜ?」

「え? それがどうかしたの?」


 葵は首を傾げる。その背後で王の娘のテレーゼと、その娘のセインが困ったような笑みを浮かべていた。そして


「カナデ、途中で聖都に寄りますか?」

「うん? 寄る必要があるか? ……あるか。仕方ないな」

「ありがとうございます、カナデ。愛していますよ」

「俺はお前が嫌いだ」

「知っています」


 ヘカーティアは満面の笑みだ。なんだこいつ、と思いながらそっと地面を、自分の影をつま先で突く。


(ネクロス、何か分かったか?)

(ええ。現魔王セレナは他の悪魔からも魔王セレナの名を継ぐことを認められているほどの実力者です)

(お前は接触したか?)

(いえ。今の私では不可能です)


 俺がネクロスとの繋がりを封印していたから、ネクロスは弱っている。俺の魔力を食事としているからだ。そう考えると初対面を思い出し、不愉快な気持ちになる。


『熟し、熟し、腐るまでに熟した愛……あぁ、そんなに燻らせた愛はどうして甘美なのでしょうか?』

『知るか……』


 生きるか死ぬかの瀬戸際で出会った彼女は俺を眺めてそう嗤った。そして


『その愛、美味しそう』

『お前……何を言っているんだ』

『愛を伝えようと思った者に会いたくて努力したのにも関わらず、他の者を愛してしまった。そんな自責の念が愛を歪めているふふふ』

『何なんだ……何が言いたいんだ!?』


 そいつは嗤い、俺の顔を両手で挟んだ。そしてそのまま俺の唇に己のを重ね、吸った。体から何かが抜けていく感覚、魔力が奪われた。そう理解していると


『芳醇な愛……でも残念、死にかけている』

『それが……どうした』

『生かしてあげても良いのよ?』

『お前の傀儡としてか……?』


 そいつは嗤いながら俺の顔を撫で上げた。そしてその手をぺろり、と舐めて


『んんんんんんんんんんんんんんん甘美……もっと、もっと喰らいたい』

『……俺と契約しろ。そのまま俺を生かせ。そうすれば喰わせてやる』

『愛を喰わせてもらえる?』

『ああ……だからさっさとしろ』


 俺の体に刺さっている槍を見つめ、それは嗤った。そして俺の体に刺さっていたそれらを一瞬で全て引き抜いた。痛みはない、出血もない。全て、抜かれた瞬間に傷が塞がっていた。


『これで契約は完了?』

『まだだ。まだ俺が死ぬ可能性はある……だからさっさと俺と契約しろ』

『仕方ないね……あら?』


 そいつは自分の体が動かないのに気づいた。そして目を見開いて


『愛を鎖に……? 人間の出来ることではないぞ!?』

『だったら俺が人間を越えているって事だろ……』


 体が動く、だからもう問題ない。その悪魔を鎖で縛り付け――


(あの出会いは今でも衝撃的ですよ)

(ふん。お前みたいな悪魔が驚くようなことがあるとでも?)

(例えなんであろうと生きている限り、驚きは尽きませんよ)

(ふん……そうかよ。だがお前のおかげで俺は生きていられる)

(ふふふ。私もそれを後悔していませんよ……あなたのおかげで色々と楽しめましたし)


 ネクロスは笑っている。あの頃の鎖がいまだに縛り付けているのかは分からない。俺の愛を喰らい、歪んだ彼女に同情の余地はない。むしろこいつのせいで俺はセレナを愛したと思えば……いや、何も無いな。俺はセレナを愛していた、それにネクロスは何の関係もない。葵も、だ。


「ここを通っていこう。森を突っ切れば一番速いだろう」

「エルフの森ですか……面倒ですね。あそこはいまだに閉鎖的ですよ」

「ふん……仕方ないな。あの森を通るのはごめんだけどな」

「アクラ、私たちがいるのならば大丈夫ですよ」

「ティア、あたしはあいつらのあの目が嫌いなんだよ」


 腰の大太刀の柄を指で弾き、アクラは憎々しげに言う。奴らは魔法が使えない者、と言うだけで哀れんでくる。だからこそ、アクラは哀れまれたのだ。それは自分の何かを見つけ出そうとしていた彼女にとって、心を折られそうになっていた。


「またあいつらと言葉を交わすってんなら斬るぞ、あたしは」

「分かっている。とりあえずお前を俺の影に閉じ込めておくから……森を抜けたら解放するよ」

「ありがとよ……お前風に言えばサンキュ、か?」

「ああ」


*****


「勇者カナデ!?」


 えー、ただいまなんだかよく分からないことになっています。花奏が門番と言葉をかわし、買い物をするだけだと言ったはずなんだ。だけど


「カナデ様、ずっと逢いとうございました」

「……そうですか」


 どうしてあいつはまた女に言い寄られているんだ?


「カナデ様に救われてからずっと、あなたのことを想っていました……お礼をさせていただけませんか?」

「……急いでいるんだ。済まない」

「あなたはあの時もそう言ってお礼を言う時間すらくださいませんでした……また、来ていただけるのですか?」


 あ、それは無理だ。花奏の表情がそんな感じになっている。あいつが急いでいるのはよく分かるからだ。

 花奏が何故急いでいるか分からない。だがそれはなんとなく予想できる。あいつは愛する者と再び逢いたい、きっとそうだ。そう思いながら眺めていると花奏が腕を引かれ、見るからに宿屋に連れ込まれそうになっていた。


「花奏、女に恥をかかせるなよ!」

「言う言葉が違うだろ……助けろよ」


 花奏はいつの間にか近づいていた葵とその女性に両手を引かれ、辛そうだ。そしてその様子を眺め、アクラさんとテレーゼさんは笑っていた。ヘカーティアさんは両手をわななかせ、娘三人は呆れていた。正樹は羨ましがっていた。

 そして花奏は女性を抱きしめて


「俺はもう、ここにはいられないんだ」

「カナデ様!?」

「済まない」


 女性を泣かせた。そんなブーイングの中、花奏は疲れたような顔で街を出た。そして


「今日はこの辺りで休もうか」

「……花奏、それで良いの?」

「ああ。葵たちも娘たちも疲れているみたいだからな。野宿で良いだろう」

「野宿かよ……」

「正樹、キャンプと思え」


 花奏とアクラは手慣れた様子でテントのような何かを組み立てた。そしてテレーゼとヘカーティアは他の用意、たき火の用意などを始めた。それを眺め、動けない六人。


「花奏、何か手伝える?」

「何もしないで良い……いや、明日片付けを手伝ってもらうから良い。とりあえずお前たち三人は明日に備えろ」

「あたしたちは?」

「娘を働かせるわけにはいかん」


 何故か首を傾げた三人。そして


「あたし、結構家事とかやってるから慣れてるぜ」

「私もです」

「同じく」


 ……それぞれの両親に目を向けてみると顔を逸らされた。だから少し三人に文句を言っていると


「そもそもあなたが育児放棄をするから……」

「申し訳ありませんでした」


 土下座を披露した。

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