魔王セレナという少女
「旅立つ日が近づいていますね」
「ああ」
「カナデ、お願いがあります」
「何だ、改まって」
「私たちの娘を同行させてください
「……お前、正気か? 俺たちはただ四人で行くだけで……何も無いぞ」
俺の言葉にテレーゼはそっと頷いて
「あなたが勇者だから、では足りませんか?」
「ああ、足りないな。俺に着いて行かせて何の意味がある、俺に何のメリットがある」
「何もありませんよ」
*****
「お前たち三人が俺に一撃でも当てられたのならば、着いてくるのを認めるよ」
俺の言葉にレンが大太刀を握りしめ、セインが目を輝かせ、ネリスはそっと拳を握りしめた。そして
「「「はい!」」」
威勢の良い返事、そしてレンは地面を蹴り、俺の首を狙った。容赦などない、その一撃は
「嘘だろ!?」
「隙あり!」
「無いな」
大太刀を左手で受け止め、足払いの蹴りを避ける。そのままレンとネリスの体勢を崩して
「『ファイアランス』」
「『ウォーターウォール』」
炎の槍を水の壁で防ぎ、さらに大太刀の一撃を避けて花奏は大太刀を抜いた。その大太刀は何も無い、ただの綺麗な刀だ。そしてそのまま花奏は大太刀を振り抜いた。その軌道上にいたレンとネリスは
「っ!?」
「っく!?」
受け止めた。しかし受け止めきれず、体が地面を転がった。そしてセインも地面を転がり
「話にならん。俺を試しているのか?」
「随分と容赦の無い……ですがあなたはそれほどまでに着いて来て欲しくないのですね?」
「ああ」
「では私たちも着いて行きましょうか」
「お前の脳みそ腐ってんじゃないのか?」
思わず花奏は言ってしまった。しかしテレーゼは仄暗い笑みを浮かべて
「アクラ! ヘカーティア!」
「おうよ!」
「はい!」
咄嗟に地面を蹴り、背後に飛んだ。直後、元々立っていた位置にヘカーティアの豪腕が振り下ろされ、地面が陥没、さらにはアクラの大太刀が首を切り飛ばそうと迫っていた。その軌道上に大太刀の柄を割り込ませ、何とか受け止める。しかし衝撃は殺せずに吹き飛ばされ――大太刀を地面に刺すことで無理矢理勢いを殺す。しかし大太刀は少し曲がってしまったようだ。
「あー!? おま、あたしがやったのを曲げやがって!?」
「お前の一撃が重すぎるんだよ!」
「あたしのせいにすんな!」
「お前以外の誰が原因なんだよ……くそっ!?」
テレーゼから飛来する槍を避けながら曲がった大太刀を投げる。それを避ける三人を無視して両手でそれぞれ、魔方陣を描く。二つの魔方陣ではなく、両手で一つを描く。さらに
「
魔方陣を突き破るように魔方陣へと突っ込む。光の残滓を浴びながら走る。この速度に反応できるのは俺よりも速い、アクラとヘカーティアだけだ。だからこそ、まずはテレーゼから各個撃破する。
勢いを乗せた蹴りをヘカーティアの蹴りが相殺するが、回転蹴りで吹き飛ばす。さらにもう一回転してテレーゼに全力の蹴りを叩き込んだ。しかしテレーゼはそれを腕でしっかりとガードした。
「アレがお父様の……全力」
「速い……」
「お父さん……」
その三人の娘たちの言葉に何故かテレーゼたちが驚いた。それは
「カナデの全力がこの程度?」
「ありえねーっつーか、あれだ。こん程度ならもう死んでいるだろ」
「カナデがこの程度でしたら世界はもう、終わっているでしょうね」
*****
驚いていたのは娘三人だけではなかった。
「アレが花奏の全力!?」
「人間辞めてんだろ……」
「花奏……そこまで強くならないといけなかったの?」
葵は動きが見えない。でも花奏の動きが止まった瞬間を見ることは出来た。だからこそ葵はとてつもない速さだと思っていた。
「正樹、見えるか?」
「俊は見えているのか?」
「ああ」
「俺もだ」
少し羨ましい、と葵は思いながら指を立てた。人差し指と中指を立てて先端に魔力を集めた。そしてそのまま両手で一つの魔方陣を描き始めた。例え動きが見えなくても、魔力の動きは見えた。だからそれを真似して高速で描いた。描く文字は視力、そして強化だ。
「……あ、見えた」
高速で動き回り、蹴りだけで戦う花奏。しかしそんな花奏に容赦なく三人は攻撃を続けている。それなのに花奏は一つにも被弾していない。花奏の動きが速過ぎて攻撃が当たらないのだ。
「花奏……」
彼の動きが霞んだ。ギリギリで見えるようにしたはずなのにもう、見えない。そして
「「「え!?」」」
彼が地面に倒れていた。
*****
「何があったのですか?」
「カナデはどうやら自身の限界を超える速度を出したので……おそらく、頭が着いてこられなかったのでしょう」
「花奏……」
ベッドで目を閉じている花奏を見つめ、葵は思う。どうしてそんなになるまで戦ったのか、と。でもきっと花奏は答えてくれない。隠すはずだ。
「花奏の様子を見たいです……良いですか?」
「構いませんよ……それよりもアオイ、あなたは旅をした経験がありますか?」
「ありませんよ」
「はぁ……やっぱり私たちが着いていく方が良いじゃないですか。意固地になって断ろうとするから……やれやれ」
「テレーゼは旅をしていたのよね……花奏たちと」
テレーゼは頷いて
「私たちは二年間旅をしていました。アオイもきっと、それぐらい旅をすれば慣れますよ」
「そんなに長く……? 簡単じゃないんでしょう?」
「ええ、それはそれは」
で、その二年間ずっと花奏はテレーゼに殺されそうになっていたのよね。そんなことを思いながら葵は花奏に触れる。何の反応もない花奏を優しい瞳で見つめつつ、葵は頬を緩ませた。常に花奏は凄かった。だからこそ、こんな無防備な姿を見るのは初めてのことだった。
「アオイ、カナデの唇を見つめてどうしたのですか? キスしたくなったのですか?」
「ち、違うわ!?」
「隠さなくて良いのですよ。カナデの唇はピンクでとても魅力的ですからね」
「……テレーゼ?」
「キスしたくなる気持ちは分かりますよ。それ以上に私はカナデが嫌いですが」
「あっそ」
葵は花奏の唇にそっと触れる。柔らかく、温かい。それを眺めているともの凄く、キスしたい。だからした。
「まぁ、積極的」
「五月蠅い」
*****
「危ないから少しずつ進むぞ」
「そんな気遣いは無用だろ」
「俺たちはともかく、花奏の娘さんたちを考えてんだろ。ぶっちゃけて言えば俺たち四人とテレーゼたち三人、そして娘さん三人。全員を護りながら一気に行くのは危険だって意味だろ」
「私たちを護る必要はありませんよ」
葵の言葉に頷いて
「テレーゼたちも自衛できるよな?」
「ええ」
「もちろん」
「あったりまえだろ」
三人の言葉にも頷いて
「正直レンたちは危険だから着いてこない方が良いんだが」
「あたしは行くぜ」
「私も行きます」
「私もです」
レン、セイン、ネリスの言葉にため息を吐いて
「分かったよ」
*****
「勇者が新しく召喚された?」
「はい。そしてかの勇者が再び、この世界に現われました」
「勇者カナデが?」
「はい」
そう、と呟いて蒼き瞳の男を下がらせる。そして花畑の中央にある石像を眺め、少女は笑った。
「あなたがこの世界にくるのを待っていた。誰よりも待っていた。誰よりも願っていた――早く」会いたいよ、カナデ」
魔王セレナは親しげに、詠うように呟いた。
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