葵という女
「初めまして、お父様。私はネリスと申します。以後、お見知りおきを」
「……ヘカーティアに似た顔立ちだ」
「はい。ですが私の髪の色と瞳の色はお父様由来だそうです」
「……そうか」
少し困る。自分の娘とこうして初対面をするなど……ため息が出た。とりあえずその目を覗き込んで
「俺を父親と呼んで慕う必要は無い。お前の親はヘカーティアだ」
「……分かりました。ではなんとお呼びすれば?」
「花奏(カナデ)だ。呼び捨てにして構わない」
「ではカナデさんとお呼びしますが?」
「ああ、それでも良いぞ」
そして顔をヘカーティアに向けて
「俺のことをヘカーティアからなんと聞いている?」
「はい。力強く、世界を救うために戦ったとのことです」
「……」
この世界に残された俺の伝承って嘘ばっかじゃねぇか!? 思わず絶叫しそうになるのをぐっと堪えて
「レン、お前はアクラから俺のことをなんと聞いているんだ?」
「弱っちいけど強い」
「……まだマシな方だな」
言い聞かせた、俺自身に。
*****
「カナデさん、一体何を見ておられるのですか?」
「別に、これといって意識してみてはいなかったな。それが?」
「いえ、ぼんやりしているように見えまして」
ヘカーティアはそっと俺の隣に腰掛けて
「二人っきりですね」
「俺は帰るから一人っきりになれよ」
「酷い!? ってそんなことが言いたいわけではないのです。どうしてあなたはこの世界に帰ってきたのですか?」
「……俺はこの世界が嫌いだ。お前も、お前たちも嫌いだ。だからと言って、好きな奴がいなかったわけじゃ無いんだ」
「だから、戻ってきたんですか?」
「俺が望んできたわけじゃ無いんだ。どうしてまた俺が召喚されるようなことになったのか、俺は知りたい」
一体何が原因なのか、それが知りたい。知りたいからこそ、俺はあいつに会いたい。あいつに逢いたいんだ。
とりあえず岩から立って
「ヘカーティア、俺はお前が嫌いだ」
「でも私はあなたを世界でただ一人、愛しています」
「ふん……それに何の意味があるとでも言うんだ? 例えお前に愛されたとしても嬉しくない」
「それは残念ですね」
思ってもいないことを。そう思いながら大太刀を抜いて
「私を、斬りますか?」
「必要とあらば、な。身の危険を感じさせられたからこそ、その決意はもっと固まったけどな」
「少し、わくわくしますね」
ヘカーティアは大太刀を眺め、小さくため息を吐いた。そして
「その大太刀はあなたの剣とは違いますね。本来のあなたの剣はもっと気高く、強かったはずですね」
「……だからどうかしたのか? ヘカーティアは拳で語り合うのが好きだっただろう?」
「だからと言って大太刀を抜きますか? それと肉体で語り合うのが好きなだけです」
「ふん」
振り抜いた。しかし当たらなかった。低い姿勢で避けたヘカーティアは目を閉じて
「随分と遅くなりましたね」
「そうだな」
そして15分後
「葵、魔法はお前のイメージで創り上げるんだ。お前が魔法を組み立てろ……得意だろ? そう言うの」
「そうね、妄想は私の得意分野よ」
「ちなみにどのジャンルの妄想が得意なんだ?」
「エロとファンタジーね」
臆面も無く言える葵姐さんマジパネェッす。花奏がそう思っていると葵は目を閉じて
「……私はどんな魔法に適性があるの?」
「ん? 調べてみるか?」
「え? 前に調べたときはそんなの表示されなかったよ?」
「アレに細かく、とか付けてみれば良いんだよ。まぁ、それは今は関係ないな」
瞬時に魔方陣と言葉を描き上げた花奏、それを指先で押して魔方陣が輝いた。
「葵、お前の適性は雷のようだ。そして契約したドラゴンは……炎のようだな。相性は悪い、か?」
「うーん……ファイアボルト?」
「なるほどな」
確かにそんな魔法があったな、と思いながら魔方陣が伝えてくる結果を眺める。表示されているのは
『str 4048
vit 4048
int 9096
dex 9096
agi 4048』
相も変わらず二進数、と思いながら花奏は目を閉じた。自分のステータスはすでにカンストしている。だからと言って葵のステータスは馬鹿に出来ない。そう思いながら魔方陣を次々と描いていると
「え、そんなに魔方陣って多く描けるの?」
「人間には両手があるんだぞ?」
「いや、すでに四つめに突入して……5行ったじゃん」
「魔方陣の特性として、同じ言葉を使えば使うほどそれは強化される。つまり――こういうことだ」
俺の突き出した大太刀が伸びる。伸びて伸びて伸びてー―先端が見えないほどに伸びた。
「っと、重いな。『元の姿に戻れ』」
「とりあえず花奏、あなたはどうしてそんなにチートしているのよ……」
「ん? チートしていないと思うが。俺が戦うような場面は無いだろうしな」
「それ、フラグじゃないの?」
「ははははは」
ナニヲイッテイルンダアオイハ。ハハハ、ソンナコトアルワケナイジャナイカ。
「花奏、あなたは一体何をしたの?」
「どれのことだ?」
「そんなに魔法に長けて、剣も使えないといけないくらい、この世界は辛いの?」
「……辛いさ、孤独だったから」
俺の言葉に葵は顔を顰める。そして――葵は魔方陣を描き始めた。その目は澄んでいる。
「葵?」
「花奏、私はあなたを愛している……でも、花奏はもう私を愛してくれていないんだよね?」
「ああ……悪いな」
「だったらこれだけ、やらせてもらう」
葵の描いた文字は全て同じ文字。夢の文字。
「どういう……夢だ!?」
「見たら分かる……だからお願い、これが私の意思。目を逸らさずに受け止めて!」
「……葵」
「お願い、花奏」
「……ああ、分かったよ」
直後、俺の脳内で映像が流れ始めた。それは葵の過去、葵の感情、葵の想い、葵の願い、葵の望みだ。
「……愛している。愛させて欲しい。振り向いて欲しい。それなのに、花奏は振り向いてくれない」
「だったらどうしたら良いのだろう」
「振り向いてくれないのなら、その視界に入ろう。彼と話せるようになろう」
「私は努力できる。だから頑張れる、負けないで頑張れる」
「そうだ、花奏を愛しているのだから」
「愛しているのだから、一緒にいるだけでも幸せだ」
「これ以上を望むなんて欲深い」
「あぁ、私は欲深く、嫉妬深い罪深き女」
「花奏に見つめて欲しい」
「花奏に抱きしめて欲しい」
「花奏に抱いて欲しい」
「あぁ、どうして私は花奏が好きなのだろう」
「分からない」
「でもそれも愛」
「だからこその愛」
「だから花奏にも愛されたい」
……思わず、葵を見る目が変わりそうだ。そう思っていると
「花奏、こんな私は嫌い? こんな愛が重い女は嫌い?」
「いや、別に。でも俺はあいつを愛しているだけだ」
「魔王セレナを?」
「ああ」
「でも勇者は魔王を倒さないといけないんでしょ?」
「勇者は世界を救うだけ。俺がセレナを封印したのはそういうことだ」
葵は目を閉じて
「魔王セレナに会ってみたいなぁ。どんな人なんだろうね……花奏がそんなに愛している相手なんだから気になるよ」
「そうか……」
花奏が苦笑していると
「その後、どっちが嫁戦争しないと」
結婚したんだが、とは言えなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます