ヘカーティアという変人

「それじゃ、また明日。そう言えば聖女ってどんな人なの?」

「会えば分かるよ……凄い個性的だ」


 何故か疲れたような顔の花奏に葵は首を傾げた。そして


「花奏、一緒に寝る?」

「……いや、遠慮しておくよ。お前にもあいつにも申し訳ない」

「そ。それじゃ」


 背中を押すようにして、葵は花奏を自室から追い出した。そして――人知れず、嗚咽が漏れた。


*****


「葵……おはよう」

「おはよう、正樹。相変わらず眠そうね、眠れなかったの?」

「まぁね」

「ふぅん、オナニーでもしていたの?」


 葵はそういった言葉を平然と言える系女子だった。外見は完全に清楚なんだが読んでいる本はラノベや官能小説が多い。そういった見た目とのギャップに惹かれる者も多いが


『あの、橘さん』

『……(あ、ここで引くの? 次の巻、いつ発売なんだろ)』


パタン


『橘さん?』

『……(他のを読もうかな)』


ペラリ


『あの、橘さん!?』

『え!? いきなりなんですか?』

『いきなり?』

『え?』


 そういった会話を経て、心を折られる者ばかりだった。そして葵は陥落されない絶対城塞と呼ばれていた。ちなみに花奏は優しき無情と呼ばれていた。理由は女子にも優しいが恋愛感情を抱いてくれないからだ。もちろんセレナを愛しているからだ。


「葵……大丈夫か?」

「……何が? 顔色でも悪い?」

「なんか泣いた跡があるんだけど」

「……ちょっとお花摘んでくる」

「行ってらっさい」


 正樹は少し面白そうに思いながら廊下を歩く。すると


「俊」

「ん?」

「意外とテンション低そうだな?」

「……はしゃぎ過ぎて疲れた。でもとりあえず今日も頑張る……そうさ頑張るんだ俺……」

「何がお前をそこまで駆り立てるんだ」

「花奏がハーレムを作っているんだから俺も作るんだ……」


 そう言い残して床に倒れた俊を眺め、正樹は思案する。俺が助けても良いが、こいつが望んでいるのは――


「あ、すいません。俊がちょっと調子悪そうなんで看病してやってくれませんか?」


 メイドに頼む。例えその手に指輪が嵌まっていても寝起きのその瞬間は嬉しいだろうな。良いことをしたつもりになっていると


「花奏、寝癖酷いぞ」

「……ぁ、マジで?」

「ああ。そろそろ長髪止めろよ」


 花奏はため息を吐いて腕に巻いているバンダナを頭に巻いた。そのまま髪を無理矢理整えて


「よし」

「それで今日は何をするんだ?」

「契約したからな。もう強くなるんならなんでも良いんじゃないか?」

「強くならないとこの辺りのモンスターにも勝てないのか?」

「モンスター?」


 花奏は何を言っているんだ、と言うような表情で俺を見た。そしてあぁ、と頷いて


「この世界にモンスターはいない。言うなれば魔物……悪魔ぐらいだな」

「そうなのか……」

「まぁ、敵じゃないんだけどな。まぁ、人間と同じで善人も悪人もいるだけだ」

「……花奏はどう思っているんだ?」

「敵対されたら斬る、それだけだ」


 随分と物騒な考えだ、と思いながら――日の出を迎えた。


*****


「愛している……あなたを誰よりも」

「そんなことはない。俺を愛している者はいない」


 かつての自分の言葉を思い出し、身もだえる。彼が最後には愛してくれたからこそ、私は今でも生きていられ、そして子持ちとなった。だが


「あなたを愛している者は私だけ……なの?」


 虚空にそう問いかける。すると妄想の中の彼は首を横に振って


「俺を愛している者はいない」


 いつものどうでも良さそうな顔でそう言った。


*****


「葵、顔がびしょ濡れだぞ?」

「良いの。顔洗っただけだから」

「……そうか」


 花奏はまた、朝ご飯を食べていない。それはともかくとして


「それであいつはそろそろ到着する頃だよな?」

「ええ、そろそろですね。彼女の娘はこの国にいますけどね」

「……娘、か。お前ら三人揃って一回で妊娠かよ」

「ん? 言われてみればそうだな」

「アレは……凄い偶然ですね」


(偶然? ふふふ、真実を知らぬ者は愚かなことこの上ありませんね)

(ならお前も愚かなことこの上ないな)

(ふふふ、相変わらずカナデ様は冷たい……でもそこが良い)


 ネクロスの戯言を無視して水だけを飲む。果物の香りがするそれを飲んでいると


「カナデ、今日の勇者様方の訓練はどのようにしましょうか」

「俺に聞くな。俺は別に訓練をする気も無いし受ける気も無い」

「そうですか? では葵たちがどうなろうと知ったことではないと?」

「っ!?」


 あれ、この会話デジャヴ。そう思いながら大太刀の柄を撫でて


「切り裂かれたくなければ怪我を癒やしてくれ」

「そういったのを得意としているのは彼女ではありませんか?」

「まぁ、ね。でもとりあえずあいつが来るまで「私が来るまで、なんですか?」

「「「っ!?」」」


 思わず三人で顔を見合わせてしまった。そして恐る恐る開かれた扉に目を向けると


「っ、カナデ~っ!」

「っ!?」


 思わず飛びずさる。直後、俺の座っていた椅子がぐちゃってなった。


「どうして避けるのですか!?」

「俺の体がぐちゃってなるからだ!?」

「良いじゃないですか!」

「何がだよ!?」


 もう我慢できない、とでも言いたそうにヘカーティアは飛びついてきた。それをなんとか大太刀で防いで


「アクラ、なんとかしてくれ!」

「叩っ切れと? 嫌だぞんなの」

「俺を助けるだけで良いから!」

「しゃぁねぇなぁ」


 アクラの手が霞んだ。直後、ヘカーティアが天井近くまで吹き飛ばされた。しかしヘカーティアは空中でくるん、と回転して天井を蹴って急速落下してきた。


「アクラ、もう斬れ!」

「や、さすがのあたしでもそれは忌避するぜ?」

「俺が死ぬぞ!?」

「いやいや、カナデが死ぬのも嫌だけどよ、ティアが死ぬのにも抵抗はあるぜ?」


 アクラは言いながらヘカーティアを抱き留めて


「危ないよ、ティア」

「その声……アクラですか!?」

「ああ、そうだよ。久しぶり、ティア」

「カナデの匂いがするのですが……最近、会いましたか?」

「ん? ああ、そこにいるよっと!?」


 アクラは飛び出しそうになったヘカーティアを押さえ込んで


「あいつは逃げないしお淑やかな女性が好きって言っていたぜ? 今のお前は真逆だぞ?」

「はっ!? それはいけませんね、しっかりとしませんといけませんね」


 ふぅ、と小さく息を吐いて


「お久しぶりです、カナデ。あなたと旅をした日々を、一日たりとも忘れ

たことはありませんでしたよ」

「……久しぶりだな、ヘカーティア。早速だがお前の蹴った天井にひびが入っているんだが」

「え……でじゃ聖都へ請求してください。あ、名前は私で構いません」

「分かりました、ヘカーティア。三倍ほどにして請求しますね」

「ええ、どうせどこに使っているのか明かされていないお布施なんです。むしろこっちに使う方が修理業者もお金が入りますからね」


 聖女にならされた少女は黒い笑みで言う。それにヘカーティアも頷いて、アクラは豪快に笑った。そしてヘカーティアが開け放っていた扉から一人の少女が顔を出した。


「カナデ、私の娘を紹介しますね」

「……ああ」「あなたの娘でもありますよ」

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