カナデという教師紛い

「あれでも当たらないのか……一体どんな動きしてんだよ」

「いや、中々速かった。正直、驚いたぞ」

「……兄ちゃん……でもあたしは全然敵わなかったぜ」


 レンは大きくため息を吐いて大太刀を鞘に収めた。硬い鞘ではなく、布で巻いたような鞘だ。そして


「あたしはもう良いよ……諦めた」

「何故だ? 正直、驚かされたからな。一緒に来るって言うのなら止めないが?」

「え!?」


 レンが俺を指差し、口をパクパクさせている。その様子を眺め、アクラは笑っている。そしてそのまま新たな木刀を握りしめて


「レン、今日限りで剛刀一閃流を一旦忘れろ」

「お母さん!?」

「生き抜くための剣を学んでこい。そいつなら色々教えてくれるさ」

「……剛刀一閃流は相手を殺すためだけの剣、俺の剣を使ったところでどうなると言うのだ」

「分かっちゃいないねぇ。弛んだ糸よりも張り詰めた糸の方が斬りやすいんだぜ?」

「お前の場合どっちでも出来るだろうが」


 まぁな、と頷くアクラ。……いや、ちょっと待て。


「おい、そもそもお前が着いてくれば良かったんじゃないのか?」

「着いて行けないって言っているだろうが……第一お前たちはもう人数が多い。これ以上増えるのは良くないだろ」

「……かもな。あの時は4人でも大変だったからな」

「それは……構成員がダメだっただけだろ。見た感じお前らは仲良さげだし良いんじゃねぇの? 一人くらい増えても」

「一人くらい……か。なんだか嫌な予感がするんだよな……」


 カナデの言葉にアクラはだろうな、と思った。だが何も言わず、目を閉じた。そして


「カナデ」

「なんだ?」

「少し待っていろ。お前のための大太刀を持ってくる」


*****


名刀炎天煉刀、燃え盛るような刀身が綺麗だろう?」

「……ああ。でもアクラ、結構値が張るんじゃないのか?」

「ん? かもな」


 アクラは半ば強引に俺に押しつけて


「アオイ、マサキ、シュン、レン。こいつはそそっかしいし馬鹿だからしっかり支えてやってくれ」

「お前が言うか? お前の方がそそっかしいだろう。腹が立ったら斬っていたくせに」

「あー、止めようか、この話」


 娘の目から逃げるようなアクラに笑っていると


「勇者様方、聖都より呼び出しがありました」

「テレーゼさん……? 私たちを呼び出したんですか?」

「はい。ですが勇者様方を呼び出すとは……無礼千万、行く必要は無いでしょう」

「テレーゼ」

「何でしょうか、アクラ」

「あいつだろ?」

「はい、あいつです」


 二人のやり取りで俺も察した。三人同時にため息を吐いていると三人が不思議な物を見る眼をしていた。だがそれを説明する気は無い。


「テレーゼ、あいつを呼び出し返せ。つかむしろ勇者を呼び出すのは間違いだろ。逆だろ?」

「ええ、アクラの言う通りです。ですから勇者様方はしばらくこちらで訓練をしてください。午後には魔法の訓練をしましょう」

「「「魔法!?」」」


 喜びの声、それにテレーゼは顔を綻ばせ、アクラは複雑そうに顔を歪めた。鬼人は魔法を使えない。だがそのハーフのレンならば……


「それではそろそろお昼ご飯にしましょう。アクラ、レンさん、ご一緒にいかがですか?」

「あたしら、結構食うぜ?」

「知っていますよ。何年一緒に旅をしたと思っているのですか?

「10年ぐらいか?」

「2年ですよ」

「2年……それって花奏も2年一緒にいたの?」

「はい、そうですよ……何故カナデが隠しているのか分かりませんけどね」

「……話したくないことがあっても良いだろう?」

「はん」


 テレーゼは鼻を鳴らした。


*****


「ヘカーティア様、勇者様方から手紙が来ております」

「……どんな手紙?」

「『呼び出すな、そっちが来い』、とのことです」

「元より私はそのつもりだったのに……あなたたちがダメって言ったからよ。ちゃんと反省しなさい」


 聖女ヘカーティアはため息を吐きながら自室に戻ろうとする。しかし


「ですがヘカーティア様が出向けば我ら聖教の「聖教に何か影響があるとでも? 唯一無二の宗教ですよ」

「……」

「これ以外の宗教はない、だったら無宗教か聖教かの二択でしょう」

「……信徒でない者がこれを糾弾するかもしれませんぞ?」

「したいのならばすれば良い。魔王セレナが復活するのならば……」


 どうせそんなもの、無意味となる。ヘカーティアは少し、ため息を吐きつつ旅をしていた頃の荷物を取り出す。いや、準備はすでにしていたのだ。魔王セレナがまた現れたときにそれを決意し、開始したのだ。


「しばらく戻りません。お達者で」

「ヘカーティア様!?」

「おいで、《風の精霊エアリアル》」


 手の上に浮かぶ薄緑色の光の球が瞬いた。魔法の一種、契約魔法だ。契約した相手は《風の精霊エアリアル》、その力は風を起こし、私が空を飛ぶことを可能としてくれる。


「……魔王セレナが復活したらまた、戦争が始まる。だからそれまでに備えておかないといけないのに……」


 世界が滅んでも良いのだろうか、あの男は。なんという立場だったか興味なんてない。どうでも良い人間だ。


「カナデ……あなたがもう一度この世界に来たって事は、そういうことなの?」


*****


「アオイ、もう少し食べたらどうですか?」

「……どうして?」

「カナデがまったく食べていませんからね」

「見るからに毒混じっているだろ」

「ふふふ」

「ポイズンドラゴンの肉だろこれ」

「よくご存じで」

「つかお前、俺に嫌がらせをするためにわざわざポイズンドラゴンを?」


 テレーゼは薄暗い笑みを浮かべる。その顔を殴りたくなった。とりあえずは俺の剣を取りに行かないといけないな。無手で勝てる相手じゃない。そう思いながらため息を吐いて


「カナデ、こっち食えよ。あたしは毒大丈夫だから」

「悪い……だが遠慮するよ。お前毒に耐性があるわけじゃないだろ」

「食って慣れた」


 そういう問題なじゃない、そう思いながら手元に小型の魔方陣を描く。形態はシンプルな五法星、そしてそれぞれの頂点に魔法を構成する語句を描く。今回したいことは《解毒》のたった一言で事足りる。いや、一応疲労回復も描いておくか。


「花奏、なにそれ」

「魔法だよ。午後から葵たちが学ぶやつ」

「魔方陣式なの? 時間がかかりそうね」

「これだけじゃない。3種類あるぞ」

「そんなにあるのか?」

「契約魔法はあるか!?」

「ある」

「召喚魔法は!?」

「無いわけじゃない」


 含みのある花奏の言葉に正樹はにやりと笑って


「何かしらの条件があるんだな?」

「ああ、中々難しいぞ?」

「望むところだ」

「とりあえずは昼ご飯を食べてしまいましょう」


 テレーゼの言葉に手が止まっていた3人は慌てて食べ始めた。


*****


 魔法は3種類存在する。発動形式で分けられているそれは《方陣魔法》と《文式魔法》と《契約魔法》に分けられる。


「大体全部分かるのだけど一応説明してくれると助かるわ」

「あぁ、そうだな。まずは方陣魔法、これは俺がさっき使った解毒の魔法みたいに器を描き、その中に意味のある言葉を描くやつ」

「どうやって描くの?」

「えっとだな……」


 解説しているカナデを見て、テレーゼは立場を奪われていると思った。

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