レンという娘

「相変わらずここの飯は味が濃いいな……」

「嫌なら食べなくて結構ですよ」

「ふん……」


 テレーゼの言葉に鼻を鳴らしながら目を閉じる。訓練、か。何をする気なのやら。

 例え聞いたとしてもテレーゼは何も言わないだろう。だから何も言わず、さっさと食べ終えて


「カナデ、どこに行こうというのですか?」

「別に良いだろう。訓練とやらを俺が受ける義理はあるのか?」

「ふむ……そう言われればそうですね。ですがカナデ、あなたが知らないところで三人がどれだけしごかれても知りませんよ?」

「っ……相変わらず脅迫に躊躇いが無いな……っ」

「それの何が悪いんですか?」


 糞王女め、と内心で口汚く罵る。テレーゼは何も言わずに嗤った。


*****


「で、お前だよ」

「どうしてげんなりしてんだよ……アレか? 寝不足か?」

「いや、そんなんじゃない」

「んじゃまたテレーゼか……お前、あいつ斬らないのか?」


 王女じゃなければ斬っている、そう言うとアクラは豪快に笑って娘の頭を撫でた。そしてその手を払って


「おい、兄ちゃん」

「どうした、レン?」

「あたしはあんたをお父さんって認めてないかんな!」

「……ああ、構わんよ。俺もお前は娘って言うより妹って感じだしな」


 レンの額に青筋が浮いた。そしてその腰に下げられていた大太刀が振られた。咄嗟にその大太刀を避けて


「危ないな……アクラ、どんな教育をしたんだ?」

「ん? お前を叩っ切れって」

「……そりゃ随分と恨まれているみたいだな」

「はん、自業自得だ」

「だな」


 そして5分後、俺たち4人は木刀を持たされ、何故かレンとともに素振りをしていた。仕方なく、それに従っていると


「おいカナデ、お前はあたしと斬り合え」

「……いやいや、俺に死ねと?」

「大丈夫だ、あたしも木刀を使うさ」

「……それでも死ぬだろ」

「大丈夫大丈夫、なんとかなるって」


 アクラは相変わらず話を聞かない。そう思うともの凄く……やるせない。だから木刀を逆手に握り、柄を尾てい骨まで下げる。


「レン、よく見ておけよ。これが剛刀一閃流始祖の剣だ」

「お母さん……分かったぜ」

「行くぞ、カナデ!」

「出来れば来るな」


 花奏は嘆息しながら姿勢を低くした。そしてそのまま目を細めて


「剛刀一閃流基礎にして奥義! 一閃!」

「閃き返し!」


 高速の一閃への返し技、それは単純明快な速度で勝るだけだ。相手よりも遅く抜き、相手よりも速く最高速になり、相手の剣の横っ腹をぶっ叩く。それだけの技だ。


「お母さん!?」

「っち……つまらない技を使いやがる」

「悪いが俺も死にたくないんでな。それに俺はまだ、技を使えるぞ?」

「そりゃあたしもだよ!」


 砕け散った木刀の残骸を投げ捨ててアクラは二本、木刀を手にした。そしてその片方を投げ渡して


「行くぜ!」

「来るな」


 肩狙いの木刀を高速の一閃で打つ。しかしその一閃は木刀のなだらかな面を逸らした。そしてその隙間に飛び込んで


「剛刀一閃流邪の型、弐の太刀!」

「っ!?」


 柄を叩き割った。アクラの手から木刀が吹っ飛んでいくのを眺めつつ、一息吐くと


「おい!? 剛刀一閃流は一撃必殺だろ!? どうして二撃目を放ったんだよ!?」

「……レン、始祖相手に何を言っても無駄だぜ。そいつはただ剣を振っただけ、それを流派って言ったのはあたしだからな」


 母娘間で何やら言い争いが始まった。それを無視して木刀を握りしめて


「俊、どうだ?」

「向こうと同じ感じの木刀だね……十全に振るえると思うよ」

「そうか。正樹と葵は?」

「特になし」

「今まで持ったら重かったのに……これが勇者の力なの?」

「ああ」


 葵は不思議そうな顔で剣を振るった。そしてそのまま俺に斬りかかってきた。俺は無手だぞ、と言おうと思いながらその木刀を掴んで止める。さらに捻りながら引っ張って葵の手から木刀を取る。


「え!?」

「……レン、葵に剣を教えてやってくれ。アクラは二人に、基礎は出来ているはずだ」

「へぇ? そうなのか?」

「ああ。正樹と俊は剣術部だったからな」


 アクラは二人を眺める。しかしその二人はそんな視線にお構いなしで斬り結んでいた。ちょくちょく冷や冷やするんだが、お互い上手い感じで防ぎ、避けていた。慣れている、と言うのが一番近いだろう。そしてそれを眺めてアクラはほぅ、と感嘆の息を吐いた。


「確かに所作の端々に見え隠れする何かがあるな。でもあの程度じゃ平然と死ねるぞ」

「そうだろうな……テレーゼから魔法系も習って……そこからようやく出発できるだろうな。だがアクラ、お前はどうする気だ? 俺たちに着いてくるのか?」

「いや、あたしは行かないよ。行くとしてもレンだけだ……あたしは同情があるからな」

「そうかよ……あ? レンを!?」

「ああ、そうだよ。レン、行きたいんだろ?」

「……行きたいけど行っちゃダメなんだろ? 兄ちゃんは絶対にそう言うさ」


 何故バレているんだ。花奏がそう思っているとアクラの手が頭を叩こうとしてきた。とりあえずそれを避けて


「レン、危険だぞ? 旅の途中で襲われて身ぐるみ剥がれて奴隷商人に売り飛ばされて一生暗い檻の中で過ごすかもしれないんだぞ?」

「……そうだろうな。でもあたしは行きたいんだ!」

「どうしてだよ? 世界を救いたいなんて巫山戯た願望でもあるのか?」

「そんなものは無いけどさ……勇者なんだよな? あんたは」

「ああ、そうだな。だからと言っても何にもないぞ」

「……そうなのか?」


 花奏は少しため息を吐いて目を閉じた。そしてそのまま木刀を握り、その先端をレンに突きつけた。


「一撃、俺に入れてみろ。それが出来れば良いだろう」

「カナデ……良かったな、レン」

「ああ!」


 レンは返事をしながら大太刀を振るった。しかしそれは木刀で軽々と逸らされてしまった。これが剛刀一閃流の始祖、届かないと素直に実感した。お母さんとは違った方向で敵わない、と思っていると


「来ないのなら終わるが? お前を連れて行く価値が無いと判断するがそれで良いのか?」

「ちょっと花奏? そこまで言う必要は無いんじゃないの?」

「葵、お前は甘いよ。この世界だと平然と人は死ぬ。俺はレンにも死んで欲しくないしお前にも死んで欲しくないんだよ」

「……カナデ、レンの全力を見てからそれは判断してくれ。レン!」

「なに?」

「全力を出せ。アレを使ってでも良い、カナデを驚かせてみろ!」


 それに花奏が一体何だろう、と思っているとレンの表情がぱぁっと明るくなって


「良いの!?」

「ああ、存分にやれ。カナデ、頼むぞ」

「……分かったよ」


*****


 葵は少し複雑な表情でそれを眺めていた。しかし心境的には分からなくもなかった。


(危険な旅に娘を巻き込みたくない……かぁ。お父さんしているなぁ。しかも娘ちゃん、あんなに可愛いし……)


 私も産みたい、と思って赤面する。そしてその瞬間、異変が起きた。レンちゃんを中心に風のような物が巻き起こっていた。これはまさか


「オーラ!?」

「行くぜ、兄ちゃん!」


 そう言ったレンちゃんの額には一本の輝く角があった。そしてそのまま大太刀を振るい、花奏の持っている木刀を切り落とした。

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