セレナという魔王

「カナデを殺そうとしたの……?」

「ええ、しましたよ。ですが彼は……」

「彼は?」

「いくら毒を飲ませても死なず、どれだけナイフで刺そうとしても防がれまして……」


 ふーん、と思ったが……ちょっと待て。


「毒、飲んだの!?」

「え、ええ。カナデは吐血しながら辺りをごろごろ転がっていたりしましたよ」

「何故笑顔で言えるんだ」

「Sじゃね?」

「あぁ、なるなる」


 正樹と俊の会話に葵は鋭い瞳を向ける。それに二人が震え上がっていると


「テレーゼ様、無礼を承知で申し上げるわ」

「なんでしょう?」

「あんた、最低さいっていね」

「……存じあげております」

「だから一発殴らせなさい。これは花奏の分よ」

「分かりました」


 葵は振りかぶり、思いっきり殴った。それを頬でテレーゼは受け止めて


「……ありがとう、アオイ。感情を素直に表に出してくれて」

「……ふん、感謝するなんておかしいわよ」

「そもそも女同士が男狙いで殴るってどうなんだ?」

「キャットファイトならありだろ」


 正樹と俊のやり取りに葵はそっと手を振りかぶる。それにテレーゼは頷いて手を振りかぶった。そして青い顔になった二人を見つめ、二人は自然と笑っていた。

 葵は少しため息を吐いて


「テレーゼさん、感情的には好きになれないけど仲良くしてね」

「……ええ、こちらこそ仲良くしてください」

「おい、なんだか俺らは仲良くなるために使われたっぽいぞ」

「みたいだね」


 二人がため息を吐いた瞬間、遠慮がちなノックが。そしてそのままゆっくりと扉が開かれた。そこに立っていたのは――青き瞳を持った一人の男だった。


「あなたは……どうして生きているんですか? カナデが封印したんじゃないんですか?」

「封印? 封印……?」

「魔王セレナ、何故あなたがここにいるのですか? いえ、幻影ですね」

「よくぞ見破った……と、言いたいが封印? 俺が?」


 青き瞳の青年は少し首を傾げて


「あぁ、そう言えばそうだったな……なるほど、お前たちには何も話していないようだな」

「何も……? カナデが一体何を言ったというのですか?」

「言っていないだけだよ……なるほど、ならば俺が説明する必要がありそうだな」


 青年は暢気に構えている。だが他の四人はそうではなかった。ぴりぴり、としていた。だから


「そう構えなくても良い。どうせ今日は伝言だけなのだからな」

「伝言……? 魔王セレナが誰から伝言を頼まれたのですか?」

「……魔王セレナ様にそんなことを頼めるはずもない」

「え? 魔王セレナ?」


 魔王セレナと呼ばれているのに魔王セレナじゃない? そんな疑問が葵の頭に浮かんだ。そしてそれはテレーゼも同じようで


「あなたが……魔王セレナじゃない!?」

「俺は何度も否定したはずだがな……ふん、あの男は何を考えているのやら」

「あの男?」

「……伝言だ。勇者カナデが再びこの地に舞い降りたのならば……来い、と」

「来い? 誰からの伝言ですか?」

「教える義理は無い」


 青い瞳の青年がそう言った瞬間、


「……セレナか?」

「っ!? カナデ様! 本当にお戻りになられたのですね!」

「……俺の質問に答えろ。あいつなのか?」

「はっ!」


*****


「花奏……さっきの、知り合いなの?」

「ああ」

「悪魔と知り合いになっていたのですか? 魔王封印した後にそんなことをしていたんですね」

「……」


 テレーゼの言葉を否定しても良かったが……何も言わない。言いたくない。

 あいつとの共同生活の間に知り合った悪魔の中でも偉い奴だったはずだ。その幻影と言えど、侮れる相手ではない。名前は忘れた。


(……ネクロス、起きているか?)

(……はい。ですが他の者の気配がありますよ?)

(後で少し話がある。だからそれまで眠るな)


「アクラと会ってきたのですか?」

「ああ」

「そうですか……では彼女の娘とは?」

「ああ。強い子だった」

「剣を交わしたのですか!? 自分の娘と!?」

「「「娘!?」」」


 三人が驚いているがそんなのはどうでも良い。そしてテレーゼはそっと目を伏せて


「……彼女は変わらないようですね」

「なんだ、関係を断っていたのか?」

「いえ、明日会う予定がありますよ?」


 マジか、と花奏は思った。そして状況に着いて行けない二人は目を白黒させ――葵は容赦なく手を振るった。それは花奏の頬に赤い手の跡を残した。


「……痛いな」

「二人の女の人と関係を持っていたの?」

「……そう言うわけじゃないさ」

「ええ、そうですね。最後まで逃げようとしましたからね」


 テレーゼの言葉に葵が反応する。しかしテレーゼは何も言わず、目を閉じた。そして


「もう寝ましょう。明日もあるのですから」


*****


 もちろん眠れるはずもない。そしてそれは彼も同じだったようだ。


「眠れないのか?」

「花奏こそ」

「……あぁ、やっぱり色々思うところがあったよ」

「この世界に来るのは二度目なんですよね?」

「ああ」

「……いつ、ここに来ていたんですか?」


 葵の言葉に少し戸惑う。それを聞かれるとは思わなかった、と。だからどう答えるか、と悩んで――


「俺がお前を好きだった頃だ」

「……え」

「……あの日、俺はお前に告白しようとした……あの瞬間だった。俺がこっちの世界に来たのは」

「ちょっと待って……どういうこと? 好きだったってどういうこと!?」

「言葉通りの意味だ……まぁ、好きだったんだよ」


 本当なの、と葵は呟いた。それに頷いて


「好きだったんだ。本当に好きだった」

「……私も、好き。現在進行形で、大好き」

「……そうか、嬉しいよ」


 だが花奏の表情は明るくない。だから問うた。どうしてそんな暗い表情なの、と。


「俺はもう……恋愛的な意味でお前は好きじゃない」

「……」

「お前に告白しようとした瞬間、俺はこの世界に召喚されてしまった。必死に生き延びて、お前に好きだと言うために俺は戦ったのに……肝心のお前には、好意を向けられなかったんだ」


 情けない話だ、とぼやく。葵の顔が怖くて見られない。だから目を閉じて


「それじゃ、ゆっくり休めよ」

「……花奏、一つだけ言いなさい」

「……何を?」

「あの二人以外にも子作りした相手はいるの?」

「……ああ」

「その人たちは好きだったの?」

「……一人だけ、好きだった。好きになれた。好きになってしまった……」

「そう」


 葵は深い、深いため息を吐いて俺の肩に手を置いた。そして俺を振り向かせた。殴られる、そう思って目を閉じたが……感じたのは柔らかく、温かい感触だった。


「……葵……?」

「……ファーストキス、なんだから。絶対に忘れないでね」

「……ああ。忘れられないよ」


*****


「カナデ様、どうしたのですか?」

「……ネクロス。セレナは復活していないのか? それとも別のセレナなのか?」

「よく分かりましたね。別の魔王セレナです」


 ネクロスは目をそっと細めて


「カナデ様、セレナ様に会いに行かれるのですか?」

「……ああ、いずれ行くさ。だがまだ、俺は護りたい者がいるから……遅れるって伝えてくれるか?」

「嫌です」


 その返答に苦笑していると


「花奏、起きてる? 朝ご飯食べたら訓練だって」


 護りたい者が扉越しに声を掛けてきた。

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