ヘカーティアという聖女

「おいおい、危ないな」


 あのタイミングなら斬れたはずだった。いや、寸止めにするつもりだった。それなのに受け止められていた。レンは戸惑いと共の、その結果を眺めていた。

 この男は何なんだ、と思いながら眺めていると


「レンちゃん、危ないからいきなり斬りかかるのは止めようぜ?」

「お前が危ないとか言うかよ。冗談にしては笑えないね」

「アクラ……お前が言うか?」

「ははは、違いない」


 あの頃のアクラは何か嫌なことがあれば、斬って解決しようとしていた。それを思い出しながら襖を開ける。そのまま靴を、スニーカーを履いて


「おい、剣はどうした?」

「剣……あぁ、セレナを封印する際に使った。手元には無いよ」

「セレナか……あたしも戦ってみたかったぜ」

「お勧めはしないな。あいつ、容赦なく殺そうとしてきたぞ」

「テレーゼと同じじゃねぇか」


 だから俺は彼女に耐性があったのか、と呟く男。そして男は素手のまま、あたしを見つめて


「徒手空拳でも何とかなる……と良いな」

「舐めてんの? ぶった切るよ?」

「大丈夫大丈夫、そいつはぶった切っても問題ないから」

「おい!?」


 男は驚き、お母さんを見た。そしてお母さんは頷いた。だからその無防備な背中に切りつけた。斬りつけた、はずだった。なのに刀は止められていた。その二本の指に。


「意外と速いんだな。驚いたよ。その若さで大したものだ」

「そりゃあたしん娘だからな」

「お前、どれだけしごいたんだ?」

「さてね」


 お母さんはにやにや笑いながらこちらを眺めている。それに気づいてしまうと、負けたくなかった。だから愛剣、《桜刀楽園》を手元に戻す。そのまま鞘に収めて……目を閉じる。そのまま腰に添えてー-放った。


*****


 剛刀一閃流はその名の通り、一閃で片を付ける剣技だ。その構えは日本で言う、居合いに近いものだ。高速の一撃を放つ最適の構え。

 上から来るか、下から来るか分からない高速の斬撃。それが強みだ。だからこそ、俺は少し真剣に受けないといけないわけだ。


「……アクラ、剣を貸してくれるか?」

「へぇ、構わないぜ。っつっても素振り用の木刀しか無いけどな」

「お前の娘、真剣を街中で持ち歩いているのか? 物騒だな」

「木刀の方が物騒じゃね?」


 アクラと少し考えながら木刀を受け取る。しかし今の、下手したら俺の頭が木刀で吹っ飛ばされそうだったんだが……考えないようにしておくか。

 とりあえず俺は木刀の刀身を逆手に握り、尾てい骨の辺りまで下げた。


「同じ構え……? あんたも剛刀一閃流なのか?」

「いいや、違うぜ。そいつが前々から言っていた剛刀一閃流の始祖だよ」

「っ!? こんなひょろい男が!?」

「あぁ、そんなひょろっちい男がだ」


 随分な言われようだ、と思いながら木刀の柄にもう片手を添える。そしてそのまま腰を落として


「そっちから来い。剛刀一閃流の技を見てみたくなった」

「レン、全力で放て。それが一番良いぜ」

「分かったぜ、お母さん」


 そっと腰を落として腰の大太刀の柄に手を添えている。確かにあの構えは俺が編み出したものだ。だがそれの原型は侍たち、俺じゃない。模倣の剣だ。


「剛刀一閃流奥義にして基礎、一閃!」

「閃き返し」


 下からの高速の一撃、その刀身を横から打ち、逸らさせる。地面を割る斬撃に冷や汗をかきつつ、折れた木刀を投げ捨てる。

 一歩間違えれば俺は死んでいた。かつての俺なら間違いなく余裕を持って対処できたはずなのに……


「アクラ、レンちゃんは強いな。お前にそっくりだ」

「はん、あんたにそっくりなんだよ」

「え?」

「アクラ!?」

「良いじゃねぇか。お父さん?」

「……え……嘘だろ……嘘だろ!?」

「アクラ……」


 何も言えなかった。そしてそんな俺を見つめ、アクラは少しため息を吐いた。そのまま目を閉じて


「カナデ、あんたはそろそろ自覚すべきだ。あんたはもう、この世界に「黙れ!」

「……」

「俺は……俺は……っ!」

「……分かっているよ。でもあんた、幸せそうじゃないね」

「っ!?」

「……帰りな。今日はもう、落ち着いて話せそうにないね」


*****


「お母さん、あの男があたしのお父さんなの?」

「ん……そうだよ」

「人間なの?」

「ああ。だからお前は鬼と人間のハーフだよ」

「そう……あの男、何だったの?」

「お前の父親だよ」


 はぐらかすな、そう言いたかったが


「あいつは元勇者だよ」

「……元?」

「そう、死んだはずの亡霊だよ。何度か話した行方不明の勇者だ」


 本当に生きていたのなら叩き切っていた、そうお母さんは言い切った。どう見ても、生きていたんだけど……


「お母さん、お父さんなんだよね? 殺しちゃうの?」

「ん……そう言われると困るな……一発で済ますか」


 一撃必殺を流派の心得としているのに、とレンは思いながら食器を片付けた。


*****


「さて、カナデは中々帰ってきませんわね」

「テレーゼ様、花奏とどういう関係だったんですか?」

「マサキ様、私に様を付ける必要はありませんよ。テレーゼ、とお呼びください」

「え、でも王女なんですよね?」

「ええ」


 テレーゼはやんわりと微笑んで


「ですが身分が少し高いだけの恩納の子ですよ?」

「そうなんですか?」

「あのー、テレーゼさん。結局花奏とはどういう関係だったんすか?」

「あ、それ私も聞こうと思ってた」


 葵も興味を持った。それもそうだろう、好きな男のかつての知り合いで、親しそうに見えたからだ。しかしテレーゼは少し困ったように顔を顰めて


「どういう関係……ですか。少し、難しい質問ですね」

「恋愛関係にあったんですか?」

「子供がいるって言ってましたよね?」

「花奏の子なんですよね?」

「ええ、それは間違いありません」

「……」


 アオイの表情が冷たい。そうテレーゼは思いながら、何故かを察した。


「言っておきますがカナデは最後まで私を拒みました。ですが荒縄と麻痺毒を併用して何とか私はやり遂げただけですよ」

「……それって逆レイプって事? 犯罪じゃないの」

「でしょうね。ですが私はこの国の王女、法律を定める側です」

「っ、外道!」


 葵の平手をそっと見極め、その手首のツボを親指で押した。そして


「アオイ、私はあなたと事を荒立てたくないのです」

「痛い痛い痛い!? 離してよ!?」

「失礼。ですが私があなたと仲良くしたいというのは本当なんですよ?」

「……カナデを逆レイプしたくせに」

「……そう、ですね」


 テレーゼは目を伏せて


「私は王女です。そして魔王討伐に出た勇者カナデとともに旅をするとなれば……王女に掛けられるのは勇者の子を跡継ぎとすることが求められました」

「……だからって……」

「だから私はカナデを殺そうとしました」

「「「え!?」」」


*****


「聖女様、勇者が召喚されました」

「……静かにしなさい。お告げが下りそうです」


 聖女ヘカーティアは目を閉じて神の像に祈りを捧げる。そして――神託が下った。


「……神託が下りました。預言です」

「なんと!?」

「……近い未来、魔王セレナの封印が解け、復活するそうです」

「っ!? 魔王が!?」


 名も知らぬ従者を無視し、ヘカーティアは考える。何故魔王セレナがいるのに、魔王セレナが復活するのか、と。つまり


(魔王セレナの偽者……?)


 勇者たちに会わないといけない、とヘカーティアは決意した。

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