アクラという鬼

「花奏、こっちの飯って美味いのか?」

「調味料的な意味で言えば濃いな」

「つまり?」

「ジャンクフードに慣れているなら大丈夫じゃね?」


 俺の言葉に俊と正樹が安堵する。しかし葵は少し考えて


「花奏はこっちの料理でお勧めの、ある?」

「そうだな……葵だったらあの果物が良いと思う」

「あの?」


 どれだろう、と葵は思ったがそもそも思いつけるはずがないとは思いつけなかったようだ。そしてそのまま葵は少し期待しながら歩く。


「カナデ、あなたは相変わらずですね」

「……お前が言うか」


 日焼けした茶色の長髪に茶色の切れ長の瞳。さらに黒い、他のシュンとマサキと同じ服を着ている。違うのはその腕に相変わらずバンダナが巻いてある。模様も何も無いバンダナだ。


「お前こそ出産を経験したくせに相変わらずのスタイルの良さじゃねぇか」

「褒めても構いませんよ?」

「は、冗談」


 笑い捨てる。そしてそのまま扉を開けて


「内装も変わってないようだな」

「内装は変わってないそうね」

「「「……」」」


 葵の言葉に三人が固まる。そしてーー


「っく」

「……おい、テレーゼ」

「な、なんです?」


 顔を逸らし、誤魔化そうとするテレーゼ。それを眺めて目を細める花奏。しかし何も言わずに


「……」

「……」

「……」


 誰も何も言わず、そのまま食事をするために部屋に。相変わらず食堂と言うには立派な部屋だ。


「久しぶり、王様」

「久しいな、カナデ。あの場ではゆっくりと話せなかったからな」

「話すようなことがあったか? お前の娘のせいで俺は何度も死にかけたんだが」

「ははは」

「相変わらずむかつくな……」


 花奏は軽口を叩きつつ、王たちから一番離れた席に座った。そして葵たちが恐る恐る座って


「そう緊張しなくても良い。娘の処女より国の存続を選ぶような奴だ」

「カナデ……もう少しマシな紹介はないのか?」

「はっ」


 花奏は笑い捨てる。それに王は苦笑して


「変わらんな、お前は」

「お前らのせいで変わったよ」

「そうなのか?」

「ああ。相変わらず俺はお前たちを恨んでいるけどな」

「そうか……変わらんな」


 王は少しため息を吐いて


「悪かったな」

「思ってもいないくせに」

「ははは」

「ふん……それよりもさっさと説明しろ。魔王セレナが復活しただけなのか?」

「分からん。魔王セレナを名乗っている者がいるとしか分からん」

「使えねー」


 花奏の無礼な言葉は王の表情を動かすに足りない。そして


「シュン様、マサキ様、アオイ様。此度は我らの事情で召喚し、その上で「おい、俺には一言も無しか?」

「お前はすでに一度やっただろう? 二度も一度も同じだろう」

「テレーゼ、王位を奪い取ったらどうだ?」

「はんっ」


 鼻で笑われた。だが


「こんな国の王になっても何にもなりませんわよ」

「テレーゼ……お前……」

「ま、お前ならもっと良いとこ行くか」


 王は少し悲しそうに顔を歪めた。だがそれを無視して


「アオイ様、シュン様、マサキ様、お食事にしましょう」

「……はい」

「分かりました」

「あの……花奏は?」

「彼はきっと食べませんよ」

「食べませんって言うか食べられない物なんだが」

「うふふ」


 キノコしか見えないぞ。葵たちがキノコの名産地、なんて呟いているが無視して


「あら、なんと言う偶然かしら。私の料理にはキノコが一切入っていませんわ」

「何が偶然だ……お前、相変わらず純粋な嫌がらせが得意だな」

「おほほほほ」


 わざとらしく口に手を当てての高笑い、もう何を言っても無駄だ。そう思い、ため息を吐いて晩飯の調達方法を考えていると


「どうしてもと言うのならば譲ってあげても良いのですが?」

「ははは」


 席を立ち、そのまま扉を開ける。そこで振り返って


「テレーゼ、少しあいつらと会ってくる」

「……マジで?」


 素がでたテレーゼに王と葵たちが驚いている。しかしテレーゼは驚きを隠さずに……


「死なないで戻って来られます?」

「いざとなれば地域一帯ぶっ壊してでも逃げ帰るよ」

「その場合は王女として処刑しますわよ」


 舌打ちをして扉から出る。そしてそのまま廊下を歩き、覚えのあるテラスから飛び降りる。もう、この程度では危険とは思えない。勇者の力の一つ、異常なまでの頑丈性だ。


「……懐かしい街だ」


 城下町を歩きながらしんみりとしてしまった。案外俺にもそんなところがあるんだな、と感傷に浸りながら歩いていると


「…………道場、か」


 看板があった。そこにはでかでかと剣術道場と書いてあった。かつての民家とは変わった、そう思っていると


「邪魔なんだけど」

「ん?」

「なに? 道場破り? だったらあたしが斬るけど?」


 キンキン、と高い声だ。少し花奏は顔を顰めながらその少女を見下ろした。そこに立っていたのは自分の身長よりも長い大太刀を佩いている、額に一本の角が生えている少女だった。


「ここは剛刀一閃流、あんたみたいなひょろっちい兄ちゃんが来る場所じゃないぜ?」

「……いや、ここ前は俺の家だったんだけど」

「はぁ? ここはあたしん家で道場だ。変なこと言ってんじゃねぇよ」


 そう言いながら少女は門を潜った。それに着いて行っていると


「どうしてあんたが着いて来ているんだよ」

「昔住んでいたって言っただろ。それにーーあいつの気配だ」


 俺の言葉に少女が疑問符を頭の上に浮かべている。それを無視して歩いていると


「これはこれは、懐かしい顔じゃないか」

「……あぁ、そうだな。久しぶり、だな」

「死んだと思っていたよ。元気そう……じゃないね」

「はっ」


 渡り廊下で鬼はにやり、と笑って


「レン、そいつはあたしの友人だよ。警戒しないで良い」

「お母さんの友だち?」

「お母さん?」

「おい、カナデ。さっさと上がってこい。どうせ積もる話もあるんだろう?」

「そうだな……お前とはあるな」


*****


「お母さん、この人って強いの?」

「力強くても心は弱いよ」

「……酷い言い草だな」

「はん」


 鬼のアクラは豪快に酒を飲み、笑った。それに娘のレンが顔を顰めている。そして


「レン、手合わせしてみたらどうだ?」

「良いの?」

「ダメだ。アクラ、お前は娘に怪我させる気か?」

「はは、あたしの娘だぜ? お前ごときに負けるかよ」

「それがかつて共に戦った仲間への言葉か?」

「それが置き去りにした男の言葉か?」


 アクラの言葉に我に返る。アクラは表に出さないだけで、怒っているのだ、と。だから


「済まない、アクラ……置いて行って」

「まったくだぜ……ま、謝ったから許してやんよ」

「ありがとう、アクラ。恩に着る」

「何か美味いもん食わせろよ、それでチャラだ」


 アクラの掌が背中を打った。痛い、と思いながら懐かしい感触に頬を緩ませていると


「それでお母さん、あたしはこいつと戦って良いの?」

「ん、んー、良いと思うぜ。ま、こいつが乗り気じゃないならダメだけどよ」

「……いや、良いよ。俺も実力を知りたいからさ」


 娘の実力を知りたい、おかしな話だ。俺は父親としての義務を一切果たしていないというのに。そんな自分に呆れつつ、俺は床から腰を上げて


「よろしく頼むぜ、レン……ちゃん?」

「ちゃん付けすんな!」


 返しの言葉は大太刀と共にだった。

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