テレーゼという王女

「花奏が勇者……っ!?」

「マジか……」

「嘘……どういうことなの……」


 俊、正樹、葵に頷いて


「俺は……あの日、この世界に召喚されたんだ」

「あの日?」

「あぁ、あの日だ」


 あの日、と葵は虚空を見つめる。二人もそれに考えるがきっと分からないだろう。分からなくても良い、そう思いながら王に眼を向けて


「俺は確かにあいつを、魔王セレナを封印したはずだ。何故俺たちを召喚した」

「……魔王セレナが復活した」

「不可能だ! 俺を媒介に創り上げた封印術だぞ!」

「……カナデ? どういうことなの!」


 俺は少し躊躇いながら王女に眼を向けて


「……俺の剣を媒介にし、そこから俺の魔力を注ぎ込んだ。石化させ……もう、元には戻らないはずだ。だから解けるはずがない!」

「……カナデ、あなたの言っていることに嘘はないと思う。だけどきっと……他の何かがあると思う」

「……王女殿下……」

「そんな呼び方はもう止めなさい。またあの頃のように呼びなさい」

「……テレーゼ」

「よろしい」


 テレーゼは端的な言葉とは裏腹に微笑んで


「お帰りなさい、カナデ。またあなたの顔が見られて嬉しいわ」

「……俺は……そうでもないな」


 俺の言葉にテレーゼは青筋を立て、再び魔法を放ってきた。


*****


「とりあえず勇者様方を部屋にお連れしろ」

「はっ。カナデ、皆様。移動します」

「……花奏とどんな関係なんですか?」


 彼は何も話していないのか。そう思い、睨んでみると彼は首を横に振った。


「何故話していないの?」

「……話せる状況になかった」

「あの頃よりも身長も伸びている、時間が経っていたんじゃないの?」

「……色々複雑なんだよ。お前の方こそ何かあったのか? 前よりも落ち着いた雰囲気があるぞ」


 葵たちは魔法を撃ってきたのに落ち着いた? と思っていた。するとテレーゼは自分のお腹を撫でて


「出産を経験したからよ」

「……おぅ」

「あなたの子よ」

「だよなぁ……」


 思わずため息を吐くカナデ。それにテレーゼはため息を吐いて


「あなたは私たちを今でも憎んでいるのでしょう?」

「……ああ」

「……花奏、子供ってどういうこと!?」


 アオイと呼ばれている女性が口を挟んできた。それに花奏は少し、辛そうに顔を顰めて


「……テレーゼ、話しても良いか?」

「……あなたがそれを望むのならば」

「そうか。葵、まだ話せない」

「……?」

「いつか話せると思った時に話すよ」

「……セックス、したの?」

「ああ」


 花奏は衒いも無く頷いた。それにアオイは一瞬、その頬を引っ叩きそうにになるが


「……何よその顔」


 泣きそうな顔だった。だから叩けなかった。その代わり、頬に手を当てて


「花奏、あなたとテレーゼさんは結婚関係にあったの?」

「「はっ」」


 二人の吐き捨てるような笑いに思わず手を引っ込めてしまった。


「馬鹿馬鹿しい」

「俺たちがそんな関係に見えるのか?」

「……仲良く、無いの?」

「毎日のように殺され掛けたんだが」

「私が結婚したくないから仕方ないのです」

「そんな理由で殺されて堪るか」


 一体どんな関係なんだ、と葵は思っていると


「カナデ、あなたはどうするのですか?」

「どうって言われてもな……俺は自分の家に行くよ」

「あの家は現在、彼女が道場にしていますよ」

「……あ、そう。あいつが使っているのなら良いや」


 花奏は少し懐かしい者を思い出すように虚空を見上げ……


「テレーゼ、俺も部屋を使って良いか?」

「元々四人用の部屋を用意してあります」

「そうか……四人用?」

「ええ、四人用ですよ」


 5分後、葵が不満を抱いた。だがそれを諫める者はいなかった。


*****


「……花奏、話して」

「……何をだよ」

「いや、この状況じゃそりゃないだろ」

「さすがに話してくれないと困るんだけど」


 葵に続いた二人を睨んで


「何が聞きたい。言っておくが俺はこの世界が嫌いだ」

「「「え?」」」

「やはりそうですか」

「お前も嫌いだぞ、テレーゼ」

「ええ、私もですよ」


 俺たちが今一度、感情を確認していると


「それじゃあ教えて。花奏はこの世界に来たことがあるんだよね? そして勇者って呼ばれていたんだよね?」

「……ああ。だが俺たちは勇者だなんて……そんな憧れられるような素敵な者じゃなかった。俺たちは全員が被害者だ」

「被害者?」


 救う義務を負わされた被害者、勇者の妻にならないといけなかった被害者、戦わされた被害者、子を宿さねばならなかった被害者。誰もが自分の運命を恨み、俺を恨んだ。そして俺も彼女らを恨んだ。


「……っ!」

「花奏?」

「………………悪い、一人にしてくれ」


 思わず脳内の苦悩を表に出してしまったようだ。それを恥ずかしく、そして悔しく思いつつ逃げるようにして部屋から出る。追いかけて来ようとする気配、葵から逃げるように隠れて


「……目醒めよ、虚ろなる因子ーーその名は『愛』」


 封印を解く。もっともこの封印はセレナの封印じゃない。別の、だ。


「起きろ、死者の王ネクロス


 悪魔の封印を解いた。


*****


「あー、テレーゼさん?」

「何でしょう、マサキさん」

「花奏の奴、こっちで何してたんですか?」

「……色々ですね。最終的には魔王と一対一で戦い、封印しました」

「封印って……勝てなかったってことか?」

「封印も一つの勝利です」


 テレーゼは少し、達観した表情でそう言った。そして


「例えそれを証明する者が……いなくとも」

「証明する者がいない?」

「魔王と相対したのはたった一人、誰も連れずに彼は戦い……魔王と共にこの世界から消え失せました」

「……それが花奏」

「ええ。そして魔王は封印されているようです……ですが再び魔王を名乗る者が現れ、世界は混乱に巻き込まれました」

「……そのための俺たちか」

「はい」


 テレーゼは物怖じせずに言い切った。それに正樹と俊は顔を見合わせ、葵は視線を強くした。そして


「花奏に負わせた責務を……私たちに背負わせるのですか?」

「……ええ」


 葵の手がテレーゼの頬を叩こうとした。しかしその手首が掴まれ、止められた。


「最低」

「……分かっています」


*****


「ネクロス、こっちの状況をさっさと説明しろ」

「カナデ様、相変わらず冷たいですね」

「……ぶち殺すぞ」

「ひぃっ!?」


 ネクロスが床に額をこすりつけている。それを無視して


「さっさと説明しろ」

「ははははいぃ! 分かりました!」

「セレナが復活したと聞いた。本当なのか?」

「本当じゃないですけど本当ですよ」

「……何だと?」

「セレナと名乗る魔王が出現しただけで本人かは分かりません」

「ふん……」


 ネクロスは蒼髪蒼眼の美女だ。だが残念なのはその肉体が無いことだ。虚なる『愛』を求めた愚かな悪魔だ。


「ネクロス、魔王セレナについて調べろ。しばらく俺は動けないだろうからな」

「……分かりました、カナデ様。これからどうするのですか?」

「またしてもこの世界に来てしまったんだ。会わないといけない奴らがいる」

「仲間の三人ですか?」


 仲間……か。そんな素敵なものじゃなかったな。

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