第6話  大師はかく聞こえり。

行き交う車のけたたましいクラクション、

昼夜問わず鳴り響く爆竹。

中国の雑踏は、騒音と喧噪に溢れかえっております。

巷間でよく指摘される事ですが、たしかに大部分の中国人は大きな声で話します。電車やバスに乗っていても、平気で携帯電話を使って大声で話します。

中国人同士はいたって穏やかな内容の会話をしているのですが、中国語を知らない日本人が端で聞いていると、中国人が怒鳴りあってケンカしているのだと誤解することがよくあります。


作家の司馬遼太郎さんは、著作「空海の風景」の中で、お大師さまのルーツである佐伯氏を、異民族の蝦夷えみしの末裔であると推定しました。佐伯氏の名前の由来にもふれております。


人が、異語をつかう場合、さえぐようにきこえる。佐伯とはさへぎ、、、のことだという解き方に自然な感じをおぼえる。  

                        空海の風景(上) 10頁


外国人のしゃべり方を騒がしく感じるのは、いにしえの昔から変わらない日本人の習性かもしれません。漢語も梵語も自在に体得したお大師さまの天才的語学力の秘密を、司馬遼太郎さんはその血筋と環境にあると分析しています。幼少の頃より異言語に慣れ親しんでいた家庭環境だったのではないかと想像されております。


私は2009年9月から、福州にある福建師範大学の海外教育学院に入学することになりました。中国語を本格的に学び、中国の大学で学位を取得するようにと、総本山の金剛峯寺から有り難いお達しを賜りました。福建省の省都、福州は、空海紀念堂のある霞浦県赤岸鎮の駅から、中国式新幹線に乗って一時間ほど南下して到着します。

師範大学とは、日本でいえば、教師を育成する教育大学にあたります。

福建師範大学は往々にして「福建師大」という略称で呼ばれます。

ヨーロッパ、アメリカ、アフリカ、中東、インドネシア、タイ、ベトナム、韓国、世界各国から来ている様々な人種の同級生たちと寝食を共にし、同じ教室で中国語を勉強しました。いろいろな国の友人が出来て、見識が広がりました。


福建師大の海外教育学院は、教師たちの指導も、学校の設備も、外国人の中国語教師養成の為に徹底されております。初級のクラスは漢字の山も川も書けない欧米人やアフリカ人もいますが、上級になると、どの国の留学生も流暢な中国語でスピーチしたり討論したり出来るようになります。卒業論文も当然、中国語で書かなければなりません。私の卒業論文のテーマは、「日本語の擬音についての考察」でした。外国を知れば、日本を再発見することになります。私は中国語を学んで初めて、日本語がどういう言語か分かりました。

「水をごくごく飲む」「風がひゅうひゅう吹く」、「蝉がみんみん鳴く」、日本語はこういった物音を表現する擬音が非常に豊富な言語です。ころころと転がる石は小さくて軽く、ごろごろと転がる石は大きくて重い。日本語は擬音で物質の質感、動作の速度なども細かく表現できる言語です。日本語は擬音語が1200種類以上あるのに対し、英語は350種類程度、中国語は225種類程度しかありません。


人間の脳は、人間のしゃべる音声は左脳で認識し、風の音、水のせせらぎ、虫の声、鳥の鳴き声など、自然の物音は、右脳で認識すると言われています。

東京医科歯科大学、角田忠信教授の著書「日本人の脳」によれば、日本人は、自然の物音を左脳で認識していることを実験の結果、明らかにしました。欧米人も、アフリカ人も、中国人も韓国人も、大部分の民族が自然の物音を右脳で認識しています。一部のポリネシア系の民族を除けば、世界中で日本人だけが、自然の物音を左脳で認識しているというのです。ここでいう「日本人」というのは、国籍や種族の事ではなく、日本語を母国語とする人のことです。遺伝子的にいうと、アフリカ人や欧米人でも、日本語を母国語とする人は左脳で自然の物音を認識するという実験結果があります。逆に日系アメリカ人三世など、遺伝子的には日本人だとしても、母国語が日本語でなければ、自然の物音を右脳で認識するそうです。この説が正しいとすると、日本語を母国語とする人は、言語脳である左脳を使って自然の物音を認識するので、聞いた物音をそのまま文字化し、擬音語の種類が豊富になるのも当然です。騒音すらも左脳が無意識に認識し文字化しようとしてしまうため、脳に負担がかかりやすく、騒音に神経質になります。日本人は物音に繊細な民族なのだという仮説が成り立ちます。


日本人特有の美的感覚、「侘び」と「寂び」には、しんみりした静寂が必要不可欠です。日本人の事を英語で「ジャパニーズ」と呼び、日本語の事もやはり「ジャパニーズ」と呼びます。やはり民族とは、国籍や遺伝子ではなく、言語そのものなのです。


お大師さまは、のちの世にこのような詩を残されました。


閑林独座草堂暁    閑林 独座す 草堂の暁

三宝之声聞一鳥    三宝之声 一鳥を聞く

一鳥有声人有心    一鳥 声あり 人 心あり

声心雲水倶了了    声心 雲水 倶に了了


                       (後夜仏法僧鳥を聞く)


お大師さまはこの詩を七言絶句の規則に則って作詩されており、規則通りに一句目、二句目、四句目の結の句が、「暁シアオ」「鳥ニアオ」「了リアオ」と美しく韻を踏んでいます。お大師さまはあきらかに漢語で思考しながらこの詩をお書きになっておられます。しかし、この詩にはお大師さまの母国語が、まぎれもなく日本語である証拠が隠されております。


千二百年ほど前のある日の明け方。

お大師さまは、高野山の山中で瞑想中、「ブッポーソー」と鳴くコノハズクの鳴き声を聞いて、「仏法僧」の三宝を連想されました。鳥の鳴き声を、言語として聞き取り、脳内で文字に変換しました。お大師さまが左脳で鳥の鳴き声を認識したからこそ、この詩の着想が生まれました。司馬遼太郎さんの説では、お大師さまのルーツを異民族の末裔としていますが、少なくてもお大師さまの聴覚に関していえば、日本語を母国語とする者特有の反応を示したことをこの詩は証明しています。

孔子曰く、学びて時に之を習う、またよろこばしからずや。


私は中国の大学で学ぶ機会を賜ったからこそ、ものを見る角度が広がりました。

「福建師大」は逆から読むと、奇しくも「大師建福」と読めます。

大師ハ福ヲ建テル。なるほどたしかに、

お大師さまはものを学ぶよろこびを、私にもたらしてくださいました。


                    合掌


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