第2話 日本と中国の死生観のちがい

赤岸鎮に暮らしはじめて間もないころ、

とある早朝、朝の5時というところでしょうか。

けたたましい爆発音で私は目が覚めました。

その爆発音はまるで機関銃のように間断なく鳴り続きます。

私はあわてて外に出て、村の広場に駆けつけてみると、村人たちが集まっていました。

音の正体は大量の爆竹でした。

なんでも村人のどなたかが亡くなったとか。今日はお葬式のようです。

中国人は冠婚葬祭のどちらでも爆竹を使用します。

たとえ葬式であっても、しめやかに行わず、にぎやかに、派手に行います。

白い野球帽のような帽子をかぶった遺族たちが、ご遺体の御棺をかついで、

町中を行進します。号泣している女性たちが御棺を囲っています。

まるで北朝鮮の書記長が亡くなった時のピョンヤン市民のように、

すこし大げさなくらい泣き叫んでいます。

じつは彼女たちは「泣き女」と呼ばれる、雇われた一種のサクラでありまして、泣き女が多ければ多いほど、一族の面子が立ちます。

遺族たちのかぶっている白い帽子は魔除けの意味があるそうです。

日本の四谷怪談でもおなじみの白い三角巾を私は思い出しました。

きっとルーツは同じなのでしょう。お葬式の方式は仏式なのか道教式なのか何度か村人に尋ねてみたことがありますが、本人たちも一体、何の教義にしたがって葬式を行っているのかを知らないようでした。

とにかく先祖代々、いにしえより脈々と続く土地の風習なのです。

赤岸鎮の裏山には古くからの陵墓がありますが、

その形は前方後円墳にそっくりです。

今、中国でも土葬は法律で禁止されていますが、いまだに農村部ではこっそり土葬してしまう方がいます。中国人は自分が生まれたその土地にそのまま還っていくことを尊重します。


中国の言葉で

葉落帰根イエルオグイゲン入土為安ルウトゥウエイアン」といいます。


葉が落ちて、そのまま根に帰るように、人もそのまま土に還ることこそ安らぎなのです。


中国人のイメージでは、亡くなった人の魂は、そのままの人の形をしていて、生きている時のように生活しているようです。そのため、先祖を供養する時、紙で作ったお金を燃やして向こうの世界に「送金」します。

西安に有名な兵馬俑があります。秦の時代の始皇帝が崩御する際、死後も寂しくないようにと無数の兵や馬を模した泥人形を副葬品として陵墓に埋めたものです。

どうやら古来より中国人のイメージの中では、人は死後もそのままの姿で生活しているようです。


墓から仇敵の屍を掘り出し、屍に鞭打つ故事が中国の「史記」にあります。

中国人にとって、生前の仇敵は死後もなお仇敵であり続けるのかも知れません。

仏教を信じる多くの日本人にとって、「死」は彼我の向こう側にあります。

生前の立場や行いがどうであれ、亡骸はすべて、「ホトケさん」になります。

高野山の奥の院には、織田信長公の供養塔がありますが、彼を裏切った仇敵であるはずの明智光秀公の供養塔もあります。

日中両国間で時折、政治問題になってしまう靖国神社参拝の背景にも、実はこういった死者への解釈の違いが根底にあるのではないでしょうか。


日本には、死を美化する気風があります。

自分の命に執着しない潔さを尊重する武士道精神が代表的です。

武士の切腹は、最高の責任感のあらわれとされてきました。武士の誉れであり、介錯することは武士の情けとされます。命を惜しまず、名をこそ惜しめ。

一方、封建時代の中国では、家臣が自殺することは君主への逆意のあらわれとされました。


現代の日本では、学校でいじめを受けた学生や、多重債務者などが安易な自殺に走る例が後を絶ちません。日本特有の死を美化する文化の負の側面なのでしょう。

中国では、古来より役人の汚職が慢性的な問題になっております。

中国は刑法が厳しいので、公の大金を着服した汚職役人は即死刑になります。

捕まれば即死刑になるような汚職役人でも、ある意味たくましく、図太く生きています。徹底して名を惜しまず、命を惜しみます。


日本と中国、文化や価値観に違いがあって当たり前です。

外国の文化を知ることによって、自分の国の文化を再発見することになります。

どっちが良いとか悪いとか、善悪や優劣の区別はございません。

相互理解の第一歩というのは、ちがいを知り、ちがいをおおらかに受け容れることから始まります。

どんな国家、どんな民族であっても同様です。

詩人金子みすゞさんの作品で、

「みんなちがってみんないい。」という言葉がありましたが、

菩薩や如来のひしめく曼荼羅の世界とは、

そういった価値観を表現したものではないでしょうか。

そして「死」を見つめることは、「命」を見つめることに他なりません。

世界中にいろんな宗教や信仰が存在するのは、どんな人間にも、たまに「死」を見つめる時間が必要だからなのでしょう。 

                        合掌

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