第49話 地獄の番犬

 新科学市西区にある『株式会社スカーレット』。

 表向きに見えているビル内には普通の企業が入っているが、地下にはヒーロー協会本部がある。

 その建物の裏口等の出入り口は全て封鎖されていて、扉が完全に閉まっているため進入は出来なかった。

 止むを得ず正面入口から1階ロビーを通って入る事になってしまったが、当然の事ながらロビーには『トゥルー』のメンバーが多数集まって防衛に当たっていた。

 本来のヒーロー達の敵である悪の組織への警戒では無く、トゥルーでは無いヒーロー達に対する牽制。

 それなりの強者が揃えられているようで、外から覗き込んだだけだが容易く突破出来そうに無いと感じられた。


「で、どうやって進入するんですか?」

「うーん、正面突破?」

「なんで疑問形……。ってそれしか無いですよね」

 俺の疑問に疑問で返したウルフフェイスは、肩に担いだ大きなスポーツバッグを地面に下ろした。

「何ですか、それ?」

「俺のエクステンションだよ」

 スポーツバッグがパンパンに膨れる程の大きさで、俺やシャナの持っているエクステンションより2周り以上も大きい。

 一体どんなエクステンションなんだ?

 そして、割と無表情なホワイトさんがすげー笑いを堪えてるのも気になる。

「じゃあ、俺が突っ込むから皆はエレベーターまで走ってね」

 軽い口調で言うウルフフェイスの口角が上がった。

「いや、いくらSSS級でもあの人数相手に一人で突っ込むって危険でしょ!」

 俺が反論するが、俺以外は特に反応しなかった。

 何だ?俺が間違ってるの?

「大丈夫だ。ウルフフェイスの『ケルベロス』は対多数でも問題無い」

 ホワイトさんが何の心配も無いと俺の肩を叩いて首を横に振った。

それにしてもケルベロスか。

 三つ首の地獄の番犬――って、文字通り犬ですよ?

 まぁ狼も犬科だし、強いなら何でもいいわ。

 ホワイトさんが今にも吹き出しそうにプルプル震えてるのは何故?

 取りあえず、ウルフフェイスに先陣を任せるという事になったので、ずっと変身していたウルフフェイス以外の面々も、ロビーに入る前にスーツ姿に変身した。


「『ケルベロス』!!」

 ウルフフェイスが叫ぶと同時に、スポーツバッグから2つの青い光が飛び出してウルフフェイスの体に吸い込まれるように消えていき、次の瞬間、ウルフフェイスの全身が青色に発光し、首から肩付近までが盛り上がっていった。

 中央の狼頭に加え左右に頭が生えて、3つ首になるようだ。

 ちょっとキモい感じがするが、俺のエクステンションも尻尾が8本も生えてキモいから、人の事は言えないな。

 狼の頭が3つに増えるぐらい大した事じゃないだろう。

 だが、俺の期待は斜め上に裏切られた。

「きゃん!」

「わぉん!」

 ウルフフェイスの頭部の両側に生えた犬の頭部が吠えた。

 しかも、右肩側がポメラニアン、左肩側がダルメシアン。

 ホワイトさんが地面をドンドンと叩いて、苦しそうに息をしながら声にならない笑いで爆笑していた。

 俺は当然ドン引きである。

 黒木君はフリーズしていた。

 シャナは「ポメラニアン可愛い」と場違いな事を申していた。

 ピンクは「さすがお兄ちゃん!」と絶賛していた。

 どこにさすがの要素あった?

 俺の尻尾が生えるエクステンションなんて全然普通だった。

 地獄の番犬に謝れと言いたい。

 何で3つの頭それぞれで犬種が違うんだよ。

 犬でも、せめてもっと狼に近い犬種にしてやれよ。

「くっ……。瑠宇るうちゃんがこのエクステンション作ったんだけど、完全に悪ふざけだよねこれ。完成したの見て、腹抱えて笑ってたし」

 中央のウルフフェイスの狼の顔に哀愁が漂っていた。

 ホント表情豊かな狼顔だな。

 そうか、エクステンション作ったのって黄桜さんなのか。

 予想どおり、相当な変人だな。

 その犠牲になってるウルフフェイス……哀れ。

「プフッ。ウルフフェイスは2つ同時にエクステンションが使えるから、S級程度では相手にもならないのよ。ププッ。さぁ、私達はエレベーターに向かいましょう」

 笑いを堪えきれないホワイトさんが呼吸を整えて俺達を先導する。

 『ケルベロス』は2つの犬型エクステンションを同時使用するためのものか。

 トリプルコアによる処理が出来るのであれば、相当強いのだろう。


 ウルフフェイスが一階ロビーに飛び込むと、トゥルー所属のヒーロー達が一斉に此方を向いた。

「ウルフフェイスだと!?」

「ぜ、全員で掛かれば大丈夫だ!怯むなっ!」

 一瞬躊躇いを見せるヒーローも居たが、数の暴力で畳み掛けるつもりのようだ。

 一斉に地面を蹴ってヒーロー達が駆け出すと、それに合わせてウルフフェイスの3つの頭が一斉に吠えた。

「きゃん!」

「ワオゥ!!」

「わぉん!」

 狼は良いんだけど、左右の犬の吠え方に緊張感が全く感じられない。

 ホワイトさん、いい加減笑うの止めなさい。

 と思った処で、突然此方に向かって走っていたヒーロー達が爆発のような衝撃音と共に中央から弾け飛んだ。

「何だ!?何が起こった?」

「波の合成だね。ウルフフェイスが3方向に放った咆哮が壁で反射して、敵のど真ん中で合成されて衝撃波に変わった。普通の音波じゃなくて、ナノマシンの衝撃波を使っているから、爆発的な威力を発揮出来たんだよ」

 ホワイトさんが今のウルフフェイスの技を解説してくれた。

 ケルベロス強ぇ。

 これでポメラニアンとダルメシアンじゃなければ超格好良かったのに。

 そして、倒れて怯んでいるヒーロー達に向かって、ウルフフェイスは狼が獲物を狩るように駆け出した。

 牙で抉るようにヒーロー達を引き裂き、左右の犬頭達は咆哮による衝撃波で追随するヒーロー達を吹き飛ばしていった。

 三流お笑い芸人のような格好になっていても、やはりSSS級。

 信じられない程の強さを見せる。

 しかし、それでもまだ本気では無いようだ。

 仮にもヒーロー協会を占拠した集団だから、何か隠し玉を持っているかも知れないので、余力を残すように戦っているのだろう。

 俺達ナノレンジャー組は、ウルフフェイスにこの場を任せてエレベーターに走った。

「待てっ!」

 俺達に気付いたヒーローが数人、此方に向かって飛んで来ようとした。

「きゃん!」

 しかしそのヒーロー達は、ポメラニアンの咆哮(?)で全員弾け飛んだ。

 俺達は子犬に助けられた事で微妙な気持ちになりながら、エレベーターに乗り込む事になった。

 シャナだけ何故か「ポメラニアン最高!」と上機嫌だったが。


「さて、面白いものも見れたし」

 ホワイトさん、まさかアレを見たいが為だけにウルフフェイスを呼んだんじゃ……。

 いや、何も言うまい。

 だが、ちょっと物言いたげにホワイトさんを見てみると、何か急に雰囲気が変わっていた。

 ホワイトさんも変身してるのでヘルメットから表情は覗えないが、明らかに空気が違った。

「探知しようと思ったけど、予想以上に強いジャミングがされているわね。多分協会の職員や幹部、それとヒーロー達が捕らわれている筈だから、広めの空間が確保出来る闘技場にいると思うけど、私の情報は古いから協会内部が作り替えられてる可能性があって分からないわ。誰か分かる人居る?」

 俺はタイガーフェイスと闘った場所しか知らないし、ブラックはここに入った事は無い筈だ。

 ブルーかピンクなら知ってるだろうと視線を向ける。

「各階に1個所ずつ有ります。でも、それだけの人数を収容出来る場所となると地下3階か地下5階か最下層の闘技場だと思います」

 ピンクが応えると、ホワイトさんは顎に手を当てて考え始める。

「戦力的に私と私以外のパーティに別れるしか無さそうよね。私は3階に行ってみるから、貴方達は5階に行ってみて。何も無ければ次は最下層で合流すると言う事で」

 勝手に配分を決めてるけど、俺とブルー、ピンク、ブラックの4人とホワイトさん一人が互角って事か?

 ピンクは戦力に成らないにしても、それでもちょっと過小評価過ぎないか?

 俺の不満を察知したのか、ホワイトさんはエレベーターのボタンを押しながら俺の方を向く。

「正統な評価よ。今の貴方では私に勝てない」

 エクステンションを手に入れた俺は少なく見積もってもSS級以上の強さの筈だ。

 それでも勝てないって、ホワイトさんはどれだけ強いんだ?

 そして、そのホワイトさんが負ける可能性がある悪の六将筆頭は更に強いのか?

 そんな相手と対峙した時、俺はどうすれば良いんだろう。

 願わくば、一生会いたくないな。

 考え込んでいる間に地下3階に辿り着き、ホワイトさんだけはそこで降りた。

「あの人は自信満々だったけど、私達の方は大丈夫なの?」

「まぁSSS級でも出て来ない限り大丈夫だと思うぞ」

「何、その自信?どっから来るわけ?」

 ピンクが不満そうに口走るが、お前が一番お荷物なんだよ。

 俺へのパスを開いても、エクステンションが無いからデュアルドライブが使えないし。

 そういえばと、こいつが付いて来た理由を思い出してしまった。

 会いたく無い奴に限って会ってしまうものだ。

 俺は不安を抱えながら、エレベーターのボタンを押した。


 地下5階へ降りて100mも移動しないうちに、その階の闘技場へと辿り着く。

 何故かそこ迄の道のりに敵が居なかった事から、明らかにハズレである事は分かるのだが、確認はしておかなければならない。

 俺達が白い扉を警戒しながら開けると、四方を白い壁に囲まれた闘技場の中央に赤いスーツを纏った人物が立っていた。

「悪に寝返った君達には、ナノレンジャーのリーダーである僕自ら鉄槌を下す」

 やはり避けられない運命だったようだな。

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