第40話 虎

 虎型エクステンションがかまってくれと言うので、喉元を撫でてやったらゴロゴロ言って大人しくなった。

「お前、猫じゃねーか!」

「俺は虎だ!」

 俺の言った事をちゃんと理解して返答するって、相当優秀なAIを積んでるんだな。

 それを言ったら、怪人もナノマシンの集合体なのに、まるで人間みたいに応答してたっけ。

 灰原みたいに中の人がいる場合もあるのかも知れないけど。

「それで、この猫って名前有るんですか?」

「だから虎だ!」

 五月蠅いよ、猫。

 それに応えるのは黄桜さん。

「名前はまだ無い」

「やっぱり猫やないかーい!」

「我が輩は虎である!」

「なんで一人称変わってるんだよ!?もうツッコみ面倒だからほっとくぞ」

「嫌だ!かまって!」

 このかまってちゃん虎め、なんて面倒くさい奴だ。

 直接かまって欲しいと言うかまってちゃんなんて初めて見たわ。


 取りあえず名前を付けないとな。

「じゃあ、名前は『タマ』で」

「それ、猫の名前だろ!俺は虎だ!」

「しょうがねぇな。それなら、『ミケ』」

「それも猫に付ける名前だろ!しかも三毛猫に付けるやつだ!虎毛だぞ、俺は」

「注文が多い奴だな。じゃあ、『ヒロシ』はどうだ?」

「ん?何で急に人間っぽい名前に……って、それも猫に関係ある芸人の名前じゃねーか!猫から離れろ!」

「お前、文句ばっかり言ってると『ピ○チュウ』にするぞGO。」

「すいませんでした。それだけは勘弁して下さい」

 虎が五体投地のような伏せ(土下座?)の状態で謝罪した。

「う~ん、中々いい名前が思いつかない」

「じゃあ、『虎ンザム』は?」

 シャナがボソッと呟いた。

「おぉっ!それ格好いいっす!」

 虎も気に入ったようだ。

「何か赤く発光しそうな名前だな。まぁ、それでいいか。よろしくな虎ンザム」

「おう、よろしくマスター!」

 マスターって俺の事か?

 まぁ、俺の呼び方なんてどうでもいいか。


 エクステンションの名前が決まった処で、店員さんが俺達の注文したカレーを運んできた。

 俺の席の隣に座っている虎については特に気にしていないようだった。

 店長が黄桜さんの協力者だから、店員さんにも根回ししてあるのかな?


 俺の注文したイカスミカレーが真っ黒なのに対し、黄桜さんの注文したカレーは真っ赤だった。

 辛さ20倍(当社比)らしい。

「そ、それ食うんですか?見てるだけで辛いんすけど?」

「カレーが好き過ぎて、もう普通のカレーじゃ満足出来ないんだ。最近では食うだけでは飽き足らず、カレー風呂にも入ってる」

 黄桜さんがさらっと変態発言をしたが、俺とシャナはスルーして自分のカレーに手を付ける。

 やっぱり『NONO一番』のカレーは美味いな。

 シャナも一心不乱に食べている。

 そして黄桜さんは「お前達、カレーは飲み物だぞ」とか、デブの明言を放ちながら、辛さ20倍カレーを口に流し込んでいった。

 しかもお代わりしやがった。

 無料券は食べ放題じゃないので、お代わりはダメだと思うんだが?

 それを指摘したら、

「店長に言って、3人だけど無料券の特別ルールで5人前まではOKにして貰ってる」

 と黄桜さんは5本の指を思い切り開き、揚々と語ってくれた。

 まぁ、この人から貰った券だし、俺もシャナも1人前で十分だからいいんだけどね。

 そこから暫く黄桜さんのカレー談義が続いたが、割愛しよう。

 マジで長かったので。

 イエローって、やっぱりカレー好きポジションなのか?

 俺もカレーは好きだが、黄桜さんの異常なカレー好きぶりには、カレー嫌いになりそうな程ドン引きした。


 黄桜さんのカレー談義が終わったので、俺は気になってた事を聞いてみる。

「何で俺に紋章を継承したんですか?何時渡されたのかも分からないんですけど」

 俺の言ってる事が理解出来ないと言った風に、黄桜さんは首を傾げる。

「覚えていないのか?そう言えば、あの時の君は重傷を負っていたから、後遺症で記憶喪失になってても不思議じゃないか」

「記憶喪失。なるほど、それでアキトはシャナの事も覚えてない」

「え?え?重傷?記憶喪失?何の事を言ってるんですか?」

 黄桜さんとシャナが妙に納得してるけど、俺は困惑が増すばかりだ。

 記憶が飛ぶ程の何かがあったのか?

 シャナは何か知っている様だが。

「それは……っと、どうやらそれを話してる時間は無いようだ」

 黄桜さんが急に真顔になって話を打ち切る。

 また肝心な事が聞けないのかよ。

「真黄君、君の紋章OSを起動してくれ。エクステンションの関連付けと能力解放をするから」

「あ、はい」

 黄桜さんに言われるままに、俺が端末を開いて紋章OSにアクセスすると、画面上に文字列が流れて行き、一つのウィンドウに紋章OSのロゴが表示される。

 俺はそのウィンドウを指で弾いて、向かい側の席に座る黄桜さんに向けて送った。

 そのウィンドウを受け取ると、黄桜さんは手前に表示したキーボードをもの凄い速さで叩いていく。

「真黄君は凄いな。OS自体にも改造を施して、動作の効率化を図るとは」

「いや、OSがMeeからアップデート出来なかったんで、自力で最新OSの構造に書き換えたんですよ」

「ああ、やっぱりブラックボックス化した領域が大きすぎたか。まぁ必要なプログラムが入ってるからしょうが無いと思ってくれ」

「容量とか増やせないんですか?」

「増やせない。だから本来はエクステンションに、メモリを委嘱する形でバランスを取るんだが、イエローの場合は特別でエクステンション側もメモリがギリギリなんだ。その分強くなる事は保証するがね」

 そして十数秒程度で書き換えを終えた黄桜さんは、不意に立ち上がる。

「じゃあ健闘を祈るよ。私はこれで失礼する」

 その手には食べかけのカレー皿が握られていたが、俺達は敢えてツッコまずに見送った。


「何を急いでたんだろうな?」

 俺がシャナに聞いてみると、シャナは窓の外を見ながら眼を細める。

「敵。それも恐ろしく強い」

「シャナ、それってシードか?」

「そこまでは分からない」

「悪の組織かも知れないって事か」

「アキト、ヒーロー協会ももう味方とは限らない」

 さっき黄桜さんが言ってた『トゥルー』とか言う奴らの可能性もあるか。

 俺達が店を出た瞬間に仕掛けてくるかも知れないな。

 けどそれなら、俺達の正体を知ってるって事だから、目の前で変身してもいいのか。


 会計を無料券で済ませて、俺とシャナは警戒しながら店を出た。

 そこでシャナの言った『味方』という言葉が妙に引っ掛かった。

 シャナ自身は俺の味方と判断しても良いのだろうか?

 おかしな好意を向けてくれてはいるが、一応ヒーロー協会の一員だし。

 若干不信感を帯びた眼でシャナを見てしまったが、シャナは笑顔で俺を見つめ返した。

「大丈夫。シャナは絶対アキトの味方」

 シャナの純真無垢な笑顔を見て、少しでも疑ってしまった俺の心を罪悪感が苛む。

 この笑顔を見て信じないってのは無いな。

 少なくともシャナは俺の味方。

 あと信用出来そうな人物は、黒木君とお義父さんとお義母さんか。

 セーラーポニー――お姉ちゃんも、事情を話せば恐らく味方に成ってくれるだろう。

 それと何考えてるか分からないけど、一応黄桜さんもかな?

 味方少ねぇ!

 って、今はそれどころじゃない。

「シャナ、敵はまだ居るか?」

「気配は消えた。多分カレーおばさんを追って行ったんだと思う」

「カレーおばさんって、後で絶対怒られるぞ」

「だってカレーおばさんだもん」

 まぁそれについて異論は無いが。

 敵が居なくなったなら、早めにお義父さんの処に行こう。

 俺がスタスタと歩き始めると、シャナが当然の様に俺の腕に絡みついて来た。

「シャナ、俺は行く処があるから」

「シャナも行く」

 う~ん、断る理由が思いつかないなぁ。

 邪推されそうだから、なるべくこの状況を人に見られたく無いんだけど。

 何も思い付かないので、俺は結局そのまま歩き始めた。


 お義父さんの道場に向かうために駅に向かっていると、途中で黒木姉弟を見かけた。

 俺が学校を出た時はまだ学校にいた筈だけど、カレー食ってる間に追い越されたのかな?

 俺はシャナから離れようとするが、ガッチリと腕をホールドされて、とても外せそうに無いので諦める事にした。

 別に黒木さんに見られても何事も無いと思うし。

 そのまま黒木姉弟に声を掛けようとしたが、何故か2人が妙にいきり立っているようだったので、躊躇して踏みとどまった。

 翌々見てみれば、黒木姉弟と向き合って話をしている男の姿が――それは、先程学校の門の前に居たストーカー。

 俺の嘘に気付いて引き返して来たのか?

 本日2人目のストーカーだが、灰原の例もあるので、俺は何時でも変身出来る様に建物の影に身を潜めた。

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