第39話 カレーショップ会談

 先代のイエローと名乗ったその女性は、もの凄い美人なのに、『NONO一番』のTシャツに下はジャージという残念ファッションだった。

 美人なのにどこか残念、俺の周りってそんな人ばっかりな気がするが、考えないようにしよう。

 さて、この女性、ホントに先代のイエローだろうか?

 何故このタイミングで現れたのか理解出来ないし、罠である可能性もかなり高いよな。

 どうやって本物か確かめるかだが、取りあえず直接聞いてみるか。

「貴方は本当に先代のイエローですか?証拠の提示をお願いします」

 俺がイエローだと分かってて話しかけて来てるんだろうし、ヒーローに関する事を隠す必要は無いよな。

「証拠か~。証拠は無い!」

「言い切った!?」

「証拠は無いが信じなさい!」

「無理矢理か!」

 う~ん、言い訳しないあたりが逆に信じられる気もするが……。

「その女は本物の先代」

 俺と女性とのやり取りを見ていたシャナがぼそっと呟いた。

「おお、君はシャーリーの娘かい?よく似ている。今代のブルーだね」

「うん。因みにアキトはシャナの夫だから、色目を使ったら殺す」

「待て、何時お前の夫になった?ってか、シャナ、お前この人の事知ってるのかよ?」

「知ってる。カレー好きのおばさん」

「お・ね・え・さ・んだ!」

 青筋立ててお姉さんは憤怒の表情を見せていた。

 シャナが先代と知り合いだったとは。

 取りあえず罠では無さそうだし、良しとしとこう。

「それで、お姉さん。貴方が先代のイエローだとして、何故俺にコンタクトして来たんですか?俺の方は聞きたい事満載だけど、貴方が俺に接近する必要は無いでしょ?……いや、紋章返せって言う可能性はあるか。返しませんけどね」

「大丈夫、紋章返せなんて言わないよ。寧ろ君に力を授けようと思ってた処だ」

 どこぞの師匠のような事を言うお姉さんは、口角を吊り上げて不敵に笑った。

「全然状況が理解出来ませんよ。何で俺に力を授けようと?」

「私は理由あって表立って動けないんだよ。だから知人に頼んで君にここの無料券を渡したんだ。それで、何故力を授けるかだが……」

 ピンポーン。

 シャナが注文ボタンを押した。

「シャナ、このタイミングで注文するなよ」

「お腹減った」

「まぁ、俺も腹減ったし。お姉さん、話は注文した後で」

「待て、私も注文する」

「お前も注文するんかい!」

「無料券は5名まで大丈夫だったろう?」

「いや、そうですけど。まぁ元々お姉さんがくれた券だし、良いんですけどね」

 そしてお姉さんは俺の隣に座ろうとする。

「ちょっと待って。アキトの隣にはシャナが座る」

 突然対面に座っていたシャナが、座る位置に対して抗議してきた。

「いや、どっちでもいいだろ」

「良くない。2人でデートなら向かい合って座るけど、第3者がいるなら夫婦は寄り添って座るべき」

「夫婦になった覚えは無いぞ。面倒くさいから2人ともそっちに座れよ」

「「え~」」

 なんでお姉さんまで不満そうなんだよ?

 そんなやり取りしているうちに店員さんが注文を取りに来たので、お姉さんも向かい側に座った。


 各々注文した後で、話を再開する。

 先端を切ったのはお姉さんだ。

「自己紹介がまだだったね。私は黄桜きざくら瑠宇るう。君に力を授けるのは、近いうちに正義と悪の双方に大きな動きが有るからだ」

「大きな動き?」

「ああ。グレイッシュパンサーを筆頭とした絶対正義主義団体『トゥルー』がヒーロー協会を乗っ取る動きを見せている。更に、悪の組織側では、悪の六将筆頭オニキスが、コランダムとホワイトという六将の2人を追い落とし、組織を完全に掌握しようとしている。ヒーロー協会の司令官と悪の六将コランダムは私の友人なのでね、出来る事なら彼等を助けて欲しいんだ」

 お義母さんとお義父さんに危険が迫ってるのか。

 勿論、助けるのは吝かで無い。

 お義父さんは助ける必要無いぐらい強いけどな。

「俺がその人達の子と交流が有るから、そう言ってるんですか?」

「それも有る。君なら断らないだろうと思ってね」

「まぁ、言われる迄も無く助けますけど。黄桜さん自身は何故動かないんですか?そこまで知ってるんなら、相手が動き出す前に対応出来るでしょ?」

 俺の言葉に黄桜さんは眉を顰めた。

「私は正義と悪両方から追われる身だからね。それに、今回の正義と悪の動きは序章に過ぎない。真の敵は、この騒動の裏にいる連中『シード』なんだ。奴らにタスク・ゼロを渡す訳には行かないので、表側の正義と悪の戦いに参戦する訳には行かないんだよ」

「『シード』って、第3勢力の?じゃあ俺も其奴らを潰す方に参戦した方が、全部一気に解決するんじゃないですか?」

「エクステンション無しでもセルガーディアンと戦える君には、是非協力して貰いたい処だが、まだ此方の動きを悟られる訳には行かないんだ。シードの化物達と戦う準備がまだ整って無くてね。まぁ悪く言えば、君には囮になって貰って、シードの眼を逸らす役割を任せたいんだ」

「なるほど」

 理解はしたが、なんか微妙に納得出来ないな。

 俺が目立つ行動で敵の視線を引き付けておいて、その間に戦闘準備するって事か。

 お義父さんとお義母さんに危機が迫るって事は、黒木さんにも危険が及ぶ可能性があるって事だし、諸悪の根源を潰して置きたいとこだよな。

 何にせよ、結局俺には協力するしか選択肢が無いようだ。

「分かりました。それで、くれる力ってのはエクステンションって奴ですか?」

「そうだね。それと、君のOSの解放されていない力のロックを外してあげよう」

 ああ、やっぱり何らかのロックが掛かっていたのか。

 ブラックボックス化したシステム内に、どうやってもアクセス出来ない個所があったから、何らかのセキュリティロックが掛かってるんじゃ無いかとは思ってたんだ。

 最悪クラッキング(不正侵入して破壊や改竄等を行う行為)してみようと思ってたけど、正規にロックを外してくれるならそれが一番だからね。

「君、まさかクラッキングしようとしなかったよね?」

「まぁ、最悪してみようとは思ってました。正規のシステムじゃないし、法律には引っ掛かりませんよね?」

「まぁヒーローOSなんて市販されてないから、不正アクセス法や著作権侵害には当たらないんだが、私の作ったセキュリティをクラッキングしようとすると紋章が爆発するから注意してね」

「おい!」

 危ねぇ!危うく尻が爆発するとこだった。

 なんて危険な物を仕込んでくれてんだよ?

 いや待てよ?外部から不正アクセスされたらヤバくね?

 尻が3つに割れたらどうすんだよ!

「ちょっと、その爆発する機能外して貰えませんか?」

「冗談だ。爆発はしない。OSが一時機能停止する程度だよ」

「驚かすな!心臓に悪いわ!」

 碌でもない冗談に焦った俺を見て、黄桜さんはケラケラ笑っていた。

 何とか報復する手段は無いものか?

「アキトに害を成す者は、シャナのデンプシーで粉砕する」

 狭い場所で∞の軌道を描くシャナに、黄桜さんは青ざめていた。

「だ、だから冗談だってば。それじゃあ、エクステンションを渡すよ」

 そう言って黄桜さんが取り出したのは、猫を入れるキャリーバッグ。

「ちょっと待って。飲食店で猫は拙いでしょ」

「大丈夫、ここの店長は私の協力者だから」

「いやそういう問題じゃなくて、衛生的に」

「それも心配無い。本物の猫じゃなくて、ナノマシンの集合体だから」

 あぁ、エクステンションって怪人みたいにナノマシンで出来てるのか。

 それでシャナのエクステンションは体に吸収されるみたいに溶け込んでいったんだな。

 黄桜さんがキャリーバッグから取り出したのは、黄色と黒の虎毛模様の子猫型エクステンション。

 というか、虎の子供にしか見えないけど?

「俺は猫じゃねぇ!虎だ!」

 あ、やっぱり虎だそうです。

 ……ん?

 シャ、シャベッタアアアアアアアア!?

「エクステンションって喋るんですか!?」

「いや、この子は特別。普通は動物の鳴き声程度しか組み込まれてない筈だよ」

 そういえば、シャナのエクステンションは「ピー」って鳴いてただけだったな。

 それにしても猫……虎型なのか。

「俺が見た事あるエクステンションってみんな翼がある飛行タイプだったんですけど、この虎は翼が無いんですね」

「まぁ、翼があっても空が飛べるようになる訳じゃないし、OSの演算を補助するのがエクステンションだからね」

 そうなのか。

 あれ?セルガーディアンは飛んでたぞ?

「でもセルガーディアンは飛んでましたけど?」

「あいつは化物だから。周囲のナノマシン濃度を上げて、体を持ち上げるようにして飛んでいるんだ。まだ奴が能力未解放で助かったね。セルガーディアンが全ての能力を使いこなせるようになったら、恐らくSSSSクアドラプルエス級になるだろうからね」

「え?能力未解放ってどういう事ですか?」

「普通は戦闘レベルを上げる事で徐々に能力を解放していくんだ。君みたいにハッキングしていきなり殆どの能力を解放する奴なんていないぞ」

 マジで?

 そんな段階を踏んでいくものだとは知らなかった。

 それでランクみたいなのがあるのか。

 それにしても、セルガーディアンって、あれでまだ未解放なレベルなのかよ?

「シードってあんな化物が他にもいるんですか?」

「恐らく今はセルガーディアンがトップレベルだろうが、近しい実力の者が数人確認されている」

 そんな奴らとどうやって戦うの?

 エクステンションがあっても厳しいだろうな。

 俺と黄桜さんが話していると、猫……じゃなくて虎のエクステンションが吠えるように叫んだ。

「おい!俺を無視すんな!もっと俺をかまえ!」

 この虎、かまってちゃんなのかよ。

 めんどくせぇ。

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