第38話 カレーショップ

 秋人とシャナが去った校舎裏で、満足に体を動かせない灰原蛍一は体を起こさずに地面に寝そべったまま端末を開いた。

 そして通信を開始したその先は、自身の父親。

 彼の父親は、表の治安を守る警察組織の中枢で働いている。

 その権力を使って、秋人を貶める算段のようだ。

「あの青いの、シャナがどうとか言ってたな。正体は編入生のシャナ・アスルールか。真黄と一緒に通報してやる!」

 自分で勝てないからと親に縋る陳腐な精神を、僅かにも恥と思わない小さい男であるが、その矮小さとは対照的に父親はそれなりの力を持つ大物だ。

 いや、父がそれなりの力を持っているせいで、子供が歪んでしまったのかも知れないが。




 ヒーロー協会本部に向かって歩いている途中で、息子からの通信に気付いた灰原豹一は歩を止めて直ぐに端末を開き応答した。

「どうした、蛍一?っと、怪我してるじゃないか!?何があったんだ?」

 通信映像に映った息子の姿に同様した豹一は、血の気が引いて青ざめてしまった。

 位置情報を見る限り学校内だろうに、暴漢にでも襲われたのか?

 それとも苛め?

 息子の学校での姿を知らない豹一は、そんな的外れな事を考えていた。

 そして、息子もまたそんな馬鹿な父親を利用する。

『同級生に殴られたんだ!同じクラスの真黄秋人と、編入生のシャナ・アスルールって奴だ。父さん敵を取ってよ!』

「なんだと!?許せんな、傷害事件じゃないか!よし、真黄秋人とシャナ・アスルールだな。……ん?この名前何処かで……」

『どうしたんだよ、父さん?』

 急に別ウィンドウを開いて端末を叩き出す父に、困惑する蛍一。

 そして、とあるデータを見つけた豹一は眼を細めて口角を上げる。

「いや、蛍一、グッドタイミングだった。その2人は父さんもマークしていたんだ。お前の敵は取れるし、父さんにとっても都合が良い」

『何の事か分からないけど、彼奴らをとっちめてくれるなら何でも良いよ』

「分かった。取りあえずお前は医者に行きなさい。父さんが連絡入れておくから」

『サンキュー父さん』

 通信を切り、豹一は込み上げる笑いを堪えきれなかった。

「くっくっくっ、堕ちたヒーローを裁く大義名分が出来た。民間人に暴行を加えたのだから、表だって排除出来る。当然、責任者の黒木司令官も同罪だ。一手足りないので、強行手段に出るしか無いと思っていた処に、とんだぼた餅が落ちて来てくれた。遂に我ら『トゥルー』がヒーロー協会の政権を握る時が来たようだな」

 そして豹一は音声通話に切り替えて、誰かに通信を開始する。

「こちらグレイッシュパンサー。堕ちたヒーロー、『ナノイエロー』と『ナノブルー』を捕獲せよ。計画は2人を捕獲した後に実行する」

『了解』

 堪えきれない笑いを押し殺しながら、豹一は再びヒーロー協会へと歩を進めた。




―――――




「処でシャナさん、そろそろ離れてくれませんか?」

「イヤ!」

 一時俺に意味不明な疑いの眼を向けていたシャナは、何故かまた俺にベッタリとくっつき、腕に絡みついている。

 「シャナのヒーロー」とか言ってたし、俺が生身で男子生徒達を投げ飛ばしたのがお気に召したのかな?

 だが、俺は気が気じゃ無かった。

 こんな処を黒木さんに見られたら……あれ?もう振られてるんだし、見られてもいいのか。

 そもそも好意を寄せているのは俺の方で、黒木さんは俺を友達程度にしか思ってない訳だし。

 いや、でも何か、こっちがダメなら直ぐ他の女に乗り換える軽い奴とか思われそう。

 それは嫌だなぁ。

 でもシャナの腕力を俺が引き剥がすって、無理ゲーだわ。

 見た目小さい女の子なのに、ゴリラに腕を締め上げられてる感じだもん。

「アキト、また失礼な事考えてる?」

「何故分かった?」

「ふふふ、シャナには全てお見通し。これはもう妻になるしか無い」

「何でやねん!」

 こんな美少女に妻になるとか言われてるのに、全く心が躍らない。

 小学生が「将来結婚しようね」って言ってるぐらいにしか聞こえないからな、子供の冗談として受け取ってしまうわ。

 でもそれ、守には言っちゃダメだぞ。

 今日垣間見た、守の性癖的にアウトな気がするから。


 願わくば黒木さんに会わないようにと、俺はシャナを引き摺りながら教室へ行って鞄を取って来た。

 教室には黒木さんの姿は無かったが、玄関に行ってから靴を確認した処、まだ学校内にいるようだった。

「アキト、何故その下駄箱を開けた?」

「あっ、ああ、いや。間違えただけだから」

 いかんいかん、シャナが居るのについつい女の子の下駄箱を開けるという変態さんな行動を取ってしまった。

 灰原にストーカー扱いされても仕方が無いな、これは。

 いや、強いて言えば俺は黒木さん守り隊だから、黒木さんの現状を知る必要があるのだ。

 どこぞのストーカーのような台詞を呟きながら、俺は自分の下駄箱を開ける。

 と、そこに入れてある俺の靴の上に手紙らしきものが。


――ラブレター!?


 では無かった。

 封筒を開けてみると、カレーショップ『NONO一番』の無料券が入っていた。

 何の罠だよ?

 でも、体育の後で腹も減ってるし、この無料券が本物なら有り難い。

 会計の時に出すのではなく、注文の前に確認すれば偽物だった場合でも対処出来るだろう。

 お義父さんの道場に行く前に、ちょっと寄って行くか。

 このままだとシャナも付いて来そうだけど、一枚で5名様まで無料って書いてあるし、問題無いな。

 俺は無料券をポケットに入れて、カレーショップを目指し学校を出た。


「おい、お前」

 校門を潜った処で、突然そこに立っていた他校の生徒らしき男に、高圧的に声を掛けられた。

「何ですか?」

 俺は不機嫌を隠そうともせずにぶっきらぼうに応えたが、男は意に介さないかのように続ける。

「この学校の黒木碧を呼べ」

 何で此奴は、初対面で命令口調なんだよ?

 というか、黒木さんの名前を出すって事は、こいつもストーカーか?

 灰原といい、黒木さんの周りのストーカーは碌な奴がいないな。

 ストーカーって時点で碌な奴じゃないけど。

 黒木さんは、まだ学校にいると思うが……。

「黒木さんなら、もう帰りましたよ」

 丁寧な口調で嘘八百。

 頭弱そうだからこう言うだけで良いだろ。

「な、なんだと!?しまった、すれ違ったか!?」

 あ、マジでこいつ頭弱そうだ。

 いや、純粋だという事にしといてやろう。

 余りにもあっさり嘘を信じてくれるので、俺の方が何か汚れちゃってる気がしてくるわ。

 その男は慌てて走り去ってしまった。

 高圧的な態度な上に、妙に顔が爬虫類っぽくて気持ち悪いから俺は友達に成りたくないけど、頭弱いから扱いやすい奴かもな。

 おかしなストーカーを見送って、俺は再度カレーショップを目指した。


 カレーショップ『NONO一番』は、世界に進出する程の大手企業だ。

 店名に「一番じゃ無いですけど」という謙虚な姿勢が窺えるのが、日本人らしいなと思う。

 しかし、味はカレーショップの中ではダントツで美味いと評判だ。

 俺はカレーに拘りがある訳じゃないけど、カレーを食うなら『NONO一番』に行こうと思うぐらいには好きだ。


 店の扉を開けると、店員さんが案内してくれようとしたので、先ずは無料券が本物か確かめると問題無く使えるという事だった。

 誰がくれたのか分からないけど、感謝!

 今日は朝から色々有ったせいで、もの凄く腹減ってるからね。

 店員さんの案内に従って俺とシャナは席に付いた。

「ふふふ、デート」

 シャナが妙な事を口走ってたが、仮にデートだったとしても、カレーショップに連れて来られて嬉しいのか?

 最近の娘は寿司に連れて行っても全然喜ばないって父さんが言ってたぐらいだから、女の子とのデートなんて、余程オシャレなカフェじゃなきゃダメなんだと思ってたよ。

 いや、デートじゃ無いんだけどさ。

 シャナが勝手に付いて来ただけだし。

 俺は誰に言い訳してるんだ?


「イカスミカレーにチャレンジしてみようかな」

「カニクリームコロッケとチーズは外せない」

 俺達がメニューを見て、どれにしようか悩んでいると、不意に俺達の席に一人の女性が近づいて来た。

 店員では無いようだけど、何だろう?

 その女性は黒木さんに勝るとも劣らない美人で、少し見惚れてしまった。

 長い黒髪と白い素肌が対照的な魅力を引き出していて、年齢は20代後半ぐらいに見える。

 じっと見つめられて、恥ずかしさの余り俺の頬が紅潮してきた。

 そして彼女は開口一番衝撃の事実を告げる。

「私は先代のイエローだ」

 この邂逅が、俺の運命を急激に回し始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る