第37話 シャナ無双

 シャナが「此処は任せて!」と言うので、俺は隙を見て変身して来るつもりだった。

 シャナも変身してはいるが、レッドやピンクを見る限りじゃ、ブルーもそれ程強さに期待出来ないだろうと思ったからだ。

 だが、俺はその戦闘を見て唖然とした。

 あの小さな体の何処からそれ程の強さが出るのか。

 結局、俺が変身する必要は無かったのだった。




「よくもやってくれたなぁ。そのスーツは噂の都市伝説のヒーローか?だが、俺が得た力の前では無力だ」

 余程強い力を得たと確信しているのか、灰原は自信満々でブルーを睨み付けていた。

 カメレオンって睨めるんだな。

 怪人だから体の構造が違うのかも知れないけど。


 突如、灰原がブルーに向かって突進した。

 虚を突かれた形になったが、ブルーは軽くステップして右に躱し、すれ違いざまにカメレオンの頭部に拳を打ち込む。

「ぐおおっ!?」

 攻撃を避けられた事よりも反撃された事に驚いた灰原は、やり返さんとばかりに急激に方向転換してブルーに掴みかかる。

 ブルーは、その掴みに来た腕を左のジャブで払い除けて、カウンターの右ストレートをカメレオンの顔面にぶち込んだ。


 ブルーの戦い方は、明らかにボクシングだ。

 小柄な体なのでリーチは短い筈なのに、離れた所からのパンチが届く。

 ステップの速さで一瞬の内に距離を詰めて殴っているようだ。

 小柄なボクサーにありがちな守りを固めて懐に潜り込むインファイタータイプではなく、長距離からスピードで翻弄するという本来ならリーチの長さが必要なアウトボクサータイプだ。

 圧倒的なスピードが有ってこそ出来る戦い方だろう。


 灰原は外装の防御力に任せて突っ込みまくる。

 しかし、ブルーのスピードに翻弄され、全てが空振りに終わる上にカウンターも貰い続け、見ていてとても滑稽だった。

 それにしても、シャナのあの異常な腕力で殴られたら相当痛いと思うんだが、あのカメレオン外装は衝撃吸収能力でもあるのか、それ程ダメージを受けていないようだ。

「思ったより強い」

 シャナの呟きに、俺はついつい美しいボクシングの足裁きに見惚れてしまっていた事に気付く。

 早く変身して加勢しなければ。

 そう思った直後、ブルーの動きが変化する。

 今迄、ヒットアンドアウェーで攻撃を躱しながらカウンターを取っていたのに、懐に潜り込んで灰原のボディーに連打を始める。

 ドンッ!ドンッ!という、人間が殴って出す音かと思う轟音が響き渡る。

「ぐうっ!こっ、このっ!!」

 自分の懐に入っている小柄な少女を捕まえようと必死に手を伸ばす灰原だったが、それは全て空を切る。

 至近距離でも相手の攻撃を全く寄せ付けない、最早芸術の域に達しているディフェンスに、俺だけでなく、倒れている灰原の取り巻き達も見惚れていた。

 そして、その動きを見て、俺はとある事に気付く。

 あれだけの回転が出来るのはシャナが平たい胸族だからだ。

 腕を振る時に支えるものが殆ど無いもんな。

「アキト、失礼な事考えてない?」

 何故バレた?

 ってか、戦闘中に俺の方を気にするとか余裕だな。

 これは俺の出番は無さそうだ。

 そう思った直後、カメレオン灰原がバックステップで距離を取った。


「ちっ!てめえの相手なんてしてられるか。俺は黒木さんに近づくストーカーをぶっ飛ばせればいいんだ」

 悪態をついて灰原は俺の方を睨んだ。

「カメレオンって事は、たぶんアレが出来る筈だよな」

 突如思い付いたように灰原は口角を上げる。

 そして、その姿は徐々に空気に溶けるように消えていった。

 カメレオンの擬態か?

 しかも、今の言動から俺を狙ってる事は明らかだ。

 俺がキュービットに使っていた『光学迷彩』を 、まさか敵も使って来るとは思わなかった。

 コランダムが空気の動きで解るって言ってたけど、達人じゃ無いんだから生身で空気の動きなんて解らねーよ。

 そのプログラムはまだ作ってないし、そもそも変身前の状態じゃ使えない。

 さっさと変身しに行けば良かったか?

 と、突然背中に悪寒が走った。

 俺は何かヤバイと感じて、身を捻り左に飛んだ。

 だが一歩遅かった様で、右肩に衝撃を受けて吹き飛ばされてしまう。

「ぐっ!」

 一応古武術の受け身は取ったので大きなダメージにはならなかったが、攻撃が全く見えないヤバさに青ざめる。

 と同時に、キュービットって覚られなければ、けっこうチートなんだと改めて認識する。

 って、そんな場合じゃなかった。

 もう見られていてもいいや。

 俺は今度こそ意を決して変身――と思ったのに、俺の処へブルーが駆け寄って来た。

「よくもシャナのアキトを!許さない!!」

 おい、何時俺がお前のになった?

 あと、一人称治さないと正体バレバレだぞ。

 俺の心のツッコみは届く気配すらなく、怒りに震えるブルー――シャナは甲高い声で叫んだ。

「ピーちゃん!『エクステンション・リンク』!」

「ピー!!」

 シャナの声に呼応するように、校舎の影から青い鳥が鳴きながら飛び出して来た。

 その青い鳥は薄く発光するとブルーの体に突進し、体の中に溶け込むように消えると、今度はブルーのスーツが淡く発光し出した。

「あああああっ!」

 ブルーが雄叫びを上げると、スーツの背中部分から青い翼がニョキニョキと生えてくる。

 そして、セルガーディアンのような翼を背負った天使の姿へと変貌した。


 翼の生えたブルーは、不意に左前方へ顔を向ける。

「エクステンションを付けたから、お前の動きなんて丸見え」

 ブルーは軽やかにステップを踏んで、左のジャブを何も無い空間に叩き込んだ。

 と同時に、ドンッ!という轟音が鳴り響き、吹き飛ばされたカメレオンが姿を現す。

「ぐうっ、くそ!何で解るんだよ!?カメレオンの能力で姿を隠せていた筈なのに!」

 確かに灰原の言う通り、何で解るんだ?

 翼が生えた事で解るようになったの?

 エクステンションって、確かお義父さんもそんな単語を口走ってたな。

 それが透明なナノマシンの位置を把握するタネで、空気の動きを感じれるようになる機能を備えているのか。

 ひょっとしてセルガーディアンのあの翼もエクステンション?

 そんなパワーアップ出来るアイテムは是非とも欲しいとこなので、何処で手に入るのか後でシャナに聞いておこう。


 灰原は性懲りも無く、もう一度姿を消して俺に襲いかかろうとしたが、再度ブルーに殴られて吹き飛んで行った。

 そして今度は、ブルーは追撃の手を緩めなかった。

 素早く左右にステップしながら、体重を乗せた拳を連続で打ち込む。

「ぐっ!がっ!こいつっ!」

 まるでサンドバッグ状態になり殴られ続けるカメレオンは、最早原型を止めていない。

 ∞の軌道を描きながら次々に打ち込むブルー。

 未だ完結していないボクシング漫画を彷彿させる動きに、俺は魅入られた。

 青い翼が発光して撒き散らす粒子の波が、スターダストの如く美しく煌めく。

 対照的にカメレオンであった筈の灰原は醜く拉げて、見るも無惨な姿になっていった。

 シャナが怪力だと言っても、あそこまで強い攻撃力を出せるのはどうしてだろう?

 左右から勢いを付けてるだけじゃ無いよな。

 俺はブルーの動きを細部に至るまで、徹底して観察した。

 そして、とある事に気付く。

 俺の支点力点を利用した動きは、首、肘、肩、腰、股関節、膝を支点としていたが、ブルーは更に細かい部分まで緻密に計算された動きをしており、打撃の瞬間、手首から指に至るまで絶妙な力加減で握り込んでいる。

 そう言えば、ボクサーは拳の形でパンチの重さが変わるって聞いた事があるな。

 そして、更にステップの質も大きく違う。

 俺は古武術を基本にしているから、ナンバの足運びにだけ注目してたけど、ブルーのステップは攻撃のインパクトの瞬間に、親指に力を掛けて僅かに捻るようにしている。

 体全体をスムーズに回転させる事で打撃の威力を増しているようだ。

 これは大きな発見だと思う。

 指先に至るまで、支点力点に加え回転系のプログラムを組み込めば、俺の攻撃力の弱さを補ってくれるかも知れない。

 リソースを食うのが多少心配だが、攻撃のインパクトの瞬間だけ演算させて、不要な時はリソースを解放させればいいか。

 精神感応を使えば、動的な関数のオンオフ切り替えも即座に出来るから、たぶん大丈夫だろう。


 俺が新しい攻撃プログラムを思案している間に、ブルーの蹂躙劇は終幕していた。

 ボコボコになって気を失った灰原は、変身が解けた後の顔までボコボコになっていた。

「アキト!」

 ブルーは青い翼をはためかせて、俺に向かってダイブして来た。

「うおわっ!」

 小さな体に押しつぶされ、二人で地面に転がってしまう。

「アキト、シャナ強かった?」

「あ、ああ。凄く強かったな」

「えへへ~」

 照れたように笑うが、顔はマスクに隠れているのでどんな表情か分からない。

 確かにもの凄く強かった。

 灰原がもの凄く弱かっただけかも知れないけど。

 取りあえずシャナを敵には回さないようにしようと、心に誓った。

 あのボクシングの動きを捉えるのは相当困難だと思うし。

 すげー格好良かったから、俺もボクシングの動きを研究してみよっと。

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