第27話 脳の機能
人間の脳は右脳と左脳に分かれている。
右利きは左脳型、左利きは右脳型と言われており、利き手の逆側の脳が活性化し易いらしい。
左脳は言語理解や計算等の論理的思考を司り、右脳は画像処理や空間把握等の感覚的思考を司る。
そして、一般的には右脳型の方が頭がいいと言われている。
これは処理する情報量の差で、言語や計算よりも画像の方が多くの情報を処理する事になるからだ。
実際はそれだけで頭の良さが決まる訳では無いし、右脳と左脳を繋ぐ脳梁という部分も頭の良さに関係してくるのだが、今は関係無いので割愛しよう。
一般的な脳であっても、右脳の情報処理能力はコンピュータを陵駕する。
だから、『精神感応フィールリンク』で脳に送られた信号は右脳で処理した方がいいのだが、普通の人は外部から取り込んだ情報は、初めに左脳で処理をしてしまう。
故に左脳処理から右脳処理へと切り替える必要がある。
左半身を使うと右脳で動作処理する為、右脳が働いているように思われるかも知れないが、実際は右脳の能力を殆ど使っていない。
ならば、どうすれば右脳が覚醒するのか。
左脳は膨大な量の情報の詰め込みや高速な処理を要求されると、動作を放棄して右脳へと処理を委嘱する。
その時にリミットブレイクした、限界を超える能力を発揮出来るのだ。
つまり左脳に頭痛がする程の無理をさせればいい。
そして今俺の脳は、膨大な情報を処理しきれずに、右脳へと処理が切り替わった。
お陰で少し頭痛が治まる。
膨大なデータが脳内に流れ、瞬時に画像へと再構築される。
演算を肩代わりするとは言っても、コンピュータと同じ様に計算をする事など数学の天才であっても不可能なので、実際は演算とは言えない別の方法で補う。
人間の脳の機能の一つに映像補完というのがある。
これは網膜に欠損が有った場合、見えなくなっている部分に周囲の映像から推測して、恐らくそうであろうという像を勝手に創り出してしまうものだ。
盲点とはこの機能により起こる現象で、言わば錯視のようなもの。
この機能があるせいで病気の発見が遅れてしまう事もあり、必ずしも有り難い機能とは言えないが、『精神感応フィールリンク』に於いては有用な機能だ。
通常、OSが演算した映像をゴーグルに映し出して、それを視覚で捉えてから脳で処理をする。
それを『精神感応フィールリンク』は、直接脳に映像を書き込む事でタイムロスを無くす上に、この映像補完で無意識下での演算により、余計な部分を省いて少ないリソースで脳内に像を構築する。
数式による計算はコンピュータの方で行い、画像は脳の無意識下による演算で処理する訳だ。
反射速度上昇とOS側の演算拡大出来るのが、この『精神感応フィールリンク』の特長である。
直接脳に映像が書き込まれるから、マスクをしている事で生じていた死角まで問題無く見えるようになった。
というか、360°の映像が見えてしまって、なんか気持ち悪い。
幸い曇天だったお陰で太陽光まで視る事にはならなかったが、背後にある公園の木々までハッキリと捉える事が出来ている。
これ、さっきコランダムが言ってた空気の動きを感知する機能を搭載したら、武術の達人クラスの気配察知が出来ちゃうんじゃないだろうか。
セルガーディアンが起き上がって来たので、コランダムと俺は構えを取る。
「コランダムさん、ちょっと手出さないでね」
「はぁ?お前、一人でやる気かよ?」
「初めて使う機能だから、間に人が入ると上手く立ち回れないかも知れないんだ」
「おいおい、そんな機能使って大丈夫か?」
「多分大丈夫だけど、暴走してやり過ぎそうなら止めてください」
俺がセルガーディアンに向き直ると、呆れ顔を見せつつもコランダムは一歩引いてくれた。
話してる間に無駄に数秒使ってしまった。
俺は即座に地面を蹴ってセルガーディアンに迫る――が、遅い!?
1.5倍に出力を上げているのに、妙に自分の体が鈍重に感じられる。
さっき2倍を体験してしまったせいで、速さに慣れてしまったんだろうか?
けど、俺の体が耐えきれないから、これ以上出力を上げる事は出来ない。
セルガーディアンに向けて、俺は右拳を突き出す。
遅いと感じるが、何故かセルガーディアンの動きも鈍い。
コランダムに受けたダメージからか、俺の拳を避けずに左腕でガードするに留まった。
脳が活性化しているので、自分の動きの精度が悪い事も良く分かる。
今突き出した右の拳撃の拙さが、『精神感応フィールリンク』を使う前と比べてはっきりと意識出来た。
――上方修正+0.28、初速加圧修正+0.33、腰部捻り角度修正-8.5°、下半身沈み込み修正+0.12。
OSとの相互情報処理のお陰で、誤差を正確に把握出来る。
修正したデータで、即座にもう一度右拳を突き出す。
今度は、セルガーディアンのガードの上から相手を蹌踉めかせるだけのダメージを与える事が出来た。
マスクで表情は分からないが、セルガーディアンは少し動揺したような動きを見せた気がした。
そのまま畳み掛けるように、右蹴り、左蹴り、回転して空中から右踵落としを連続で放つ。
やっぱり動作が遅い。というか、世界全体が重い感じがする。
まるで水の中で戦ってるみたいな感覚。
いや、水の抵抗のようなものを感じてる訳じゃない。
世界の時間がゆっくり流れてる気がする。
逆に俺の脳内では、セルガーディアンの動作解析が高速で行われていく。
俺は意識的に計算を行ってる訳では無いが、俺の感覚とOSの演算がリンクしている為に、一挙手一投足に至るまで数mm単位の動きで捉える事が出来る。
セルガーディアンの放った右の蹴りが、コントかよと思う程のスローモーションで俺に迫ってくるが、俺も同様に動きが遅い為、避ける事が適わない。
やむなく左腕でガードするが、そのガードの稚拙さにも苛立ってしまう。
――ガード時の左上腕部支点補正、下方0.11、左方0.36。
少しずつ修正を加えていく事で、鈍い動作中でも徐々に精細な動きが可能になってくる。
僅か5秒程度の間に、俺とセルガーディアンは数十にも及ぶ攻防を繰り返した。
その度に修正されていく俺の動きに、セルガーディアンが追いつけなくなってくる。
「マジかよ……、ヒーロー成り立ての奴が
後方でコランダムが何か言ってるけど、良く聞こえない。
というか、段々打撃音も良く聞こえなくなってきた。
脳内に表示される景色も色あせて、挙げ句の果てに全て灰色に。
この機能、やっぱやべぇ機能だったか?
情報過多で脳がおかしくなってきたみたいだ。
いやまてよ、これってまさか――。
残り0:12.。
残り時間のカウントまでゆっくりになって、1秒減るのに5秒ぐらい掛かってるように感じる。
やっぱりこれ、アレに入ってるな。
――
一流アスリートが試合中に極限まで集中すると、余計な情報が遮断されて周りの音や色さえも消えていくという、集中力の究極。
本来なら、極限まで鍛え上げた肉体と精神を持つ者だけが辿り着ける領域の筈だけど、俺はプログラムの力で入れてしまったのか。
脳の情報処理能力を無理矢理高めた為に、無意識下で極限の集中を強いられていたんだろう。
普通の凡人である俺が達人級の動きを要求されてるんだから、無理も無い。
これ、絶対副作用あるよ。
でも、お陰でセルガーディアンの動きが、最早スローモーションを通り越してストップモーション見えるので、俺は相手の攻撃に合わせてカウンターを出しまくる。
一撃、二撃、三撃と全てカウンターでセルガーディアンの体に拳をねじ込むと、強固な鎧が変形していく。
最後にセルガーディアンが繰り出した左拳をかいくぐって腹に拳撃を一発。
それをモロに食らったセルガーディアンが、苦しそうに動きを止めた。
残り0:05。
ここで決める!
――スーツを形成するナノマシンを、ヘルメット以外解除して、砲台形成。
精神感応で巨大レールガンのイメージをOSに送り、ナノマシンで生成する。
スーツをヘルメット以外解除したのは、俺のOSではリソースが足らなくて強固な砲身を再現出来ないからだ。
ヘルメットだけは正体がバレると拙いから残しておく。
俺の胸の前に全長1.5m程の大砲が形成され、下部のトリガー状になっている部分を両手で掴んだ。
俺は生成された砲口をセルガーディアンに向ける。
砲身中のナノマシンで電磁気を放出し、エネルギーをチャージ。
予想より電磁気の演算負荷が大きすぎたのか、尻の紋章が熱を発してもの凄く熱い。
それでも我慢して演算処理を続けさせる。
「ファイアー!!」
砲身内で増大された電磁エネルギーにより、ナノマシンで形成された砲弾が高速で飛び出した。
落雷のような轟音を公園中に響かせて、その砲弾はセルガーディアンに向かって行く。
ナノマシンには制限が掛かっていて、どんな演算をしてもナノマシン自体を使っての命に関わる攻撃は出来ない。
電磁波によって対象ナノマシンを分解する事は可能だが。
それでもかなりのダメージを与えられる――筈だった。
尻の熱さのせいで照準がズレてしまったのだ。
俺の放った砲弾は、セルガーディアンの片翼を撃ち抜いて霧散した。
だが残った翼はコランダムが殴って拉げさせたし、これでもう翼は使えなくなっただろう。
あれ?でも、翼なんて使ってたっけ?
ひょっとして、最後の最後で無駄撃ちしちゃった?
残り0:02。
――精神感応フィールリンク、オフ。
オフにした途端、突然体を脱力感が襲う。
その場に立っている事も出来ずに、俺は崩れ落ちてしまった。
やばい、やられる……と思ったが、セルガーディアンは踵を返して走り去ってしまった。
「お前、何者だよ?」
倒れている俺に、驚愕というよりは興奮したような顔をしたコランダムが徐に近寄る。
「へへ。約束守ってくださいよ」
この人は武人だ。
この後俺とお姉ちゃんを見逃すっていう約束は、絶対破らないと確信してる。
「あ、やべぇ……」
意識が飛びそうだ。
やばいな、折角ヘルメットだけ残してたのに変身が解けちまう。
コランダムに俺の正体を知られるのも拙いけど、お姉ちゃんに後で問い詰められるのも怖いな。
そんな余計な事を考えている間に、俺の意識は深い闇へと落ちていった。
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