第21話 観戦

※第三者(神)視点です。


 白亜の壁を蹴り、ムササビのように跳躍する黄色い戦士。

 それを追う虎頭の大男は狩りをする獣のようだが、まだ戦い方も覚束ない少年の影すら捉える事が出来ない。

 純粋な膂力でタイガーフェイスに及ぶ筈が無いのに、跳躍力だけ見ても全く引けを取らないどころか、やや勝っている少年。

 ヒーロー協会の司令官である黒木薫は、彼が何故これ程闘えるのか計りかねていた。

「ナノマシンによる出力ブーストを行っているみたいだけど、それをやっているのはクソ虎も同じ筈。でも明らかに真黄君の方が高い跳躍力を見せているのよね」

 どう見ても普通の高校生であるにも拘わらず、常人を超える脚力を備えていると言うのだろうか?

 司令官が驚愕している理由は他にも有った。

 何らかの武術を用いていると思われるが、戦い始めた時の拙い動きは徐々に洗練されて行き、今や完全にタイガーフェイスを翻弄しているのだ。

 戦闘中に成長する事は有っても、ここまで急激に成長するものだろうか?

 如何に運動神経が良いにしても異常過ぎる。

 更に言えば、戦闘の組み立てが稚拙すぎる事との差で、違和感が尋常では無い。

 驚愕が疑惑へと変わった時、不意に現れた人の気配が司令官の気を削ぐ。

「ほほう、あの少年やるのう。タイガー相手にあそこまでやれるとは、薫ちゃんの隠し玉か?」

 ツナギを着た老人は自身の白く立派な髭を撫でながら、逆の手で司令官の尻も撫でる。

「今すぐ私の尻から手を放さないと、その手を胴体から切り放してあげますよ?」

 怒気を含んだ司令官の声音に、老人は即座に手を放す。

「減るもんじゃなし、ちょっとぐらいいいじゃろ?」

「等価交換であなたの寿命を減らしてあげましょうか?」

「それより、あの少年。薫ちゃんから見てどうじゃ?」

 黒木司令官の冷ややかな眼差しを無視して、老人はガラスの向こう側で戦う2人の様子に眼を向ける。

 司令官は、嘆息しつつも自分の端末を覗きながら老人へと報告を始める。

「素の身体能力は未計測ですが、恐らくそれは平凡なモノでしょう。ですが、変身後の能力は最低でもAランクかと」

「ほほう」

 新しい玩具が並ぶショーウィンドウを見るように、老人は眼を爛々と輝かせて戦闘に魅入る。

「Bランクのタイガーフェイスに一撃も入れさせずに翻弄している上に、明らかに手抜きしている攻撃。情報では先週変身出来るようになったばかりとの事なので、異常な迄の成長率だと言わざるを得ません」

「なるほどのう。流石イエローの後継者といったところか」

「そうですね。余り公には出来ませんが」

「そうは言っても、上位ランクの奴らにはバレバレじゃと思うぞ」

 そう言って老人が見上げた先には、吹き抜けになっているトレーニングルームを上の階から覗ける窓が有った。

 下からでは誰がいるのかハッキリとは分からないが、確実にそこでトレーニングルームの戦いを観戦している者がいる。

 それも一人では無く複数人。

「まったく。味方の値踏みより敵戦力の把握に努めてほしいものです」

「切磋琢磨と思って諦めるしかないじゃろ」

 司令官が溜息をつくと、それを宥めるように老人がフォローしつつ尻を触る。

「尻触るなっつってんじゃ、このジジイ!!」


 その怒声に驚き、一瞬だけ部屋の外を見た秋人は「黒木さんって間違い無く母親似だ」

と確信し、背筋に冷たいものが走るのを感じた。


 四方を白い壁に囲まれたトレーニングルームの上方。

 司令官達が居る場所より一つ上の階から眺めていた人物達が、口々に秋人の戦いを評する。

「あの黄色いの、何処の奴だ?見た事無いな」

「新科学高校にアレに似たレッドとピンクがいる。同じ学校かは分からないけど、多分同類」

「彼奴らってCランクじゃ無かったっけ?タイガーと互角以上って事はBランク以上だろ。何で脇役ポジションのイエローの方が強えんだよ?」

「知らない。でも、動作補助のプログラムはかなり高度なモノを使ってるみたい」

 各々形状の異なる覆面を被っている謎の人物達。

 だが、この人物達がヒーローである事は間違い無い。

 ヒーロー協会の内部で忙しなく働くオペレーター達がそんな邪魔になるだけの物を被る筈がないからである。

 そのヒーロー達は眼下で繰り広げられている戦闘に興味津々だった。

 何故なら、協会に登録に来たばかりの新人が身体能力チェックで、歴戦のヒーローであるタイガーフェイスと互角以上の戦いを繰り広げているのだから。

 そんな有望な新人に注目が集まるのは当然だった。

 自分達の戦隊に引き込めれば、より高い戦果が期待出来る。

 又、別の者は自身の能力向上に一役買えるのではとほくそ笑む。

 はたまた別の者は、出る杭を打っておく必要があると画策する。

 ヒーローと一括りにしても所詮人間の集まりなのだから、様々な思惑が交錯するのは仕方が無い事だ。

 しかし、ここに集まっていたのは運悪くAランクをも超えるSランク以上の化物ヒーロー達。

 その思惑も一筋縄では行かないような事ばかりだった。

 秋人の運命は、本人の予想を遥かに上回った困難を呼び寄せていた。


 そして、その中の一人。

 青い仮面の奥で、碧い瞳が輝く。

「やっと見つけた」

 鈴の音のような美声で呟かれた一言。

「ああ、じゃあ彼が例の」

「うん……」

「会いに行かないの?」

「いいの。直ぐに会えるし」

「なるほどね」

 そこに集うヒーロー達とはまた違った思惑を持つ者もいた。


 そろそろ身体能力チェックを終えようと黒木司令官が考えた時、計測の為に開いていた端末に通信が入る。

「怪人発生です。司令官、ヒーロー出動の要請をお願いします」

 通信を聞いた司令官は、トレーニングルームの上方を見上げる。

「上に暇そうなのが沢山いるし……いえ、待って。彼を行かせましょう」

 司令官は端末のマイクをトレーニングルームへの出力に切り替える。

「真黄君、身体能力チェックは終了して出動してくれないかしら」

「え!?出動?」

 司令官の言葉を聞いた秋人は唖然とした。

 登録に来ただけなのに出動要請が掛かるとは思っていなかったからだ。

 そもそもそんな要請がある事すら知らなかったのだ。

 しかし、司令官にいい所を見せようと思っていた秋人にとっては、好都合だった。

 外でならキュービットを使っても誰にも気付かれない筈だから。

 司令官が端末を叩くと、トレーニングルーム内に位置情報を表示される。

「なんだ近いな。よし、俺も行こう」

「クソ虎はダメよ。これはイエローの身体能力チェックの一環なんだから」

「ちっ、そうかよ。ってか、俺をクソ虎って呼ぶな!」

 司令官の制止に不満を顕わにするタイガーフェイスを横目に、秋人は出動するために出口へ駆け出す。

 それを見ていた上階の野次馬達まで移動を始めた気配を感じて、黒木司令官は深く嘆息した。

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