第20話 身体能力チェック
逃げる手段を模索するも、がっちりと俺の首を掴んでいる腕を解く術すらない。
すげぇ馬鹿力なんだもん。
こんな人間いる筈無いので、この虎は既に変身している姿なんだろうな。
生身のまま力で抗おうとしても無理か。
いや、例え変身して動作補助が働いたとしても、純粋な膂力では太刀打ち出来ないだろう。
もう腹を括るしかないか。
俺が全てを諦めた時、目的の場所へ辿り着いたらしく、虎の剛強な腕が俺を解放する。
そして前のめりにその部屋へと転がり込む事になった。
10m立方はある白い部屋。
立方と言ったのは、天井もそれなりに高いからだ。
空間機動を活かした戦闘も想定した造りになってるのか。
「おい、早く変身しろ」
「はぁ……」
虎の人に促されるままに渋々変身する。
と、何故か虎の人と黒木司令官が眼を見開いて驚愕の表情を浮かべる。
「お前、今どうやって変身した!?」
「何の動作も無く変身したわよね?」
あ、やべぇ。
声出さずに精神感応だけで変身しちゃった。
変身前は精神感応が使えないんだけど、例外的に変身のスイッチキーだけは操作出来る。
いちいち「チェンジフォーム」とか言わなくても変身出来てしまうんだが、これは俺のNLL特有のシステムらしい。
そりゃそうだよな、精神感応使ってるんだから。
「いや、小さな声で『チェンジフォーム』って言いましたよ?俺の紋章は集音感度が高いみたいなんで」
「おお、そうなのか。頭に思い浮かべるだけで紋章を反応させる手段があるのかと思ったぞ」
虎の人、ビンゴです。
あんまり特殊な事をするのは危険だな。
折角偽装して来た意味が無くなってしまう。
なるべく手を抜いて戦おう。
そこで、余りにもやる気を見せない俺を見て、司令官が嘆息する。
「真黄君、もしクソ虎に勝てたら娘との仲を取り持ってあげてもいいわよ」
「頑張らせて頂きます、お義母様!!」
俺は背筋を伸ばし、ビシッと敬礼を決めた。
お義母様が若干眉を顰めた気がしたが、気のせいだろう。
実は既に振られているが、それが何か?
お義母様は部屋の外へ出て行き、強化ガラスになっているらしい窓からこちらを覗う。
「じゃあ始めてちょうだい」
それにしても既に紋章で変身出来るのに、今更身体能力チェックとか必要ある?
まさかと思うが、計測した数値が低すぎると紋章剥奪されるとか?
別に気にする事も無いか。
お義母様のお眼鏡に適うためにも、全力でやるからな。
虎の人には悪いが、贄になって貰おう。
俺が向き合うと、虎の人はアマレスっぽい構えを取った。
やっぱりプロレスの人じゃ無かったみたい。
「そう言えば名乗って無かったな。俺は『獣人拳聖タイガーフェイス』だ」
「えっと、俺は……イエローです」
戦隊名とかあるのかな?
あったとしてもそんな中二っぽさ全開の戦隊名、名乗りたく無いけど。
タイガーフェイスさんの頭についてる『獣人拳聖』って自分で考えたのか?
いかん、笑ったら殺される。
「なんだお前、震えているのか?それとも武者震いか?」
笑いを堪えてたら、タイガーフェイスが勝手に勘違いして呆れ始めた。
なんだろう、この三下感。
もの凄い腕力を持っているのに、虎の顔から漂う妙なヤラレ役っぽさが気になる。
でも司令官にタメ口きいてる位だし、ヒーローの中でも上位にいるんじゃ無いのかな?
まぁ戦ってみれば分かるか。
俺が構えを取ると、タイガーフェイスは獰猛な笑みを浮かべて体を少し沈ませる。
「行くぞ!」
掛け声と共に地面を蹴って突進するタイガーフェイス。
両腕を前に突き出しながら迫る姿は、着ている服も相俟ってアマレスっぽい。
サブミッション系の技で戦うスタイルなのか。
あの膂力で掴まれたら絶対に逃げられないだろうから、俺は横へステップして躱す。
その際、昨日父さんに教えて貰ったプログラムで、支点と力点を作用させて地面を強く蹴る。
「おわっ!」
地面を蹴る角度と力の調節が上手く行ってなかったせいで、蹌踉けてしまった。
それでも若干跳躍出来た事でタイガーフェイスの腕をかいくぐって逃げる事は出来た。
やっぱりいきなり実戦はダメだな。
微調整するために精神感応で命令を出す。
――上方修正+1、加圧-1、前方修正-0.5。
本来精神感応でプログラムをし直す事は出来ない。
ハッキングされない為のセキュリティロックが掛かっているからだ。
当然と言えば当然だけど。
俺のスーツを構成するナノマシンにハッキングプログラムが仕込まれていたら大変な事になるからな。
ただ、生体認証によるNLLセキュリティを通過させる事で、パラメータは操作出来る。
そのパラメータ操作でキュービットの位置情報等を書き換えたりしていたが、今回使っているのはそのパラメータ操作を一時メモリーだけでなく、俺が作っておいた簡易データベースに書き込む事が出来る。
通常変身を解いたら一時メモリーの情報はリセットされるんだが、データベースを使う事で変身を解いた後もそのデータは維持され、戦闘経験によって蓄積された動作が次回の戦闘でも活かせるようになる。
たぶん普通のNLLはセキュリティの都合上、これは出来ない仕様になっていると思われる。
俺のNLLですら実現が難しかった機能だし、そもそもブラックボックス化した中に無い機能という事は、NLLの制作者が危険と判断して入れなかった可能性が高い。
勿論俺は厳重なセキュリティを掛けてプログラムしたし、更に俺の意志で危険な時には切り離す事が出来る様に設定してある。
お陰でリソースを少し多めに食ってしまったが、父さんのお陰で格闘動作プログラムのリソースを大幅に縮小出来たのでまだ容量には余裕がある。
しかしこの機能が使えないヒーロー達は、自らの感やトレーニングで戦闘能力を高めて戦ってるんだろうな。
俺だけちょっとズルしてる気がするけど……なーんて思う訳無いだろ。
使えるモノを使って何が悪い?
皆横一列で「よーいどん」って日本人の悪しき風習だよ。
スタートラインは皆違うんだから、自分の得意分野を駆使して戦わなければならない。
それに、持たざる者に配慮して自分を低く見せる方が相手に失礼だろ。
だから俺はこのチートNLLを躊躇う事無く使うのだ。
出し惜しみはするけどね。
強すぎて眼を付けられるの嫌だし。
あ、これこそ日本人っぽいか。
という訳で、俺は絶賛回避中。
タイガーフェイスは長い腕を目一杯使って俺に組み付こうとする。
顔に似合わず、あくまでサブミッション系の戦闘を好むようだ。
組まれたら外せないとは思うけど、馬鹿力なんだから膂力に任せて殴ればいいのに。
アマレスラーのプライドか?
突進力は目を見張るものがあるが、掴ませなければどうという事は無いぞ。
と思ったところで茶々が入る。
「避けてばかりじゃ身体能力チェックに成らないから、攻撃もしてね」
司令官からのお達しだ。
お義母様に印象悪くなってしまうと拙いし、そろそろ攻撃に移ろうか。
相手の懐に入ると捕まって組み伏せられる可能性がある。
そうなったらお終いなので、背後又は側面からの攻撃が望ましい。
馬鹿の一つ覚えで突進して来るタイガーフェイスの攻撃を左に躱す。
――加圧修正+0.2。
だいぶ良くなって来たけどまだ動作に違和感があるので、もうちょっとだけ修正を加える。
タイガーフェイスが俺の躱した方向に、俺を捕まえようと右腕を伸ばしてきた。
そんな無理な体勢で掴みかかったら、バランスが崩れて隙だらけになるよ?
俺はタイガーフェイスの体軸の支点・力点を即時に計算して、ゴリラのような右足を俺の左足で払ってやった。
「ぬおっ!?」
案の定、俺の計算どおりにタイガーフェイスゴリラはその巨躯を横転させる。
そして無防備になった背中に思い切り蹴りを入れてやった。
支点と力点の作用で数倍の威力を引き出した俺の蹴りは、タイガーフェイスのゴリラのような巨体を数m先まで吹き飛ばした。
「ぐぶおぁっ!!」
もんどり打って転がっていったタイガーフェイスは虎の顔を顰める。
そしてのそりと起き上がると、真っ赤に充血した虎の双眸で俺を睨んだ。
「てめぇ、やってくれるじゃねーか。手加減の必要は無さそうだな」
いや、手加減して下さい。お願いします。
獰猛な虎の顔が牙を剥いたのを見て、ちょっとだけチビった。
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